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十七夜 憑き物の巣

十七夜 憑き物の巣 9

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 雅な緞帳どんちょうを背に、ふさふさと豪華に揺れていた黄金色の九尾は、今や何処にも見当たらず、それでも、やたらと色香の漂う着崩した着物姿が、この墓標の群れのような団地の中では奇妙に映った。
 舜が、尻尾は何処に行ったのかを玉藻御前に訊くと、
「そなたや黄帝殿の翼とて、普段は晒しておらぬであろうが」
 と、当然のように返された。
 そう言われてみれば、その通りで、自らの力の一端であるものは、その力を使う必要がない時は、取り込んでおける。
 それでも――。
「気持ち良かったのになぁ、あの尻尾」
「舜っ!」
 普通、玉藻御前様の尻尾になど、畏れ多くて触れない。
 しかも、そんな豪華な九尾を広げて団地の中を歩いていたら、今以上に目立って仕方がない。――いや、昨今は妙なコスプレや、訳の判らないファッションが溢れているのだから、ちょっと変わった人、という認識くらいで通るのだろうか。
 とにかく、この日本での暮らしも長く、色々な《道》をご存知の玉藻御前たまもごぜんは、団地の裏山近くに取り残された、古い鳥居に出る道を使い、舜とデューイをあっと言う間に例の雀川団地へと連れて来てくださったのだ。
「便利な門だな」
 日本には、至る所にこういった鳥居形の門があり、力ある人外なら、自由に通り抜けられるのだと云う。
 ここまで来れば団地はもう目の前で、舜の嗅覚とデューイの記憶力で、祐樹の住む棟へはすぐに着いた。
 とはいえ、すでに夜中――。
「ここへ来たって、あいつら帰ってるかどうか……」
 舜が言うと、
「帰ってなくても、きっと彼女の連絡先くらいは見つかるよ。ここは中国の山奥とは違って、電話もメールも郵便も届くんだから」
 デューイは少し得意げに、人間社会の繋がりの便利さを口にした。
「ふーん、なら、あんな山奥にわざわざ戻って来なくても、便利なとこで暮らせばよかったじゃないか」
 舜の冷たい言葉は、その青年に馬鹿にされたことへの腹いせである。――いや、もちろんデューイにそんなつもりはなかったのだが、あまり山奥から出たことのない舜にとって、あちこち知っているデューイの言葉は、ちょっとムカつくものだったのである。
「舜……っ!」
 このあとしばらくデューイが口を聞いてもらえなかったことは、言うまでもない。
 まあ、そんなことはさておき――。
 また例によってデューイが鍵を開けて祐樹の家――団地の一室へ足を入れると、
「ふむ、これは……」
 玉藻御前がその美しい眉根をわずかに寄せた。
「何か判ったのか?」
 舜が訊くと、玉藻御前は応えることなく、奥の母親の部屋らしき一室に足を踏み入れ、「妾の美を満たしてくれるぎょくはなさそうじゃのう」
「……」
 どうやら、自身の生命と美の源とも言える珠玉がないか、まず一番に探っていたらしい。
 もちろん、こんな質素な暮らしの団地に、玉藻御前が歓喜するような珠玉の数々があるはずもないが。
「あっても勝手に持ち出したら、泥棒のような気がしないでも……」
 このデューイの常識的な言葉は、目の前の二人には無視された。
「あのPCだよ。――どう思う?」
 舜が祐樹の部屋に来て、玉藻御前に問いかけると、またあの時同様、舜の声に反応したのか、画面がポゥと白く光った。
「あなた、誰? 祐樹じゃない……」
 美しい金の髪と、真珠のような白い翼を持つ智天使(ケルビム)『らら』が、純粋無垢な眼差しで、同じ言葉を繰り返す。
「これ以上は喋らないんだよ」
 登録されていない声なのだから、当然といえば当然なのだが。
 まるで繭から生まれたばかりのような穢れのない姿と、静かに響く鈴の音のような声は、コンピューターで合成されているとは思えないほどに滑らかで、確かにこれが自分だけの天使であるのだとしたら、愛しいと思うのだろう。
 だが――。
「悪魔もいるはずなんだけど、この調子だから見ることも出来ないし」
 まあ、見てもゲームの中のキャラクターなのだから、退治がどうのという話でもない。
 そうして二人がPC画面を覗いていると、
「あったよ、舜! 年賀状に彼女の住所が書いてある!」


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