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番外編 アール編

アール編 12

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 すでに学生でないエリックとローレンスの冬休みは、短い。夏季休暇は日本では考えられないほど長く、子供の夏休みと同じだけあるといっても過言ではないが、冬期休暇はクリスマスから一月一日の元旦までで、二日からはごく当たり前に仕事が始まる。
 そんな訳で、イヴのパーティをウォリック伯爵邸で過ごした後、二人は互いの家――エリックは普段はグレヴィル家にいるためにソアーの家に戻り、ローレンスはフランス北西部の祖父の屋敷で家族と過ごし、二日遅れで日本への空路を取っていた。
 もちろん、階と一緒に日本へ行きたかったのは山々なのだが、アンドルゥが二人の勉強を見る機会を邪魔するな、ということで、渋々義理立てに実家に戻っていたのである。
 だが、それも二日が限界で……。
「あー、何で日本ってこんなに遠いんだ」
 空港まで迎えに来てくれた桂に愚痴りながら、二人はやっと着いた異国の地に、ぐったりとしながら車のシートに凭れかかった。体を伸ばす間もなく、またシートに座るのである。
「なら、あちらにおられた方が良かったのでは?」
 桂の呆れるような視線が突き刺さる。
「解ってる。勉強の邪魔はしないって。――階は?」
「今日は三人とも十六夜のメディカル・センターの方に出ていらっしゃいます。アンドルゥ様とアルバート様は連日、手術オペの予定がありますし、階様も本社やシステムの中枢に――」
「で、この車はどこに向かってるんだ?」
「十六夜本邸です」
「はぁっ? それじゃあ顔も見れないだろ」
「邪魔はされない――のでしょう?」
「……。何時に戻って来るんだ?」
「夕食には間に合うように」
「……」
 これでは、英国にいるのと変わらない。
 エリックとローレンスは、来た甲斐もなく喰わされた待ちぼうけに、さらに疲れてぐったりとした。
王室騎兵隊ブルーズ・アンド・ロイヤルズはどうなんだ? フェリックスも小さい頃から衛兵交替式がお気に入りだったらしいから、おまえの軍服姿を見に行きたがるだろう?」
 退屈を紛らわすように訊くローレンスの気楽そうな言葉に、
「……。転属願を出そうと思っている」
 エリックは言った。
「はあっ?」
「セレモニーや王室の護衛よりも、もっと出来ることがあるんじゃないか、と思って、な。ゴテゴテとしたパレード用の装備も趣味じゃないし」
「王室騎兵にも実戦部隊はあるだろ?」
「せいぜい偵察くらいかな」
「……。フェリックスは知っているのか? 他の陸軍師団に配属になれば、ロンドンにはいられないだろう?」
「それが問題なんだよなァ……」
 男である以上、自分の力や可能性を試してみたい、と思う時がある。
 だが、それを階がどう思うか……。
 アフガンやイラクに派遣されることになれば、会える機会も少なくなるうえ、やはり危険も付き纏う。
「まあ、軍服が好みじゃない程度のことくらい、我慢しておくんだな。こっちも修羅場はごめんだ」
 あの階が、エリックが危険な戦場に行くことに、不安にならないとは思えない。
「……。まだ先の話しだ。階が十六夜を継いで、日本で生活するようになったら、の……」
 車はそのまま、冬の東京を走り続けた……。


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