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番外編 エリック編

エリック編 1

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 春になり、イースター・ホリデーに突入したイギリスはともかく、日本では、そういう休暇はないらしく、街にも賑やかな飾りつけはなく、エッグもバニーも見当たらない。
「なんか、変な感じ」
 十歳の頃から、イギリスで過ごして来た階には、それが正直な感想だった。
 まあ、今回はそんなことが目的ではなく、日本へ戻って来たのは、エリックとの結婚式を挙げるためだったのだが……。
 三月の取締役会で、日本有数の大財閥、十六夜グループの会長就任のための承認を受け――まあ、色々と言う人間はいたが、結局は最大株主であり、前会長たる十六夜司のたった一人の息子であるのだから、頑強な反対意見は出なかった。
『――あんな子供がグループの会長に? 冗談だろ? オックスフォードで経営学修士の学位を取ったかどうか知らないが、冗談にも程がある』
『それを言うなら、前会長の司様は十代だった。――正式に会長に就任されたのは、二十歳になられてからだったが』
『あの方の後見には、ずっと十六夜の事業に携わって来られた兄の柊様がおられたからだ』
『それなら、階様も同じだろう? 叔父で、後見のアンドルゥ様は、司様亡きあと、ずっとグループを率いて来られた』
『それはそうだが……』
 結局、アンドルゥのこれまでの実績のお陰で、それ以上の反対意見もなく、階は無事、正式にグループを継ぐこととなったのだ。無論、オックスフォードを卒業した時点で、階は、司の残した十六夜の全てを継ぎ、グループの最大株主となり、桁外れの資産を手に入れていたのだから、反対することにもはや意味などなかっただろうが。
 そして、結婚式――。
「あと二日だな」
 夕食を終え、皆でサロンで寛いだ後、階を促して部屋へと向かい、エリックは何年も待ち続けたその日を前に、感慨深く口を開いた。
 従兄妹であり、同じイートンの下級生であった階に結婚を申し込んだあの日から、もう何年が経ったのだろうか。
 二人で使うように手直しされた寝室へ入り、ドアを閉じると、エリックはその手で部屋の照明を落とした。
「え……?」
 階が、暗くなった部屋に、戸惑いを浮かべる。
 その背後から階を抱きしめ、エリックは髪に口づけて、柔らかい肢体に指を這わせた。
「ちょっと、待って、エリック――っ」
「何故? 君の希望通り、明かりも消してるし、二人っきりだし……」
「だって――。や……っ!」
 滑りこんだ指先に、階の体が強ばった。
 こんなに敏感だっただろうか。それとも、暗く照明の落とされた部屋が、階の羞恥を取り除き、エリックの指先を官能として受け入れているのだろうか。
「暗いのも……悪くないかもしれない」
 そう言うとエリックは、左手で階を抱きすくめた。
「エリ……!」
 階の呼吸が浅く乱れ、抵抗する様子もなく、ただその身を愛撫に任せる。
 今まで、部屋に戻り、話しをし、キスをし、シャワーを浴び、ベッドに入り……そんな手順を踏んでから始めていた行為が――それ以外の手順など知らない階には、どんな風に映っているのだろうか。
「エリック……!」
 震える膝の言葉を聞き、エリックは階を抱きあげ、ベッドに運んだ。
 暗い中、呼吸を整えようとする階の息遣いだけが、聞こえてくる。
 ベッドに横たえた白い肢体に、エリックは再び愛撫を注いだ。
 声が途切れ、呼吸が止まり、体が官能だけを取り入れる。そして――、短い、苦鳴にも似た声が上がった。
 脈打つ体と、荒い呼吸、上下する胸は苦しげで、目の前に広がる白い世界に、ただ茫然と虚空を見つめている。
「――階?」
 声をかけても、無反応で……。
 やはり、この暗さのせいなのだろうか。今まで、その体を明るい中にさらされる羞恥のせいで、開放されることがなかったのだとすれば、階は未だに――エリックの前ですら、そのきれいとしか思えない〈XX〉の体を気にしているのだ。


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