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八夜 火鴉(かう)の禍矢(まがつや)

八夜 火鴉の禍矢 4

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『夜の一族』の中には、こういう言い伝えが、ある。
 死に切れない定めを持つ彼らは、永き時の退屈さに耐え兼ねて、《空桑の実》という始祖感精を成す実を用いて、何度も出生を繰り返して来たと。
 常に初めの者を生み出せるその実は、自らの望むがままの子を生み出せることはもちろん、自分自身さえ、別の時代に生まれさせることが出来るのだと。
「皆、言っているわ。あなたも、炎も、黒帝様も、そうして出生を繰り返して来た者ではないのか、と」
 女は、寝台の上で、瑞々しい少年の肢体を貪りながら、悩ましい仕草で、唇を重ねた。
「……つまり、過去にもぼくは、別の同じ人間として、存在してた、って?」
 淫らな愛撫を受けながら、表情一つ変えずに、黄は訊いた。
「ええ、そうよ。――思い出さなくて?」
「さあ……」
 この世には、未だ多くの伝説が残り、その伝説を裏付けるものが、残っている。もちろん、それらが全て真実だとは言わないが、真実ではないか、と思えることも多くあるのだ。
 そして、特定の人物だけが知る、真実も、ある。
「ああ、動いては駄目よ、私の愛しい坊や……」
 女は、黄の若さの上に跨がりながら、甘さを含む声で、熱く言った。
 神秘的な蒼い肌をさらして、仰向けに横たわる少年の上で、白い尻を動かしながら、浅く、深く、官能を貪る。
 背筋を伸ばし、その悦楽に酔いしれるように、或いは、玲瓏すぎる少年の美貌に、酔いしれるように。
「あ……あ……いい……。いいわ……黄……!」
 蒼い血管を透かせる乳房が、大きく、揺れた。
 若さをくわえ込んだ妖美なはなが、淫らに上下を、繰り返す。
「……で、黒帝は何て?」
 感じてもいないのだろうか、この少年は。声にすら微塵の変化も見られず、静かなままの眼差しである。
「冷たい子ね……」
「……」
「私は、あなたみたいな危険な子は、早々に始末するべきだ、と言ったのよ。――でも、今のところはまだ、殺すつもりはないみたい。あなたたちが、もう少し力を持って、《火鴉の禍矢》を試せる日が来る時まで、ね」
「……そう」
 それからしばらく、淫靡な時間は続いていた。
 この黄色い大地と、黄色い河の名を冠する帝王、黄――果たして彼は、一体、何を考えている、というのだろうか。それを知る者もいなければ、彼の出生について知る者も、一族には、いない。わずか十六、七歳の少年の出生を、誰一人として知る者は、いないのだ。
 だからこそ、彼は《空桑の実》によって生み出された少年ではないのか、という噂が広まっている。
 もちろん、それが正しいのかどうかさえも、知る人間はいないのだが。
 女が眠りにつくのを見て、黄はベッドを降りて、部屋を出た。その足は、迷うことなく、一つの部屋へと向かっている。
 ここは、女の屋敷である。月の女神の名を貰い受けている、という、妖しい美姫の。
 黄が足を止めたのは、月の満ち欠けがドアに刻まれている、宝物庫とも呼べる部屋の前で、あった。
 ドアには、厳重な封印が成されている。恐らく、解ける者も限られているのだろう。
「まだあの女にも役目はあったか……」
 ぽつり、と呟き、
「火鴉……。覚えているかい、あの日のことを……?」


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