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十四夜 竜生九子(りゅうせいきゅうし)の孖(シ)

十四夜 竜生九子の孖 17

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 とにかく、捲簾大将は魂替えの儀式の準備で忙しいらしく、耀輝が代わりに、『緊箍児』のたがを解くための道行きに同行することになったのである。
「やっぱり、僕が背負おうか……?」
 舜の姿のデューイが、三度目の言葉を持ちだすと、さすがに舜も諦めたのか、
「まあ、手が塞がってる方が、オレの体に何かされなくていいか」
 と、肩を竦めた。
 索冥がどうしても嫌だ、というのだから、仕方がない。
 舜は渋々デューイの背に(自分の背に)おぶられて、一同は東を目指したのである。
 仁の霊獣はさっさと前を歩き、やんちゃな少年(今は娘)を背負う青年(今は少年)、そして、もう一人(今は灰のビスクドール)の四人――。
「何か、こういうの、知ってるような気がする」
 舜は言った。
 徳の高い法師と、犬、猿、雉……は違った(別の話と混じっている)――が、何だか三匹ほど魔物を引き連れて、法師がありがたい経を授かりに行く冒険譚である。
 黄帝の書庫で見たのだろうか。
 舜の呟きを耳に止め、
「あーっっ! そうだ! 捲簾大将って、確か仏門に入った時の法名が『沙悟浄』って云って、三蔵法師と一緒に天竺に経を取りに行った妖魔の一人だ!」
 観世音菩薩に諭された沙悟浄、猪悟能ちょごのう、孫悟空は、天竺・大雷音寺に大乗の教えを取りに行く役目を与えられた玄奘に弟子入りし、長く苦難に満ちた旅を共にしたのである。
 その時、玄奘に付けられた雅号がごうが、三つの蔵書を取りに行く者――三蔵、という名前だった。
 火眼金睛あかめ美猴王びこうおう――捲簾大将がそう呼んだ人物は、孫悟空のことだろう。
「そうだっ! それだ! かーさんに読んでもらった覚えがある!」
 途端に、舜の顔が、幼い日を思い出すように、うっとりとした。今は娘の姿でも、その表情は、幼い日の舜のものである。
 できれば、こんな有名な話くらいは、忘れず覚えておいて欲しいものだが。
「おもしろかったなァ、あれ……。毎日、毎日、読んでもらって」
 今更、説明の必要もないだろうが、マザコンなのである、この少年。
 デューイは嬉しそうに、背負う舜の想い出話を聞いている。
 舜が嬉しいとこの青年も嬉しく、幸せそうにしていると、この青年も幸せなことも、いつも通りである。
 だから、なのだろう。
 そんな昔話の想い出に浸っていたために、それに気付くのが遅れたのだ。
 索冥はスタスタと前を歩いて行ってしまっている。
 多分、また前回のように車や鉄道を使って移動する旅が面倒なのだろう。もちろん、舜も面倒だが、黄帝に翼を封印されている今、文明の利器を利用するしか方法がない。
 そして、それは砂漠の彼方である。
 牡丹の花の精霊、耀輝は、移動の際はビスクドールの形よりも、何の形も取らない灰のままの姿の方が動きやすいようで、姿は見えない。もともと気配もごく薄い。故意に気配を消されては、探し出すことも困難だろう。
「この『キン・コン・カン』、完全に足首に食い込んで、肉に根を生やしてるよなァ……」
 負ぶわれたままの恰好で、ふと足に目が行き、舜は言った。
 華奢な足に嵌められたその箍は、すでに体に同化している。そっと足を撫でてみると――なんだか自分の足ではないようで(事実、違う)、少し変な気持になってしまった。
 そう言えば、今は胸もあるし、きっと股間には何もないに違いない。
 ――やはり、デューイ一人を黄帝の元に行かせて、自分はこの体のことをよく調べてみた方が良かっただろうか。
 そんなことも考えたりした。
 仕方がないではないか。そういう年頃なのだから。
 そして、それに気付いたのだ。自分を抱えるデューイの手――顔以外に唯一、服や日除けの布に覆われていないそのデューイの手に、微細な気配が這ったことに――。



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