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六夜 鵲(チュエ)の橋

六夜 鵲の橋 19

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 ドアを開けると、そこには、骨格のいい、精悍な顔付きの男が、立っていた。
 一週間前、天の河の砂を手に帰った、小鋭である。
「ミスター.マクレー。どうか、今一度、力をお貸しください」
 と、デューイを見るなり、頭を下げる。
 その様子からしても、あの砂は役に立たなかったのだろう。――いや、あれを役立てることが出来るほどの妖術師が、いなかったのかも知れない。
「力を……と言われても、ぼくは……」
 舜の匂いなら判っても、小鋭が捜している、静、という少年の匂いまでは、判らない。
 第一、舜の話では、その少年は、この世界とは別の、異空間にいるはずなのだ。そんなところを捜す力など、デューイには、ない。
「どうかお願いします」
 小鋭の方は、変わらず頭を下げている。
「あの職業斡旋所の隠し戸はすでに塞がれ、事件に係わっていたと思える職員も、昨日、遺体で発見されました。随分、慎重にやったつもりだったのですが、向こうは、私の動きを察していたようで――。もう、あなたにお縋りするしか、方法がないのです」
 小鋭は言った。
 だが、デューイには、どうにも出来ない。
「力になりたいのは山々なんですけど……。ぼくは――その、事情があって、一人で街を歩いてはいけないことに……」
「は?」
「ですから、舜がいないと――」
「何をグズグズしてるんだ。行くぞ」
 そう言ったのは、いつの間にか玄関に来ていた、舜、であった。
「へ?」
 と、デューイは戸惑ったが、
「オレは、あのボケおやじとは違うんだからな。困ってる人間は、見捨てずに助けてやる」
 ……この少年、今いち、性格が解らない。
 まあ、それは、小鋭にはどうでもいいことであっただろうが。
「ありがとうございます」
 と、今も、頭を地面に擦り付けそうなほどに、礼を言っている。
 子供、というのは、えてして気まぐれなものなのだ。
 そんな訳で、三人は、デューイの愛車のポルシェに乗り込み、夕暮れの街を、チャイナ・タウンへと向かったのである。
「ねー、おじさん、その『静』って奴、そんなに大切?」
 そう訊いたのは、舜である。
 妙に何か言いたげな口調であるから、怪しい。
「あの子は……見ていて哀しい子です。いつも人の顔色を窺って、不憫なほどに人懐っこく振る舞って……。子供のクセに、大人の考えに合わせよう、とするのです。父親を早くに失くして、母親まで目の前で失くしてしまって、他に頼れる人間を、早く見つけようとしていたためかも知れません……。私は、あの子を見る度に、可哀想になって……。つい、他の子よりも、あの子を構ってやるようになったのです」
「ふーん」
 そういう舜の傍ら、デューイは、ぐすん、と鼻を啜り上げている。
 苦労知らずのお坊っちゃまは、そういう話に弱いのだろう。
 もちろん、舜も、何とも思わない、という訳ではないのだが。
「そいつが見つかったら、嬉しい?」
 何かを催促するような口調である。
「それはもう――。あ、言い忘れておりましたが、お礼は充分にさせていただきます。魂でも、良心でも、私に払えるものなら、何でも――」
「オレ、悪魔じゃないぜ」
 似たようなものかも、知れない。さっきから、遠回しに、お礼を催促している節もあったのだから。
「まあ、くれる、っていうんなら、何でももらうけど」
 結局、もらうのである。
「――で、職業斡旋所の職員を殺した奴は、判ったのかい?」
 舜は訊いた。
「それは、まだ……」
「嘘をつくなよ」
「――」
 舜の言葉に、小鋭の面が、強ばった。


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