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番外編 プレップスクール編

プレップスクール 12

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「俺は、心配と不安の毎日だったよ……」
 階と一つになったまま、エリックは遠い日を見るように、言葉を零した。
「うん……。ごめん」
「駄目だ。許さない……」
 何度も慈しむように唇を重ね、エリックは、階の体を優しく責めた。
 零れる吐息が、切ない喘ぎが、昂る想いを急きたてる。
「や……、待って……! エリック――」
「駄目だ」
「エリック……!」
 薄茶色の瞳が、すがるように、エリックを見つめる。そんな顔をされてしまうと、聞かない訳にはいかなくなる。
「何だよ……?」
 速い呼吸で問いかけると、
「アンディが――」
「あいつの名前なんか出すなよ。萎えるだろ」
「でも……」
「何?」
「子供が出来ないようにしてもらえ、って――。まだ結婚もしてない、学生なんだからって」
「はあ?」
 ――ここまで来て言うか、そんなこと……。
 だが、〈XX〉は自然妊娠するのだ。当人にとっては、何よりも重大な問題だろう。それにしても……言うタイミングが間違っている。まさか、このタイミングで言え、とアンドルゥに言われた訳ではないだろうが。
「ごめん……。やっぱり、ちょっと緊張してたのかな。言うのを忘れてた」
 邪気のない顔で言われては、もうそれ以上は何も言えない。
「他には何も忘れてないだろうな?」
「多分……」
 この無防備さで、よくも無事に寄宿生活が送れたものだ。
「ちゃんと出来ないようにするから、心配するな……」
 もう、邪魔が入らなければいいのだが……。




 このメンバーでルーム・シェアをして、無事に一年、過ごせるのだろうか。
 トルソーに否定的なライアンと、女性的な要素であるアニマの強いルーク、そして、ルークから見れば同類に見えるらしい階と、その面倒をみるように、アンドルゥから脅しつけられているエリック――。
 アニマが強いと、男子生徒の前で着替えるのも恥ずかしいのか、ルークは寝る前も、個室のシャワーで着替えてから部屋に戻るか、誰もいない時に着替えるか、で、朝も早起きをして、皆が目を覚ます頃には、すっかり身支度を整えている。そして、階も――。
 やはり、ルークの言うように、階も女性的な要素が強いのだろうか。
 もちろん、ストレートには訊けないが、
「隠れて着替えてたら、誤解されるだろ?」
 と、エリックが言うと、
「アンディがそうしろ、って言うから……」
 階はそう応えるだけで、うつむいてしまった。そして、ハッと気がついたように、
「あ、アンディのことは言っちゃいけないんだっけ」
 と、口を押さえた。
「……俺と二人の時は構わないさ」
 四人部屋なのに、襲われる心配でもしているのだろうか。あのアンドルゥの過保護ぶりなら、そうであってもおかしくはない。ここはプレップ・スクールで、周りは子供ばかりだというのに……。
 次の週末に、エリックが、その不自然さはからかいの対象になる、とアンドルゥに伝えると、アンドルゥは少し黙り、
「階には言っておくが、おまえがかばえ」
「はあ? どうやって、ですか?」
「おまえも隠れて着替えたらどうだ?」
「……。どうせなら、二人部屋にしてくれれば、手間がなかったのに」
「おまえと階を二人部屋に? 冗談じゃない」
「……」
 やはり、そう言う気を回していたのだ。もちろん、エリックの歳にもなれば、大人の話も理解できるし、恋愛の真似ごとのような感情も持っている。
 だが、だからといって、まだ子供の集まりであるプレップ・スクールで、感情以上のものを求めようなど……。
「これからは普通に着替えさせます。こんなことでからかわれるほうが可哀想だ」
 エリックは言った。
 すると、アンドルゥは、
「……まあ、まだ大丈夫だろう。僕から話しておく」
 理解できない言葉を呟いて、その話しを終わらせた。
 アンドルゥが、階にどういう話し方をしたのかは不明だが、翌週から階は、皆がいる部屋の中でも着替えるようになり、背中を向けてではあるが、不自然に隠れて着替えることはなくなった。
 だとすると、階はやはり女性的な要素が強いのではなく、アンドルゥに言われたから、そうしていただけ、だったのだろうか。
 なら、アンドルゥは何故そんなことを――いや、アンドルゥの考えることがエリックに解るくらいなら、とっくに答えも出ているだろう。


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