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五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)

五夜 木乃伊の洞窟 8

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「どうぞ、お召し上がりください。食事の間に、お話しも出来るでしょう」
 トファルドフスキが料理をすすめ、厳かな食卓での晩餐は、さまざまな思いの巡る中で、始まった。
 舜は、リジアに話しかけたい思いで一杯だったし、隣に座るデューイは、何故か気が気でない様子だったし、向かいの席では、弟のイリアが、舜をきつく睨んでいるし、リジアは――彼女は、舜のことをどう思っているのだろうか。
 まあ、まだ十三、四歳の子供なのだから、結婚、などということは、考えてもいないだろうが(注:舜は、女の子の夢と、成長の速さを知らない)、それは、舜も同じである。
 女の子に興味があっても、結婚、ということまでは、まだ考えることが出来ないし、相手が十三、四歳の子供となれば、なおさら、である。
 できれば、妹のように、そして、ちょっとカッコイイところを見せられる兄のように付き合っていければ、と思っていた。
 しかし、それには問題もありそうで……舜にきつい視線を向けているイリアはもちろん、隣で不安げな顔をしているデューイも――どうも、二人のことを歓迎してくれているようには、見えない。
 まあ、デューイの方は、舜のことが愛しくてたまらないせいなのだが。
 もちろん、女にしか興味のない舜は、迷惑である。
 食卓には、血の滴る最高級の肉と、どう見ても血である、としか思えない赤い飲み物が、並んでいた。この食事の好みが、舜の《一族》と、普通の人間を隔てている大きな壁の一つであったかも、知れない。
 吸血鬼――人々は、彼らのことを、そう呼ぶだろう。美女の血を吸い、長き生命を手に入れている悍ましい種族である、と。
 だが、彼らのことを、もっとよく知る者なら、こう言ったに違いない。
 彼らは、死に切れない不遇な人々であるのだ、と。
 そう――。彼らは不死ではなく、死に切れないのだ。
 その二つは、全く違う意味を持つ言葉、である。
「素敵なお孫さんですね、ガスパジンミスター.トファルドフスキ」
 城の主を見ながら、黄帝が言った。
 本当は、舜も話をしたくてたまらないのだが、言葉が出て来ないのである。見合いというものが食事と共に始まるものでなければ、とても間が持たなかったであろう。
 だから人間は食事をしながら見合いをするのだ、と、舜はこの時、納得していた。
「あなた様にそう言っていただけるとは、嬉しい限りです、黄帝殿。――ご子息にも、ぜひ、仲良くしていただきたいのですが……」
「あ、あの、ぼく、大丈夫です」
 何が大丈夫なのかは解らないが、舜は、やっと喋れた感激に、もう真っ赤になっていた。
 結構、可愛い。
 もともと顔は親に似ていいのだから、そうしていれば、誰もが恍惚とせずにはいられないほどの、美貌の持ち主であるはずなのだ。
「あの、ジェーブシュカ.リジア。よければ、明日にでも、ロシアのことを色々と教えてください」
 おおっ、社交的である。
 これは、ちょっと、思いもよらない展開かも、知れない。
 まあ、この少年のことだから、お見合いのマュアル本や、ナンパ、口説き方のマニュアル本まで、読み漁って来たのかも知れないが。
 そういうことには一生懸命になるのである。言葉のハンデも、一週間で克服したくらいなのだから、今日の見合いのために――。もともと能力的には、ズバ抜けているのである、この少年。
「喜んで、舜様」
 こちらも、悪い気はしていないらしい。
 リジアは少し頬を染めながら、恥ずかしそうに、うつむいている。
 面白くないのは、二人の隣にいる、デューイとイリアである。
「リジア、明日は、ぼくと遠乗りをするって約束を――」
「なら、舜様もお誘いしましょう。それでいいでしょう、イリア?」
「……」
 なんとなく、舜としては、居心地の悪い状況である。
「あ、えーと、ぼくならいつでも構わないから。約束があるって知らなかったから――」
「気になさらないでくださいな、舜様。イリアとは毎日、一緒なんですもの。約束を気にしていたら、それこそ、毎日のことになってしまいますわ」
 十三、四歳とは思えない、しっかりとした物腰で、リジアは言った。
 結構、気が強いのかも知れない、この少女。
 舜は結局、明日一緒に遠出することに、うなずいていた。
 馬に乗るのは初めてだが――まあ、本来、動物とは相性がいいのだし、振り落とされて恥をかくようなことはないだろう。
「よければ、デューイ様も一緒にいらしてくださいな」
「あ、はい」
 これで、邪魔者が二人になった訳である。
 もちろん、十三、四の女の子と二人っきりで出掛けて、何かしよう、と思っていた訳ではないが……ひどく疲れそうな気がする。
 そんな雰囲気で、食事を続ける中、舜は、部屋の窓に映った、あの赤い双眸を持つ獣のことも、忘れていた……。



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