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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰
二十夜 眠れる大地の淘汰 4
しおりを挟む「――誰を生かすか……?」
舜は、父たる黄帝の言葉に目を見開いた。
二人がいるのは、起伏の激しい岩山を登り、さらに険しい絶壁を登った場所である。数十もの奇峰が雲海に浮かび、神秘的な山水画そのもののように、雄大な景色だけが、続いている。その絶壁に張り出した頂の内部に、舜はこの父親と暮らしているのだ。ついでに、デューイも。
もちろん、目がくらむような高さの断崖絶壁に、どうしてこんな住居が造れたのかは不明だが、この青年の姿の父親の前では、どんなことが起こっても不思議ではないのだから、仕方がない。
その姿からして、足首まで届きそうな長い銀髪も、黒曜石のような漆黒の瞳も、風景と呼んだ方が相応しいほどに、雲海の幻想に溶け込んでいる。あまりに長く生き過ぎたために、自分の人格すらも判らなくなってしまっているというが(舜いわく)、この世の太初から存在していてもおかしくはない、月の精霊のような青年なのである。
「そうです。彼らの中から、君が選んで残してください」
「他の村人は……?」
「飢餓で死ぬか、病に罹るか……。憐れに思うのなら、君がその手にかけて楽にしてあげてもいいのです」
「……」
無性に腹の立つ言葉だった。
非情で、残酷で、暖かさなど微塵もない……。
これまでも、世界で一番嫌いで、一番恐ろしい父親だと思っていたが、そこにもう一つ、一番軽蔑する父親――という項目を付け加えてもいい、と思っていた。
一緒に話を聞いていたデューイも、口を開くことも出来ずに、茫然としている。
「なんでそんなことをしなきゃならないんだ? そんなの村の人間が決めることだろ!」
強い口調で、舜は言った。
もちろん、黄帝が動じるはずもない。相変わらずの、一線の狂いもない玲瓏な面貌で、ただ静かにそこにいる。
「嫌なら、また次の機会で構いません。今回も狐仙殿に頼むことにしましょう」
と、何食わぬ顔で、言うのである。
もちろんそうなれば舜はお役御免で、嫌なことから解放される――はずもない。一度聞いてしまったその言葉は、もう自分の中から消すことはできない。
――誰を生かして、誰を見捨てるか……。
「その狐仙とかいう奴は、生かす奴を決めたら、残りの村人をどうするんだ?」
察してはいたが、舜は訊いた。
「極北の地で、肉や内臓は貴重な食糧です。狐仙殿も一族を養って行かなくてはならない身――。無駄になる命はありません」
「――」
――無駄になる命はない。
まだ生きられるかも知れない人々の中から、確実に生き残れる者だけを選んで、あとは殺してしまうなど、それは、『無駄』とか『無駄ではない』とかで片付けられる問題なのだろうか。
きれい事を言うつもりはないが――。いや、やはり、きれい事を言っているのだろうか。玉藻前にしても、人を喰らう妖狐であるのに、そんな場面を――人肉を喰らう場面を見ていないがために、絵空事のように考えている。まるで、珠玉だけを喰らって生きているかのように。
舜だって、人間から見れば、人の生き血を啜る悍ましい吸血鬼であるというのに――。無論、舜には生まれた時から《朱珠の実》という糧があり、未だ、人間の生き血を啜ったことはないのだが。
「オレが行く。――で、オレが決める」
「舜!」
デューイは驚いて目を丸くしていたが(やはりこれも灰の姿なので見えた訳ではない)、舜は気にせず黄帝の顔を睨みつけた。
もちろん黄帝は怯みもせず、
「ええ、君が決めていいのです。全ての村人の運命を……」
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