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XX Ⅰ

XX Ⅰ-38

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《司、おまえがこの宝石アレキサンドライトの中のマイクロ・チップを見つける頃には、私はもうおまえの前にはいないだろう。
 私がおまえに伝えておかなければならないことは、一つだ、司。
 時が来たとき、《イースター》を解放するのが、私の夢だった。無論、おまえがその私の夢を継ぐかどうかは自由だ。だが、私の最たる望みとして、おまえにこれを残しておく。
 おまえには、ウォリック伯の子息、クリストファーと結婚し、子を成してもらいたい。彼なら、おまえの性を知っても受け入れてくれるだろう。
 もし、クリストファーが無理なら、香港の菁との結婚を望む。彼は希と結婚しているが、おまえも知っての通り、希は病床に臥している。生命だけを引き延ばすその治療法がどれほど残酷か……。そのことは、おまえの元に残したドクター.刄が一番よく知っているはずだ。
 彼も、なまじ腕が良かっただけに、辛い思いをして来たのだからな。軍司令官の命令のままに、瀕死の他国のスパイを生かさず殺さずの状態にし……軍は、『殺してくれ』と訴えるそのスパイを詰問し……そのやり方に憤りを抑え切れず、ドクター.刄はそのスパイを殺し、軍の司令官を殺してしまった。その結果、己まで軍に追われる嵌めになってしまっても、彼には、人間として、そのスパイを殺してやることしか出来なかったのだ。少なくとも、ドクター.刄に殺されたスパイは、その判断に感謝していただろう。
 病床の希を、そのスパイと同じだ、と言う積もりはないが、おまえが選ぶべき相手の一人として、菁のことも書き残しておく。
 おまえがクリストファーの子、もしくは、菁の子を身ごもり、その子供が無事に育ったら――かつて、〈XX〉を滅ぼした癌を発症せず、おまえと同じように無事に育ったら、《イースター》を解放して欲しい。もちろん、その為には、おまえの産む子供が〈XX〉であり、長い成長過程の中、絶対に癌を発症しない、という保証を得なくてはならない。
 そして……今、おまえは、この私に腹を立て、恨んでいることだろう。私はおまえを実験台にしたのだ。どう言葉を変えても、その事実からは言い逃れが出来ない。幼いおまえを《イースター》から連れ出し、癌を発病して死ぬ危険があると知りながら、ドクター.刄に一切を任せて、おまえを外の世界の中で生活させて来た。
 だが、おまえが私の娘だったからこそ、私はおまえに全てを託すことが出来たのだ。もちろん、おまえを死なせたくはなかった。
 何年後になるかは判らないが、おまえが女の子を産み、その子供が無事に成長したなら、私が――十六夜が守り続けて来た《イースター》を解放し、再び地球上に〈XX〉という神秘の生物を生存させて欲しい。一六〇年前の世界の復活だ。おまえがその《復活祭イースター》を司る。
 これは、〈XX〉であるおまえにしか出来ないことだ。そして、私の望みの全てだ。おまえが神秘を司り、世に、その神秘を解放する。
 愛している、司。どうしても、おまえを前にしては話せなかった。今は、おまえの返事を聞くことも出来ない。おまえがどの結果を選ぼうと、私は満足するだろう。
 ――愛しい娘に。――十六夜秀隆》




「ぼくが子供を産む? クックッ……。いい冗談だ。頭がおかしくなる。――そう思わないか、ドク?」
 司は自嘲のように唇を歪め、いつも側にいる主治医に言葉を向けた。
「……」
 刄は黙って聴いている。
「クリスが駄目なら、菁? ぼくは一体、何なんだ? 子供を産むだけの道具なのか? 子供なんか……考えただけで気が狂う。――ハッ。子供が出来ない体で助かったよ。年に二、三回の月経じゃ、不妊症もいいところだ。お父さまには申し訳ないけど、ぼくには《イースター》のための子供は産めない。――そうだろ、ドク?」
「……」
 問いかけに言葉は返らなかった。
「ドク? どうして黙っているんだ?」
「……」
「返事をしろっ、ドク! ドクター.刄!」
「……」
 その叱責にも、言葉は一つも返らない。
「……どうしたんだ? ぼくの声が聞こえないのか? ――どこにいるんだ、ドク? 顔が見えない。姿も――。ドク? どこだ、ドク! ぼくの側に来い、ドク――っ!」
 ――ドクター.刄――――――!


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