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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 10
しおりを挟む「ちょっとぉぉっ! どうしてまたそんなモノを拾うのよ!」
やっと指から剥がれ落ちた白い小石を、胡散臭い陰陽師、有雪が再び手に取るのを見て、花乃は信じられない思いで声を上げた。
「『捨て呪』というものを知っているか?」
石を手に、有雪が同じ問いを繰り返す。
「知らないわよ! そんな石、さっさと――」
「誰かがこの石にあれを封じ、己についた憑き物を拾わせたのじゃ」
「……え?」
思いもかけない言葉だった。
「誰かって……?」
「恐らく、見も知らぬ者だろう、――普通なら」
何だか含む言い方である。
「じゃあ、普通じゃないの、この『捨て呪』は?」
「さて。俺には判らぬ」
――何ていい加減な!
判っているような素振りを見せたり、あっさりそれを否定したり。
それに、今はその石を拾っても、呪いはかからない様子である。もちろん、あの蛇のような黒い靄は、忽然と消えてしまったのだが。
呪いが解けたのなら、もうこんなことには関わりたくない。またあの黒い靄が戻って来て、体が蛇の鱗のように変化するのはご免である。
「わ、判らないのなら、私はこれで! 今日は色々とありがとう!」
明るく言って、花乃は立ち去ろうとしたのだが、
「待て。俺はこの世界に知り人もなく、今宵の宿もないのだ」
「……」
そう言われても、花乃は彼氏のいる女の子である。じゃあ、うちに泊っていく? などと、気軽には言えない。
「あの、私も東京からこっちの大学に来て、ママの実家――伯父さんの家に居候してるの。酒蔵元でいつも忙しいから、私も手伝いがあるし――」
「酒蔵!」
その言葉に、有雪の面が、パッと変わった。
「よし、其処へ行こう」
「え?」
――よし、其処へ行こう、って?
何故、問いかけじゃなく、すでに決断された言葉?
「さあ、行くぞ。俺のことなら心配いらぬ。居候には慣れておるからな」
そんな事情など知らないし、訊いていない。
さすがに言い返そうと思ったが、
「あれが戻ってきたら、またこの飛礫に封じてしまわねばならぬ」
「……」
そう言われると、何も言えない。
あの黒い靄が戻ってきたら、花乃はまた取り憑かれて、この暖かい皮膚が冷たい鱗に変わっていくかも知れないのだから。
それに、今は拝観時間も終了し、鹿苑寺から出なくてはならない。
何より、どうやって伯父夫婦に紹介して、この陰陽師を家に上げればいいのだか……。
――絶対、追い帰される!
いや、それならそれで都合がいいのでは……。いや、ダメだ。今、有雪と離れてしまっては、自分の身も守れない。何とか隠して連れ込まなければ……。
そんな風に、居候先に男を連れ込む手段を考えながら、花乃は北山鹿苑寺を後にしたのである。
「――壁をよじ登れたり、姿を隠したり……出来ないでしょうね?」
忍者ではないのだから当たり前ではあるが、苦し紛れに訊いてみる。
市バスを待ちながらの会話としては、無難……ではなく、不似合いだ。
「居候ではなく、隠れ住んでおるのか?」
「そんな訳ないでしょ! 私が知らない男の人を連れて帰ったら、伯父さんたち怪訝に思うに決まってるんだから。ママに連絡されたらどうするのよ! 絶対、見つからないようにしてよ!」
「ふむ……。まあ、俺ほど気配を悟らせない陰陽師もおらぬ。案ずるな」
「……」
――心配だ……。
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