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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王

十九夜 白蛇天珠の帝王 4

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 この胡散臭い白装束の神主――とも思えない青年、何やら摩訶不思議な力があるようで、
「おまえ、何に憑かれているのじゃ?」
 その言葉に、花乃は、さっきまで感じていた、得体の知れない恐怖を思い出していた。
 そして、《白蛇の塚》と呼ばれる石の塔に、石飛礫いしつぶてを当てて傷つけてしまったことも――。
 塚、というのが墓であったり、何かを封じた場所、まつった場所であることは、何となく理解してはいるが、それが……。
「……憑かれてる?」
 恐る恐る、花乃は訊いた。
 普段なら相手にしなかったかもしれないが、こんな場所で、あんなことがあった後に、神主のような不思議な人物が不意に現れて、そんな言葉を口にしたなら、気にしない方がどうかしている。
 それに、何度も言うが、美形なのだ。
「無位無官の陰陽師に判るのはその程度のことだ。全てが見通せるものなら、とっくに宮中にとり立てられている」
「陰陽師……?」
 やはり、ちょっと変わった人らしい。言い回しも、時代から取り残されているようだし――いや、今流行りの『なり切りコスプレイヤー』なのかも知れない。衣装もかなり着込んであって、あちこちのコスプレ会場に出没しているたぐいに見える。
「おおよ。――だが、今は他人に構っている場合ではない。酒が過ぎたのか、俺が何かに憑かれているのか、別の世界が目の前に見える。まずはこちらを何とかせねばならぬ」
「別の世界?」
 四次元的なものだろうか。
「俺の目には、人々が見慣れぬ装いをし、見たこともない布袋や革袋を持ち歩いているように見える。おまえもまた、そうだが」
「……。みんな普通の格好だけど……」
 くるくると辺りを見渡して、花乃は言った。花乃自身も変わった格好はしていないし、強いて言うなら、そう言っている当人――この、自称陰陽師というコスプレイヤーの方が、余程異質の格好に見える。
「解っておる。ここは、そういう世界なのであろう」
「……」
 ――解ってないと思う。
 第一、この当たり前の世界を『別の世界』だと言うのなら、この青年が暮らしていたのはどんな世界だというのだろうか。よもや、異世界から来たとでも――。
 姿恰好だけは平安の世から訪れた陰陽師といってもうなずけるが、そんなことは、昨今の夢見がちな少女でも、信じないに違いない。
「えーと……。じゃ、じゃあ、私はこれで――。用があるから」
 美形だとは思うが、あまり関わらない方が良さそうだとも思うので(第一、花乃には猛がいる)、花乃は曖昧に笑って、その場を離れた。――いや、離れようと思った時、靴先に、カツン、と何かが当たり、コロコロと先に転がった。
 ――小石。
 息が止まるかと思うほどに、驚いた。
 何しろそれは、蹴った感触も色形も、さっき《白蛇の塚》にぶつけてしまった小さな石飛礫にそっくりだったのだから……。
 もちろん、色形や感触など、全く覚えていない――いるはずがない、と思っていたのだが、靴先に当たった刹那、なぜかそれがさっきの飛礫だと感じたのだ。
 だが、あの飛礫は《白蛇の塚》に当たった後、池の中に落ちてしまったはずで……。
「どうしたのじゃ?」
 そう声をかけられ、ハッと我に返ったが、自分のしたことを見透かされてしまったような気がして、
「な、なんでも――」
 と、思わず小石を隠すように、その小石の上に、履いていたブーツを重ねて置いた。
 それが悪かったのだ。
 小石は、ブーツの底のくぼみに嵌り込み、歩くたびに不快な感触を、足に伝えた。
 カツッ、カツッ――。
 地に足をつけると、石が響く。
 結局、花乃は少し行ったところで足を止め、ブーツの底に挟まった小石を取ることにした。――が、小石は、靴底にしっかりと食い込んでいる。地面にこすり付けたくらいでは取れそうになかった。
 ――仕方がない。
 花乃はブーツの底に手を伸ばした。


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