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十四夜 竜生九子(りゅうせいきゅうし)の孖(シ)
十四夜 竜生九子の孖 1
しおりを挟むふと見ると、それは磨き抜かれた黒壇の文机の上に、何の気なしに置かれていた。
オルゴールのような、美しい細工の箱である。
黒壇の文机とは対照的な白で、光を受けるわけでもなく輝いている。
文机も箱も、どちらもこの上なく重厚で、価値の高さを示していた。
文机を形作る黒壇は、切削が困難なほどに硬い木であるというのに、正面の一段と、机の右側に取り付けられた三段の引き出しには、見事な四瑞獣の彫刻が施されている。
そして、その細工に劣らないほどの幻想的な螺鈿細工の施された、オルゴールのような趣のある箱。
白地に金の縁取りがあり、虹真珠色に輝く螺鈿が、つがいの龍の姿を象っている。
時代を感じさせる重厚さがあるというのに、古ぼけた感じは全くしない。まるで、中身よりもこの箱の方が、余程価値のあるもののように。
もちろん、まだ中身を確かめてみた訳ではないのだが。
「何だろ、これ?」
古書や訳のわからない蔵書を並べる黄帝の書庫――その手前にある部屋の文机。ここは、書庫から持ち出した本を読むためのスペースである。広くゆったりとした空間で、天井も高い。
そこで舜は、文机の上に置かれた螺鈿細工の箱を手に取り、眉根を寄せて、しげしげと作りを眺めていた。
わりと、ずっしりとした重量がある、美しくも壮麗な箱である。素材の重みもあるのだろうが、中も空ではないのだろう。
新書本を何冊か重ねたほどの大きさを持つその箱は、この場にはあまり似合わないような気がするものでもあった。
何しろここは、書庫の前――。美しい細工物を飾っておくには、相応しくない。宝物庫である、というのなら話は別だが。
その、美しい細工の蓋を少し持ち上げると、真紅のビロードの内装が垣間見えた。中身が壊れないように守るためか、綿を入れてふかふかにしてある。
「舜、勝手に触ったら、黄帝様が――」
誰もいないはずの空間で、何処からともなくそんな声が聞こえて来た。――いや、誰もいない訳ではない。微細で不可視なサラサラとした灰が、部屋の中に漂っている。その灰が、舜の鼓膜を振動させ、声を直接伝えているのだ。
何故、灰にそんなことが出来るのか。
それは、その灰がただの灰ではないからである。
微細な生き物となって漂う灰は、舜の同族となった青年の今の姿で、彼の名は、デューイという。もともとはただの人間で、人が善いだけのアメリカ人青年だったのだが、舜と関わったことで同族の女に咬まれてしまい、今では立派な『死に切れない夜の一族』の一人である。
何故、そんな姿になってしまったのかは、前回の話を読んでもらうことにして、今、まさに箱を開けようとしているその少年のことも、少し話しておかなくてはならない。
――え? 知ってるから、もういい?
なら、簡単に。
こちらも、神秘的な夜の一族の血を引く少年で、まだ姿は十代の頃のままだが、死んでいた十年間の歳月があるため、年は二十代の後半である。
その辺りのことも、やはり前話を読んでもらうこととして――。さらさらとした漆黒の髪と、人外の麗容を備える、きれい、と形容できる少年であった。
「オレに触って欲しくないものなら、鍵とか封印とかをかけて触れなくしてるさ。あいつがわざわざこんなところに、触ってください、と言わんばかりに置いてるんだから、オレに触ってほしいに決まってる」
あいつ、とはもちろん、その少年の父親――、黄帝と呼ばれる青年の姿の化け物――いや、失礼――麗人のことである。もちろん、その物言いで判るように、舜はその父親のことが大嫌いである。何しろ、その父親ときたら、力でも正しさでも、舜に手出しが出来るような相手ではないのだから。
そんな独自の解釈を持ち出す少年に、「言われてみれば……」と、納得しそうになるデューイだったが、そこはやはり、黄帝を神と崇拝する青年であるため、
「でも、勝手に開けるのは――」
「おっ、卵だ」
デューイの制止などお構いなしに、舜は螺鈿細工の蓋をあけ、箱の中身を前にしていた。
こういう少年なのである。
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