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XX Ⅱ
XX Ⅱ-31
しおりを挟む「待たせたね」
司と階の前で足を止めて、アンドルゥは言った。そして、最初は司に、次に階にキスを贈る。
「今来たところさ。――行こう。遅くなる」
司は車を振り返り、
「ドク、ロード・ウォリックに遅れると連絡を――」
そう言いかけて、言葉を切った。
「司……」
「そうか。ドクはいないんだったな。すぐに忘れてしまう。――桂、階を車に乗せてくれ」
と、子供を預けて、車に乗り込む。
「……かしこまりました」
車は四人を乗せて、走り出した。
イギリスの空とは思えない、真っ青な空が、全てを見下ろす。
「――で、アンディ。オックスフォードでは、何でぼくが君の婚約者ということになっているんだ?」
向かい合わせに座る後部座席で、司は、階のチャイルドシートの横に座って、向かいのアンドルゥを睨みつけた。
「え、あ、それは……。入学してすぐに同じコレッジの奴に口説かれて、面倒臭かったから、断る口実に、つい、婚約者がいる、と……。そうしたら、あれこれ訊かれて――。でも、似たようなものだし――」
「どこが?」
「父も承諾しているし、僕も……」
「肝心な、ぼくの承諾はどこへ行ったんだ?」
そう言われると、身も蓋もない。
「……僕が子供なのは解っている。だから、あなたに大人の顔をさせてしまうのだということも――。でも――」
「そんなに急がなくても、ぼくは何処にも行きはしないさ。大学に入ったばかりじゃないか」
「その、大学のことで……」
「ん?」
「僕は、父の希望で経営経済学に進んだけど、卒業したら、やっぱり医学部に入り直そうと思う――。十六夜の《イースター》を、あのままにはしておけない……」
「君がそう決めたのなら」
司は決して素っ気なくは聞こえない口調で、言葉を返した。
「でも、そうしたら、あの時、五年と言ったのに、また――。まだ、これからも、僕はずっと学生で、少しも前に進まない」
「アンディ――」
「解っているけど――。学生の僕と結婚しても、あなたがマスコミから面白おかしく取り上げられるだけで、あなたが僕をそそのかしたみたいに――まるで爵位を狙う日本企業の成り上がりみたいに言われるだけで……」
「解ってるなら、このままでいいじゃないか。何故そんなに急ぐんだ?」
「……。あなたが……」
――あなたが、消えてしまいそうな気が、して……。
口に出して言ってみても、どうにもならない言葉だとは、解っている。
だが、不安でたまらないのだ。
あの日、《イースター》で、全ての真実を知った日から……。
《イースター》に、すでに柊の姿はなかった。
逃げた訳ではない。
いなかった訳でもない。
その姿がなかったのだ。
「……柊氏は、あの事故による臓器損傷で、《イースター》に運ばれて来た時には、すでに長期延命は不可能な状態でした。その体で、再び母親に骨髄を移植することも適わず……僕には、臍帯血移植を勧めるほか、あなたのお母さまを助ける手立てがありませんでした」
妊娠中の司から、骨髄を移植するなどという危険を冒す訳にも行かず、その時を待つしかなかったのだ。
そして、その話をした数週間後、母親の回復を見ることもなく、柊は死んだ。
春――。
アンドルゥは、やっと訪れた《イースター》で、司とドクター・刄を前に、その日の出来事を静かに語った。菁と桂は、階がいるため、カナダの屋敷に残っている。
「今、彼は、この《イースター》で眠っています」
長いトンネル――地下道を抜けたそこは、地下に設えられた都だった。いくつもの扉をくぐり抜け、そのまま足を進めると、別の時代に来たかのような場所に出る。
太陽ではなく、人工の光が空から照らしていることを除けば、古の日本の絵巻のような――京の都が広がっている――そんな錯覚を起こさせる。――そう。まるで本で読んだ平安京のように、雅やかな御殿が並んでいたのだ。
そして、そこに、女や子供たちがいた。
典雅な装束に身を包み、時代を間違えてしまったかのように、緞帳や御簾の向こうに見え隠れする。
時折、また別の時代に来たように、白衣の男たちが廊下を横切る。
長く複雑な閣道も、京風に設えられた様式も、現実のものとは思えないほどに、全てが調和して整っていた。
きっと急ごしらえのものではなく、もうずっとこういう形で在り続けて来たのだろう。
「どういうことなんだ、アンディ……? これが《イースター》なのか?」
平安絵巻さながらの光景に、司は目を見開いて、立ち尽くした。そしてそれは、共にいる刄も同じであった。
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