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番外編 十六夜過去編
十六夜過去編 12
しおりを挟む二人してぶっ倒れる程のラリーを終えて、荒い呼吸を繰り返しながら、刄は、辺りへ視線を巡らせた。
司の姿は見当たらない。
――まだ着替えているのだろうか。それとも、着替えが探せないのか……。
ハッ、として腕の時計に目をやると、思っていたよりも長く、時間が過ぎていることに気がついた。
「まさか――!」
もう体力など残っていないと思わせる体を起こし、刄は司に与えられた客室へと駆け出した。
「おい――」
菁も、それに気付いて、体を起こす。
二人が部屋に駆け付けた時、そこに司の姿は見当たらなかった。
「屋敷の中で迷ったかな」
気楽そうな菁の言葉に、
「あの方は、もっと厄介ですよ」
「はあ?」
「私は外を探します。――屋敷の中をお願いしても宜しいですか?」
刄は言った。
「外――って……。ここは日本じゃなく、香港なんだし――。行かないだろ、あんな小さい子供が」
菁の言葉に、
「三日も一緒に過ごされれば、解ります」
刄は言って、駆け出した。
司のことだから、すぐに着替えを済ませて、テニスコートに来ただろう。それから――菁と刄が司に気付かず、テニスをしているのを見て、退屈でじっとしていられなくなったに違いない。そして……。
刄は、コートから裏手に回って、外に出た。
閑静な住宅街たるハッピーバレーは、繁華街の喧噪とも離れて、穏やかだった。司の興味を引くようなものも見当たらず、きっと、司もどっちへ歩き出そうか迷っただろう。
「どっちへ……」
司はどっちへ行っただろうか。せめて、何か少しでも手掛かりがあれば……。
刄が足を踏み出しかねていると、
「ここから出たのか?」
菁が追いついてきて、声をかけた。
「屋敷の中は――」
「屋敷にいるとは思ってないから、外を探しているんだろ?」
「……」
「なら、あれに映っている」
菁が向けた視線の先には、高級住宅街には物々しい、一台の監視カメラの姿があった……。
「いい加減にしてくださいっ、司様!」
同じハッピーバレーにある会員制高級テニス・クラブに着き、刄はコートで当たり前にテニスをしている司を見つけ、その怒りに声を荒げた。
「何だ、もう見つかったのか」
刄の怒りもつゆ知らず、素知らぬ顔で、司は言った。
「かくれんぼをしている訳じゃないんです! 何かあったら、どうなさるお積りで――」
「何にもないじゃないか」
「それは結果論です!」
「おまえが目を放したくせに」
その言葉には、さすがに刄も、グッと詰まり、
「――。あなたが一人で着替えられるとおっしゃるから――。大体、私が見てさえいなければ、勝手に外に出て、こんなところに来てもいいとおっしゃるのですか?」
二人の周りには、興味深げな人垣が出来ようとしていた。それに気づき、
「さあ、戻りましょう、司様」
刄は司の腕を取り、コートの外へと歩き出した。すると、
「あの――、お父様ですか?」
と、トレーナーの一人がやって来て、
「ぜひ、ご子息を、次のトーナメントに――」
「はあ?」
「日本ではどちらのテニス・クラブにおられるのですか?」
「……。生憎、それは彼の父親に聞いてください」
刄は憮然とトレーナーを睨みつけ、さっさとコートを後にした。
司がそのやり取りに笑い転げる。
「おとうさま、だってさ。年より老けて見えるんじゃないのか」
「あなたが幼く見えるんです」
「大人げない奴」
言葉が半分くらいしか解らない所でも、こうして無鉄砲に飛びこんでしまうのだから、この先、年を重ねるごとに、その行動範囲にも不安が募る。
「……驚いたな。本当に一人で来てるなんて」
コートの外で待っていた菁が、歩いて来る司を見て、言葉を落とした。
「あなたも一緒に来てたんだ。ドクと互角で打ち合うんだから、ちょっとくらいは出来るんだね」
その司の言葉に、
「ちょっと? 僕は学生チャンピオンで、大学生にだって――」
「ぼくと、ドクは、テニスを始めて四カ月目だよ」
「は……?」
「腕が鈍るのって、早いよね」
唖然とする菁を尻目に、刄は肩を揺らして、笑いを堪えた。
「クックッ――! だから言ったでしょう? 恥をかかせてもいいのか、と」
菁は、ムッとしながら――それでも、
「確かに、君の言うとおり『厄介』だ……」
と、苦笑を零した……。
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