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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰

二十夜 眠れる大地の淘汰 13

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 だが――。
 一匹の黄鼠狼ラスカが舜めがけて飛びかかった刹那、舜が翳した手のひらから、木々さえ薙ぎ倒すような気が放たれた。
 この少年、死に切れない一族の中でも、ずば抜けた力を有しているのである。
「ぎゃあああ――っ!」
 気功に腹を穿たれた黄鼠狼ラスカの悲鳴が、雷鳴のように重々しく響く。
 村人を挟んで反対側でも、同様に苦鳴が上がっていた。これも、黄鼠狼ラスカが零したものである。
「ぐ……うぅ……」
 見る間に、毛皮を残して干からびていく黄鼠狼ラスカの身体には、微細な灰が張り付いている。あろうことかその灰は、黄鼠狼ラスカの全身から瞬く間に血を吸い取っていた。
 皮を剥いたブドウのように瑞々しい朱珠が、微細な灰の表面に、大きく膨れ上がって行く。灰の姿のデューイが、黄鼠狼ラスカから吸い取った血液である。それは、黄鼠狼ラスカの体を離れて地面に落ちると、すぐに瑞々しさを失った。それだけでなく、灰が舞い散るように弾け散り、さらさらと静かに崩れ落ちる。
 全身の血を吸い尽くされて干上がった黄鼠狼ラスカは、紙のように軽くなり、カサリ、と枯れ木のような音を立てて、地面に倒れた。
 辺りがシンと静まり返った。
 攻撃を仕掛けようとしていた黄鼠狼ラスカももちろんだが、人外の美しい少年と、姿さえ目視し難い灰の姿の青年の圧倒的な技と能力に、村人たちも逃げることすら忘れて魅入っていたのだ。
 誰もが、刹那の出来ごとに立ち尽くしていた。
「――まだやるのか?」
 これが本意ではないことを告げるように、舜は言った。
 まだ自分がしていることが正しいのか、間違っているのか、判断が出来ずにいるのだ。これ以上の殺戮は避けて通りたい。
「やめておいた方がよさそうだ」
 リーダーらしき黄鼠狼ラスカが言った。そして、
「おまえはずっとそいつらと生活を共にするつもりか?」
 と、含むように問いかける。
 恐らく、ただの通りすがりの他所者である舜たちがいなくなれば、今まで通りに村人たちを襲ってやる、と言っているのだろう。
「……」
 舜の返事がないのを見ると、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、黄鼠狼ラスカたちは姿を消した。
「舜……」
 結局、村人たちの命は、ほんの少し猶予が下されただけに過ぎない。舜もデューイも、ずっとここで暮らす訳にはいかないのだから。
「食いモンさえ何とかなったらなァ」
 結局、そこに戻ってしまうのだ。
「畑は作らないのか?」
 再び川へ向かう道中で、訊いてみる。
「この永久凍土ツンドラで?」
「牧畜は?」
「全部、魔物に喰われちまう」
「街で働いて暮らすとか」
「行った奴らもいたが、すぐにドブネズミ扱いされて追い出されて来たさ」
「……」
 そうでなくとも、村人全てが街に移住するなど無理な話だろう。村人を養えるだけの人数が出稼ぎに行く、というのも――。下手をすれば、このシベリアのその辺りの街よりも、村人の数の方が多いかも知れない。
 舜の暮らす中国でも、三十数年前に爆発的な人口増加を抑制するため、一人っ子政策などが導入されたが、この村ではすでに今年の冬を超えることがままならないのだ。
 考えても考えても一向に解決の糸口が見つからない問題を抱え、舜たちは河で魚を獲り、村へ戻った。そして、そんな生活がしばらく続くことになったのである。


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