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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王

十九夜 白蛇天珠の帝王 22

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「ぱぱ……とは、親御のことだったか?」
 有雪の問いに、
「お父さん――父よ。きっと、信者の誰かが家宝だとか何とか言って差し出したんだわ。パパはそれを真に受けて、こんな不吉なものを――」
「いや、この白蛇天珠は確かに聖石。それは、先の二人の話でも間違いない」
「ならどうして、こんなことばかり起こるの? 私、守られるどころか酷い目にばかり遭ってるわ!」
 呪いを拾ったり、かけられたり……。
「じゃが、その白蛇天珠がなければ、『捨て呪』からも逃れることが出来なかったかも知れぬぞ」
「え……?」
 花乃は、有雪の言葉に、再び零れそうになっていた涙を、また止めた。――いや、自由に出し入れできるわけではないが、出たり止まったりするタイミングがあるのだから、仕方がない。
「だって、あれは有雪さんの不思議な呪文が……」
「違う。あれは俺の九字で退いたのではなく、白蛇天珠の守りに弾かれたのじゃ」
 有雪の話は、こうだった。
 確かに『捨て呪』の中から呪いの正体を引き出したのは有雪だが、その呪の源は石から解放されたことを幸いに、花乃の体に取り憑こうとしていたらしい。露わになった本性を討たれる前に、蛇のような黒い靄の魍魎となって。
 無論、有雪もその魍魎を滅するために九字を唱えたのだが、滅するには至らなかったという。
 そして、駄目だ、と思った刹那、花乃の体が白く染まり、魍魎は畏れて逃げ出した、と――。
 有雪自身、その時は誰か他の者が魍魎を追い祓ってくれたものだとばかり思っていたのだが、あれが花乃自身の中に宿っていた力だったのだとしたら――そう考えた方が呑み込みやすい。
「あれこそが、白蛇天珠の力であったに違ない」
 一通り話を終えて、有雪が言った。
 だが――。
「でも、あの時、白エビ天重はもう私が壊していて、霊力も何も残っていなくって――」
「いや、違う。白蛇天珠の聖虫は、おまえが踏んで壊した時に、すでにおまえ自身に移り宿っていたのだ。あの寺で魍魎が取り憑こうとした時と同じように、おまえの中に……」
「じゃあ、白エビ天重の霊力は消えたんじゃなくて……」
「器が壊れたから、他の器に宿替えしたのだろう」
 だからこそ――人間にそんな霊力が宿ってしまったからこそ、何かを成し遂げる帝王として、麒麟を目覚めさせることになってしまったのかも知れない。――いや、この時はまだ、そんなことは考えてもいなかったのだが。
「でも、おかしいわ。『捨て呪』の石が指に張り付いた時、天重は追い祓ってくれなかったもの」
 あんなに怖い思いをしたのに、天珠の守りは何もなかった。
 なら、やはりあれは誰か他の人間の介入で助かっただけで、天珠の力など花乃には宿っていなかった、ということになる。
「いや、あの時もおまえは天珠に守られていたさ。石の呪が及ばないように、周りを聖なる白鱗で覆われていた」
「あ……」
 有雪の言葉を聞いて、花乃はあの時のことを思い出していた。――いや、忘れていた訳ではないが、確かに『捨て呪』たる石が張りついていた指の周囲には、白い鱗が浮き出すように生えていたのだ。
 あの時は、自分の姿がこのまま蛇に変化してしまうのではないか、という恐怖と嫌悪に追い詰められるだけだったが、見方を変えてみると、あの『捨て呪』から守られていた、と言えなくもない。
「じゃあ、本当に天重は私の中に……?」
「その結論に落ち着く前に、一つよいか?」
 散々、気を持たすようなことを言っておきながら、このタイミングで水を差す有雪の言葉に、
「何よ。今度は否定するの?」
 花乃は睨みつけるように問い返した。
 だが、返って来た言葉は――、
「言おう言おうと思っていたのだが、白エビ天重ではなく、白蛇天珠しろえびてんじゅじゃ」


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