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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰
二十夜 眠れる大地の淘汰 22
しおりを挟む「本気なのか、舜?」
村へ戻る道の途中、無言の舜に、デューイは訊いた。
以前に、無理やり眠りから目醒めさせられた人狼たちを大勢殺さなくてはならない時があったが、あの時は人狼たちも安らかな眠りにつきたがっていた。
だが、今回は違う。村人たちは来年の春まで生き延びようと食糧を蓄え、次代を担う子供たちを育み、皆で肩寄せ合って生活をしている。そんな村人たちを手にかけるのは、やはり、誰に何を言われようと理不尽なことでしかあり得なかった。しかも、村人たちは善良で、小柄な体がどこかコミカルで、化け物を恐れて地下に棲むだけの控えめな人々なのだ。
それなのに……。
「今日中に全員を逃がす」
舜が言った。
「え?」
「どのみち、あそこではもう限界だ。もっと早く踏ん切りをつけるべきだったんだ」
こんなに冬の色が濃くなってしまう前に――。
「わかった。――でも、みんなを説得するだけでも、何日もかかるかも……」
そこまで言いかけ、デューイは舜がやろうとしていることに思い当たった。舜は、自身の赤眼――相手を意のままに操ることの出来る赤眼を使って、有無を言わさず村人たちを避難させようとしているのだ。話し合っても解決しないことは、これまでのやり取りで判っているから、誰もが迷わず、決断を渋らない唯一の手段として。
吸血鬼の赤眼が催眠術のような効力を持ち、相手の意思を奪ってしまうことは広く知られているが、村人の数は数万――。果たしてどれくらいの村人と目を合わせ、赤眼に従わせることが出来るのか……。
村はもう目の前だった。
だが、様子がおかしい。舜やデューイが出て来た時、村人たちは消えた人々を探して、何人もが出入り口付近をうろついていたのに、今はその姿が見当たらない。舜の聴力をもってしても、穴の中の騒ぎが聞き取れないのだから、皆が息を潜めているか、気配を殺して身構えているか……。
「何かあったのかも知れない」
二人は、普通でない村の様子に、急いで入口の一つに駆けつけた。――が、いつも開いているはずの入り口は、今は木の枝と土で塞がれている。
こんなことは初めてである。入口自体は塞がなくても、岩が張り出して隠れているため、上空や高い目線からは穴があることさえ判らない。だから、中に見張りの村人はいても、入口自体が塞がっているなど、これまであり得ないことだったのだ。
やはり、おかしい。
「どうする、舜? ここからは入れないし。他の入り口に回ってみるしか――」
「いや、他も同じかも知れない。ここから入る」
舜は言うと、入口の土と枝を前に、片手を翳した。それほど厳重に塞いであるわけではなさそうなので、軽く気を放てば吹き飛ぶだろう。河を凍らせた魔氷の気だけではなく、舜は内なる気を放つだけの気功も使えるのだ。
それでもデューイは「怪我人が出ませんように」とスケルトンのブタの貯金箱の中で待機して、その成り行きを見守っていた。
だから、なのだ。二人ともがその塞がれた穴に気を取られ、中の住人を傷つけたり、内部を壊してしまわないよう気遣っていたため、すぐにはそれに気付けなかった。
「今だ!」
そんな殺気を帯びた合図が聞こえ、二人はハッと身構えた。同時に何本もの槍が空を切り、高い音が風を裂いた。
四方八方から放たれた槍は、最初は植物の毒を塗り付けたもの、次には植物の油を含ませて、火を纏わせたものだった。恐らく、最初から火を付けた槍を用意しておいては、優れた嗅覚をもつ舜に火の匂いを気づかれてしまう、と思ったからだろう。
だが、所詮は非力で小柄な村人たちが放った槍――。舜とデューイには、ひらひらと風に舞う木の葉のような悠長な姿にしか映らない。驚いたとすれば、その槍を放ったのが、自分たちが助けようと一生懸命になっていた村人たちの一部だった、ということの方だった。
全ての槍を刹那に払い、舜は遠巻きに自分を囲む村人たちに視線を向けた。その中には、共に巨大魚捕りをしたコーリャや、見知った顔が何人もいた。
「怯むな! 次を放て!」
無傷で槍を薙ぎ払った舜に茫然としながら、それでも気を取り直して、一人が言った。
皆がその声に従って、恐怖に取り憑かれたように槍を放つ。
無論、それとて舜には何の痛手にもなりはしない。少なくとも、死に切れない一族である体の方は……。いや、心の方だって、あの黄帝の元で育って来たのだから、そう簡単には凹んだりしない。
体内の気を全身から少し放出するだけで、槍は舜の体に届く前に、地面に落ちた。これにはさすがに村人たちも自分たちの分の悪さを悟ったのか、
「お、おい、どうするんだよ……?」
「誰だよ、不意打ちなら大丈夫だ、って言ったのは……」
「もうこれで俺たちは終わりだ……」
そこかしこから、そんな呟きが聞こえて来た。
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