シークレット・ミッション

一二三

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 一体どうなっていることかと不安に思いながら帰宅したものの、部屋は特に荒らされた様子もなく、北条がざっと調べた所によれば、盗聴器や盗撮用のカメラなどが設置されている事もないとのことだった。
 
 けれど、たとえ何もなくても、どこの誰ともわからぬ他人に侵入された部屋というのは気分が良くない。
 健吾は近々引っ越すことを決意し、スーツケースの中身を片づけていった。

 懸念されていた北条との同居生活は、思っていたよりもはるかに良い形でのスタートを切ることができた。
 
 同居初日に北条がまず行ったのは、冷蔵庫の中身のチェックだった。
 北条は、水と酒類、それにツマミのチーズやサラミぐらいしか入っていない冷蔵庫を見て大きなため息をついた後、キッチンで調理器具が申し訳程度にしかそろっていない事を確認し、猛烈な勢いでメモを作成して電話をかけた。
 電話口から漏れ聞こえる女性の声が気になり聞き耳をたてつつ、それでも大人しく見守っていると、数時間後、大荷物を抱えた若い男女が、健吾の家を訪ねてきた。
 北条のいとこだという彼らは、柴田の家にあった北条の荷物を届けるついでに、あれこれ頼まれた買い物をしてきてくれたらしい。
 色々お世話になったのだからと、もてなそうとする健吾を押しとどめ、北条は礼もそこそこに彼らを帰してしまった。
 その日、北条は手慣れた様子でサラダとリゾットを作り、それを健吾に食べさせた後、強引に寝室に押し込んで寝かしつけた。
 
 北条は、意外なことに世話好きな男だった。
 
 翌日からは、一日のスケジュールに合わせて北条に叩き起こされ、仕事に間に合うように朝食を押し込まれて、寝ぐせまで直してもらってから二人で一緒に家を出る。
 外に出ている間、北条は健吾から片時も離れない。
 そして自宅に戻ると、北条はあきれるほどせっせと健吾の世話を焼き続けた。
 潔癖症の傾向がある上に神経質な健吾は、他人との共同生活が根本的に向いていない。
 好きな相手でも一緒に住むのはまっぴらごめん、というタイプなのだが、北条といることは不思議なほど苦にならなかった。
 北条は基本おおざっぱで、物事を鷹揚に構えるタイプのようなのに、それでいて気難しい健吾の地雷を踏むことがほとんどない。
 あたたかくて栄養バランスの整った食事を三食きちんと取り、夜は見守られながらぐっすり眠ることが出来るようになった生活は、健吾の心に安定を与えてくれた。
 相変わらず誹謗中傷のメールや殺害予告などが続いているようだが、北条が側にいてくれるおかげで、健吾は不安に陥ることなく、安心して仕事と私生活を送ることが出来るようになった。


「健吾、俺らの10周年記念パーティーだけどな……」
 その日の仕事を終えた後、事件で世話になったお礼と今後の打ち合わせを兼ねて食事をしようと、清文を自宅に招いた。
 北条は存分に料理の腕を振るい、食後のコーヒーとデザートまで出てくるという至れり尽くせりぶりに、清文が激しく感動している。
 空腹が満たされ、少し北条の手が空いた隙に、と、清文が相談を持ち掛ける。
 内容は、予定していたデビュー記念のパーティーについてのことだった。
「こんな時だし、止めといた方がいいんじゃねえかと思ってるんだけど、中止するとなると先輩たちが色々うるせえんだよなぁ……」
 健吾と清文がデビューして、まもなく10年になる。
 健吾たちが所属する事務所のタレントは、芸能生活の大きな節目にはなにかしらのイベントを行って、感謝の気持ちを周囲に表すのが通例となっていた。
 ホテルのバンケットホールを借りて大々的に祝うタレントもいれば、なじみの店を貸切でこじんまり……などと方法は様々だが、皆それなりにこの節目のイベントを楽しんでいる。
 事件のこともあり、今回のパーティーは見送るつもりでいた二人だったが、人気のないタレントならまだしも、清文や健吾クラスのタレントがパーティーを開かないのは下に示しがつかない、と、事務所の大御所からクレームが来ているらしい。
「殺害予告がなんだ、人気がある証拠だ」と清文に言い張ったと聞き、健吾はその相手に軽く殺意を覚えた。

 パーティー用には海辺の広いコテージを予約し、日ごろお世話になっている人々を集めてお祝いしようと前々から計画を立てていた。
 コテージは半年以上も前から確保している。
 あとは招待客に連絡するだけ、というところだったのだが、健吾が事件に巻き込まれたため、話をストップさせていたのだ。

「蒼馬、海辺の貸別荘でパーティー、できる?」
 ソファから乗り出すようにして、キッチンカウンターの向こうで皿を洗っていた北条に声をかけると、その様子を見ていた清文が笑い出した。
「なに?なんで笑うの?文ちゃん」
 いきなり笑い始めた清文にムッとし、目を吊り上げて文句を言うと、「だってさ」と清文がにやにやと口の端をつり上げる。
「まるっきり夫婦みたいじゃん。おまえ、ダンナを尻に敷いてる嫁みたいになってるぞ」
 奥様ぁ~、いいダンナ様ですねぇ~!うらやましいわぁ~!と、裏声でからかう清文にパンチを繰り出すと、いてぇ!やめろ!と叫ぶ清文と、年甲斐もなくとっくみあいの喧嘩になる。
 圧し掛かる清文に下から蹴りをいれていると、洗い物の手を止めた北条がいつのまにかカウンターを回ってこちらに来て、「健吾、やめろ」と笑いながら救出してくれた。

「で、どうなんだ?貸別荘でパーティーは、やっぱりマズイか?」
 乱れた髪を直しながら清文がそう尋ねると、北条は健吾を抱えたまま、渋い顔を見せた。
「あまり、賛成はできないですね。不特定多数の人間に出入りされると、俺一人では対応しきれないので」
 救出した健吾を自らの膝の上に乗せ、北条は難しい表情で飲みかけのコーヒーを口にする。
 こくり、と北条の喉仏が動くのを見つめていると、それに気づいた北条にくしゃりと頭を撫でられた。
「招待客を絞ればどうだ?こんな状況だし、あまり大人数にせず、とりあえず親しい人たちだけ呼ぶから」
 清文の譲歩した条件にも、北条は首を縦に振らない。
 しばらく考え込んだ後、建物の間取りや外観、それに周辺の風景を撮った画像や、地図があったら見せてくれと、清文に頼む。
 ブックマークしてあったおかげで、予約したコテージを紹介している旅行会社のサイトはすぐに見つかったが、どうやらそれでだけは、北条の知りたい情報は得られないようだ。
 清文のスマホを操りながらも、北条の眉間に寄せられた皺が消えない。

「伯父の警備会社のセキュリティがついてるみたいなので、明日にでも現場の担当者に問い合わせてみますが、その上で俺が直接下見に行った方がいいかもしれませんね。実際に見てあまりお勧めできない場合は、残念ですが……」
 スマホを返しながらそう言う北条に、「わかってる。健吾の安全が最優先だから」と清文も重々しくうなずく。
 それは絶対守る、と清文がきっぱり答えるのに、北条は「お願いします」と頭を下げた。
 それから……と、清文と北条が警備面で心配な点や注意すべき点を確認し始めたのを、健吾は北条に抱えられながら、ぼんやりと見つめていた。

 打ち合わせ中も厳しい表情を崩さない北条に、健吾の中に小さな不安が芽生え始めていた。
 今まで一度だって、こんなに難しい顔をした北条を見たことがない。
 北条はいつだって、健吾の前でやさしい表情を絶やすことがないのに。
 
 海辺のコテージは、警護するには間取りがあまりよくないのだろうか。
 立地があまり良くない所なのかもしれない。
 招待客を絞るといっても、大勢の人数がつめかけることになる。
 そんな状態で健吾を守るのは、いくら北条でも無理なのではないだろうか。
 招待客の中に、知らない誰かが紛れ込んでいるかもしれない。
 それは、あの時部屋に潜んでいた、正体のわからないあの男なのかもしれなくて……

 小さな不安の種が、次々に新しい不安を生み出して膨れ上がっていき、健吾は北条のシャツを強く握りしめ、緊張で冷たくなった体をたくましい体にぎゅっと押し付けた。

「健吾」

 突然名を呼ばれ、ぐるぐるまわっていた思考が強制的にストップさせらる。
 声をかけられた瞬間体がびくりと跳ね上がったのに、自分でも気づいていた。
 固くこわばる体が北条の温かい腕に囲い込まれ、ぎゅっと強く抱きしめられる。
「不安にさせたな。大丈夫だ」
 額を大きな手で抱え込まれ、男らしい喉元に強く押し付けられる。
 北条の顎の下にすっぽりと頭が入り込むと、それでずいぶん安心して、健吾の肩からゆっくりと力が抜けていった。
 ソファの背もたれに掛けられていたブランケットが手繰り寄せられ、あっという間に体を包まれて、再び長い腕の中に囲い込まれた。
「少し目を閉じてろ。絶対に離したりしないから」
 喉元から直接体に響く低い声にうっとりと目を閉じると、トントン、と背中を優しく叩かれた。
 寝つきの悪い健吾のために、北条が毎晩してくれる「おやすみ」の合図。
 北条は健吾を抱えたまま清文と打ち合わせを続けているが、もう話の内容は全く頭に入ってこなかった。

 大きく温かい手で撫でられたり、長い指先で髪をすいたりされるうちに、健吾はうとうと微睡み始めた。

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