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番外編 アール編

アール編 14

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「あなたが何故、ぼくやローレンスを敵対視しないのか、その理由も解りました。フェリーが本当に選びたかったのは、僕たちの中の誰かではなく、アンディだったから――なんでしょう? あなたはそれを知っていたから、ぼくたちがフェリーに近づこうと、嫉妬もしなかった」
 アンドルゥ以外の誰かが、階の心を一人占めしてしまえるはずがない、と解っていたから……。
「そんなことはないさ。嫉妬もするし、独占欲もある。だけど、一番、自分の心を抑えつけているあの二人を前にしたら、言えなくなるさ、何も……」
 兄の子でさえなければ――。
 父の弟でさえなければ――。
 あの二人は、惹かれあって当然の二人、だったのだから。
「……フェリーが自分の気持ちに気付いたら?」
「アンディは、気付かせるような愛し方はしないさ。今だって、俺たちが守って行くしかないよう、持って行ってるんだから」
「そうですね……」
 三人がかりでも越えられない人物を、階が愛さないはずがない。それでも、幼い階の心は、それを肉親の愛だとしか、思って、いない。
 そう思わせておかなくてはならないのだ。本当の気持ちに気付いてしまって、一番傷つくのは、他の誰でもない階自身、なのだから。
「――で、恥ずかしかった、って何の話なんだ?」
「は?」
「何で今さら、あいつが着替えるところを見たくらいで、追い出されなきゃならないんだ、俺は?」
 その理由をエリックが知ったのも、アールから心当たりの出来事を聞いてからのことで……。
 たかが照明を落とすか、落さないか――そんなことで――。
「――ったく……。余計なことをするなよ、おまえは――。明るいところで見たいだろ、普通?」
「フェリーが可哀想でしょう? ぼくたちと違う体が嫌みたいなのに」
「まあ、それは……」
 所詮、男たちの節操のなさや抑えの利かない心など、繊細な女心と比べれば、怒りの対象となるのも、無理のないことだったのだが……。




 祖父たる十六夜秀隆が集めた蔵書を保管する一室で、階はこの時間になっても、数冊の本をデスクに広げ、整えられた空調の中、その文字と図解を追っていた。そこへ、
「――心室中隔欠損のシェーマ……? 今日はメディカル・センターの方に行ってたって聞いたけど、医学の勉強もするのか?」
 いつの間に書斎に入って来ていたのか、ローレンスが階の開く医学書を覗き込みながら、眉を寄せた。
「ラリー――。全然気付かなかった。いつからここに?」
 階が本から顔を上げると、
「たった今だよ」
 と、ローレンスのキスが、唇を塞いだ。
 少し長い――それでも、触れるだけのキスだった。
「エリックとケンカをしたのなら、いつでも僕の部屋に来て構わないのに」
 と、冗談めかした言葉をつけ足して、心地良い腕で、背中から階を抱きしめる。
「別にケンカをした訳じゃ……」
 階は口ごもるようにして、うつむいた。
 そう。別にケンカをした訳ではない。ただ、アールの部屋で過ごした次の日に、不意に訪れたエリックへの戸惑いもあったし、いつも明るい部屋で自分の体を見られていたのかと思うと、途端に恥ずかしさが込み上げて来たこともあったし、何より、アールのように照明を落としてくれなかった気遣いのなさに、しばらく口を利いてやらない、と決めた後のことでもあったし……何かにつけて、少しタイミングが悪すぎたのだ。
 もちろん、階が部屋を暗くして欲しい、とでも言えば良かったのだろうが、そんなことなど知らなかったし、そういうものだと思っていたのだから……。だから、アールが照明を落としてくれた時、思いがけない優しさに、余計にエリックに対して腹が立ってしまったのだ。――といっても、エリックにしてみれば、小さい頃から知っている階に、自分に対する羞恥がそこまであるとは思ってもいなかっただろうが……。


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