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XX Ⅱ 

XX Ⅱ-23

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 産声が聞こえると、菁と桂も処置室の中に飛び込んで来た。
 ベッドでぐったりとする司と、その手を今も握る、刄。そして、取り上げた赤ん坊の処置をする、アンドルゥ。今は皆に背を向ける形で、子供の体をきれいに拭き、清潔な産着うぶぎで包んでいる。
「子供は――!」
 菁が訊くと、
「アプガースコア(皮膚色、心拍数、刺激に反応、筋緊張、呼吸)は、全て正常。身長、体重、胸囲は、やはり小さい。でもこれは、月を満たしていないせいでしょう。逆に、通常体重だったら、もっと時間がかかって大変でした。あとは、体温も問題なし――」
「そんなことじゃなくて――」
 その言葉に、
「そんなことじゃなくて――何ですか? この子の何が知りたいと?」
 冷たい瞳を持ち上げ、アンドルゥが訊いた。
「あ……いや……」
 言葉はそれ以上は続かなかった。
 司の方を垣間見て、目を瞑っているのを確認すると、刄の方へと視線を向ける。
 その表情からは、何も読めない。
 クリスの子なのか――それとも、あの時の男たちの子供なのか……。
「さあ、きれいになった」
 一通りの処置を終え、アンドルゥが生まれたばかりの小さな命を、司の胸にそっと置いた。シーツを下げて胸をはだけ、赤ん坊の唇を宛がうと、誰に教えられたわけでもないのに、もう乳を口に含んで吸い始める。
「ぼくの……子……」
 司が、くすぐったそうに目を開いて、赤ん坊の様子を静かに眺める。
「母乳はまだ出ないですけど、吸わせないと出るようにならないですから。――さて、あとはあなたの処置ですが……。胎盤を出した後、切った部分を縫合するのに、麻酔を使ってもいいですか?」
「切った……。麻酔なしで……?」
 その言葉に蒼くなったのは、菁だった。
「殴りに来ないでくださいよ。そうしなければ出産時に裂けて、酷い状態になるからしたことです。きっと陣痛の方が強くて、痛みはそれほどではなかったはずです」
「……」
 更に血の気が引いて行く。
 それほどではない痛み――ざっくり切って――なら、陣痛はどれほどの痛みだったというのだろうか……。
 あの時、自分が刄の代わりにやる、と言ったものの、それが到底無理なことだったのだと、菁は今更ながら思い知らされていた。
 桂も血の気を無くしたようで、ストン、とその場に座り込む。どうやら腰が抜けたらしい。
 刄はその間も、乳を含む赤子の様子と、司の様子を黙って見ていた。
 何かで読んだことがあるが、出産時、他人は、生まれて来る子供の心配を一番にするが、肉親は、我が娘の体を一番に心配するという……ちょうどそんな気持ちだった。生まれて来る子供が誰の子か、ということよりも、司が無事であることの方が、刄には何よりも大切なことだったのだ。
「菁まで倒れそうだから……麻酔をしてくれ」
 司が言った。
 出産を終えても、今度は後陣痛が待っている。まだ当分は、痛みが引くということはないのだ。
 赤ん坊は、もう乳を吸うのに疲れたのか、気持ち良さそうに眠っている。
 それを見て、司も瞳を閉じた。
「……眠ったのか?」
「長かったですから……」
 誰もが、この瞬間に感謝をして、その眠りを見守っていた……。


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