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番外編 ローレンス編

ローレンス編 7

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 週末、アンドルゥと予定を合わせて、ロンドンのウォリック伯爵邸に戻ると、時間を無駄にはしない、とでも言うように、迎えのキスのあと、アンドルゥがその予定表を持ち出した。
「年度末の十六夜の取締役会で、君の会長就任の承諾を得ようと思う。まあ、十六夜の資産を受け継ぐのは君一人なんだから、異存は出ないと思うが――。出ても、司から継いだ株式や他の資産は、君がオックスフォードを卒業した時点で君のものだ。君には最大株主としての権限がある」
 他にも、桂がコートを預かり、お茶を入れる間さえ、こまごまとした手順や予定が告げられた。
 そして、何より――。
「春には日本で式を挙げて、夏の学位授与式の後、こちらイギリスでも同じように式を挙げる」
「――式?」
「君とエリックの結婚式だ」
 そう。大学院へ進んだことで、十六夜の会長就任だけではなく、エリックとの結婚を二年も待たせたままなのだ。
「二回も? 忙しいのに?」
「どちらか一つには出来ない。大勢の招待客を、海を越えて呼ぶのは不可能だし、君の籍は日本にもあるんだから、向こうでの式を先にして、十六夜の顔を立ててやればいい。新会長がイギリスでの式を優先したら、お偉方も気分が良くないだろうからな。イースター・ホリデーと夏季休暇を使えば何とかなる」
 アンドルゥの予定は全て完璧に組まれていて――もちろん、階とエリックに任せていては、一向に進みはしないだろうが。
「二回も盛大な式を挙げられるのに、嬉しくないのですか?」
 スコーンとクリームを皿に取り分けながら、桂が言った。
「そういう訳じゃ……」
 ただ、忙しい最中に、アンドルゥが階の結婚式で、さらに忙しい思いをするのなら、一度にまとめてしまえた方が、と思ったのだ。
 それに……。
「エリックは……ぼくがまだ決められないことを知って――」
「階。何度も言ったはずだ。アールやローレンスが側にいるせいでそういう風に思うだけで、本来なら、今頃君は、エリックだけを見ていたはずだ。それに――、三人で側にいることは、エリック自身が承知したことだ」
「……うん」
 そんなことは、解っている。それでも、この間のローレンスの痛々しい思いを受け止めてしまうと、また、迷わずにはいられなくなるのだ。
 そんな思いで、アンドルゥの話を聞いていると、
「何だ、もう始めているのか? 私が着くまで待っていてくれてもいいだろう?」
 切れ長の涼しげな黒瞳を細め、香港、ニューヨークの麻薬市場を取り仕切るチャイニーズ・マフィアの首領ドンであり、階の保護者のようなものでもある李菁が、ウォリック伯爵邸へと姿を見せた。
「菁――! ひどい! 全然来てくれなかったくせに――っ」
 階は、ティーテーブルから腰を上げ、本当に久しぶりに会うその人物に、抱きついた。
「ひどいのはそっちだろ。他の男を選んでおいて、まだ構って欲しいのか?」
「……やっぱり、その性格、嫌いだ」
 ムスッ、と頬を膨らませ、階は相変わらずの東洋の秀人を押し戻した。
「それは悪かったな。こっちも後継者教育で忙しい」
 と、逞しい腕が階を抱き、ハグとキスで包み込む。
「――後継者? 菁の子供?」
「まさか。――君がその気になってくれるのなら、君の子に全てを譲る、と、ここで約束してもいい」
 菁の言葉に、
「挨拶が済んだのなら、続きを始める。席につけ」
 と、アンドルゥの睨みが飛んだ。
 相変わらず、この二人は友好的に話しをしようとはしない。もちろん、階の母親である司を取り合った恋敵同士なのだから、当然なのかもしれないが、もともと馬が合わないのだ。
「膝に抱いてやろうか?」
 ティーテーブルにかけて、階の前に手を伸ばす菁に、
「……もう二三になるんだけど」
 と、目を細めると、
「まだ子供だ。――こいつより頼りになりそうな奴は出来たのか?」
「え……?」
「いい加減にしろ、菁! 日本での手配を桂と一緒にしてくれるというから、呼んだんだ。引っ掻き回すつもりなら、帰れ」
 らしくもないアンドルゥの怒りの声に、菁は、フン、っと軽く鼻を鳴らし、
「階が私を振って、他の奴と結婚するって言うんだ。厭味の一つも言いたくなるだろ」
「最初から鼻にもかけられていなかったくせに、何が振られた、だ」
「そんなことはないよなァ、階? こいつ以外に頼れる人間がいるとしたら、私くらいだろう?」
 どうして仲が悪いクセに、未だに付き合いを持っているのか不思議だが――いや、桂に言わせると、階がいるから、二人は譲歩し合っているのだ、と言うが、顔を合わせる度にこれでは……。
「――お母様の前でも、そうやってずっとケンカをしてたわけ?」
 呆れるように、階は言った。
 これが、一番、二人には利くのだ。
 司の名前を出すことが――。
「……そうだな。よく怒られたよ」


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