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番外編 オックスフォード編

オックスフォード 10

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 結局、階は冬休み前のこの時期を、ロンドンのウォリック伯爵邸で過ごすことになり、個人指導テュートリアルに出る時だけ、桂に送ってもらって、オックスフォードに戻っていた。
 そして、その後は何事もなく日々が過ぎ――。
 ウォリック伯爵邸でのクリスマス・イヴは、例によって、華やかなパーティだった。
 階はいつもと変わらず、ロード・ウォリックの隣で客人ゲストを迎え、エリックもローレンスも挨拶を終えると、不満げな階に片目を瞑り、料理とアルコールの方へと足を向けた。
「おまえはオックスフォードで一緒なんだから、休日には来るなと言っただろ」
 階よりもさらに不満げな顔で、エリックは言った。ローレンスはエリックと違って、いつも大学で会って話せるのだから、休日くらい、階を譲ったところでバチは当たらない。
「あんなことがあったんだから、気になるだろう。あの後、フェリックスはロンドンに帰ったままで、たまに授業に来ても、その後は桂がすぐに連れて帰るし――。話しをする暇もなかったさ」
 それはそうだろう。
 もちろん、別の大学にいるエリックは、顔を見ることもなかったのだが。
「――で、フェリックスも、ロード・ウォリックの側を離れられないみたいだし、ちょっと、おまえの部屋にフケないか?」
 意味を込める眼差しで、ローレンスは言った。
「溜まってるなら、オックスフォードで相手を見つけろよ。おまえと寝たがる奴なら、いくらでもいるだろ」
 エリックの返事は冷たいものである。
「面倒は嫌なんだよ。第一、フェリックスにバレたらどうするんだ? おまえと違って、同じ学寮コレッジなんだぞ」
「なら、自分で抜けよ」
 と、エリックが言葉を返した時、
「抜くって、何を?」
 突然、背後から声が聞こえ、二人はむせ返るほどに、驚いた。もちろん、誰の声であるのかは、すぐに判った。クリスマス・パーティの喧噪のせいで、階がすぐ後ろまで来ていることに気がつかなかったのだ。
「あ、いや……新しいシャンパンを――。挨拶はもういいのか、階?」
 取り繕うように、エリックは訊いた。
「おじいさまが、行っていいって――。また呼ばれるかも知れないけど」
「ふーん。一応、返事をせずに二股かけさせてるのが、後ろめたいんだな、ロード・ウォリックも」
「そう……かな」
「気にするなよ。俺はラリーと違って待つから」
 エリックは言って、階の頬に口づけた。
「勝手に俺を脱落させるな」
 ローレンスも、階の肩を引き寄せ、口づけた――が、久しぶりのその華奢な肩の感触は、ドキっとするほどに柔らかい。そして、触れるだけのキスが、もどかしかった。思わず、深く唇を重ねると、
「ん……っ!」
 階が逃げるように、唇を離した。瞳は、どう言っていいのか解らないように、揺れている。
 お互い、言葉は何も、見つからなかった。
 もちろん、階にしてみれば、アールに求めてしまったような深いキスが、同じようにローレンスをも傷つける――拒まなければ、それ以上を許してしまうのと同じになる、と思ったからでもあるし、ローレンスにしてみれば、つい抑え切れずに求めた唇が、拒むように離れたことに、何も言えなくなっていたのだ。
 階が、身を翻して、パーティの客たちの向こうに消えて行く。それを見つめ、
「――やっぱり、おまえが言った通り、俺はあいつを傷つけるのか……?」


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