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XX Ⅲ

XX Ⅲ-44

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 復活祭休暇イースター・ホリデーに迎えに来たのは、アンドルゥではなく、菁と桂の二人だった。
 菁は、階を見るなり、子供にするように大きく抱きしめ、頬ずりとキスで、出迎えた。
 もちろん、階は、
「菁! 放してったら! 恥ずかしい!」
 と、周りの目を気にするしかない。ここはイートンの校内で、そういうことが恥ずかしい年頃なのである。
「もう菁は迎えに来なくていいっ。――アンディは?」
 と、プリプリと怒りながら、見当たらない姿に、問いかける。
「あいつは……」
「え?」
 何故だか、ふと、嫌な予感がした。
「風邪だ。疲れと寝不足で抵抗力が落ちているから、こんな日に風邪をひいて来られなくなるんだ」
 菁は言った。
 だが、今、菁は、何か別のことを言おうとしたのではないだろうか。
「風邪……」
 階は、その言葉を繰り返した。
 アンドルゥが迎えに来ないだけで、こんなにも不安になってしまうのだ。すぐに話したいことが、山ほどあった。訪れた初潮のことも、アールのことも、それらが何とか大丈夫だったことも。
 車に乗ると、
「一人で心細かっただろう? 戻って来ればよかったんだ」
 菁が言った。
 運転席から桂が、その過保護ぶりに、目を細める。
「大丈夫だよ。アンディから聞いてたし、エリックもすぐに来てくれたし――。何とか学寮でもやっていけそうだし」
「そうか。ならいいんだ」
 菁がほっとしたように表情を緩め、階の肩を抱き寄せる。
「――何かあったの?」
 階は訊いた。
 肩をつかむ菁の指が、いつもと違う。
「何かあったのは君だろう。エリックが卒業して、一人になってから、第二次性徴が来るなんて――」
「菁! アンディになにかあったんじゃ……」
 顔がこわばり、血の気が引いて行くのを感じていた。体が小刻みに震えだす。呼吸も薄くなっていく。
 それを感じたのか、
「馬鹿だな。あいつは風邪だと言っただろ」
「じゃあ……」
「あいつが自分から言うと言っていたが……。そうだな。あいつにばっかり嫌な役目を押し付ける訳にもいかない」
 菁は、さらに階を抱き寄せると、
「十六夜秀隆は――十六夜の君のお祖父様は、もう長くない」
「え……?」
「病気なんだよ。アンドルゥは知っていたが――いや、やっぱり、これ以上は、あいつに任せよう。でなければ、憶測も入ってしまう」
「そう……だったんだ」
 あの日、一度だけしか会ったことのない、十六夜の祖父――。老いや病など少しも感じさせない、力強い人だった。
 車はウインザーを走り抜け、ロンドンのウォリック伯爵邸へと向かっていた。
「アンディは、ずっと十六夜のおじい様と一緒に?」
 階は訊いた。
「あいつにとっては『師』だからな。何としても十六夜翁の真意を知っておきたかったんだろう。――もちろん、最初は諸共に死ぬ覚悟だったが」
「そんな! アンディが死んだら、ぼくは――っ!」
「それは、あいつの前で言ってやれ」
 ――アンディが死んだら、どうすればいいのか、解らない……。
 考えただけで、体の震えが止まらなくなる言葉、だった。


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