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沙希伶(シャシイリン) ――XX外伝――

沙希伶 ――XX外伝―― 19

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 高校は相変わらず面白くはなかったが、それでも、勉強は前ほどさっぱり解らないこともなく、卒業したら菁との結婚が待っているため、恋の熱に浮かされるように、希伶は毎日、義務を果たすように通っていた。
 車での送り迎えは続いていたが、それでも、寄り道や買い物は許されるようになり――家庭教師が来る時間には帰らなくてはならなかったが――少しの信頼は得たようで、今日も学校が終わってから、菁のいる李本社ビルへと向かっていた。
 もちろん、慌ただしく会わなくても、休日には約束をしているのだが……。
「――では、一時間後にお迎えに上がります」
 運転手がそう言って車を出すと、希伶はガラス張りの李グループのビルへと踏み出した。その背中に、
「よう、希じゃないか。最近、姿を見ないと思っていたら、中環なんかで客を拾ってたのか?」
 と、声が届いた。
 振り返らずとも、それが『以前の客』のものであることは、容易に知れた。
 無視して行ってしまっても良かったのだが、このまま李ビルの中に入ってしまうと、菁に迷惑をかけてしまう。
 希伶は、ガラス張りのビルの前を素通りして、そのまま大通りを歩き始めた。
「もう『家出ごっこ』はやめたんだ。他の奴を探せよ」
 振り返りもせずにそう言うと、
「ふーん。困った時だけ頼って来て、自分がいい時は知らん顔か。いい面の皮じゃないか」
「それは――っ」
「なら、付き合えよ。最後なら礼くらいするもんだろ?」
「……」
 ――礼なんか……。家出して、行くところがない高校生に付け込んで、小遣い銭程度で欲望のはけ口にしていたくせに――。
「……これで最後だからな」
 希伶は言った。
 ――今だけ、我慢しておけば……。
「ああ、解ってるって」
 二人は大通りを後にして、狭い裏通りへと足を向けた。




 薄汚れた壁に押し付けられ、ズボンの上から握られると、とてつもない嫌悪が駆け抜けた。
 そうする内に、路地の先から、また見知った顔が姿を見せた。
「ヘェ……。久しぶりだな、希」
 舌なめずりするような声と、視線だった。
「おいおい、順番は守れよ」
 下肢を弄る男が言った。
「順番って、ぼくは――っ」
「そりゃないだろ、久しぶりに会ったのに」
「……」
 ――来るのではなかった。
 そう思ったが、路地の先は、右も左も男たちに塞がれている。
「おまえって、金持ちのお坊ちゃまなんだって?」
「……」
「金持ちの通う学校から出て来るのを見た、って奴がいるんだ。――こんなことが学校にバレたら困るだろ」
「それは……」
 ――今、退学になったら、菁との結婚も消えてしまう。
「やって欲しくて、こんな所に来て、遊んでたんだろ? これだから、ネコは」
「……好きにしろ」
 ――我慢していれば、すぐに終わる。
「ふーん、素直じゃないか。さっさとズボンを下ろしてケツを出せよ。明日からは、自分でここまで来るんだ」
 その言葉に、希伶は瞳を見開いた。
「これが最後だと――っ」
「学校まで迎えに行ってやってもいいんだ」
「……」
 ――菁……。ぼくは……。

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