シークレット・ミッション

一二三

文字の大きさ
16 / 37

16

しおりを挟む
 健吾が移動するのについて、北条がさりげなく場所を変えるのが視界の端に映っていた。
 特に目的があるわけではなかったが、足を向けた先で、ちょうどビリヤード台を囲んでいる先輩タレントたちが声をかけてくれたので、近づいていく。
 ビリヤード台が置かれているのはリビングの一番大きな窓に面したスペースで、本来ならばここからオーシャンビューの夜景が見られるはずだった。
 けれど今は、窓ガラスに叩きつける大粒の雨と、真っ暗な闇が見えるだけだ。
 遠くから雷の音も聞こえている。
 リビングの大窓からはガーデンスペースが近いので、健吾のいる場所からは警備についている相沢の姿が見えた。

 この大雨の中、まさか崖っぷちに面しているガーデンスペースから誰かが侵入することはないと思うのだが、相沢は真面目に警備を務めている。
 自分達は飲んだり食べたりで楽しんでいるのに相沢たちに申し訳ないような気がして、せめて声をかけようと、健吾は相沢に近づいて行った。
 それに気付いた相沢が、ぱっと顔を輝かせて笑顔を見せる。
 相沢に向けて軽く手を振ったその瞬間、突如轟音が鳴り響いて、邸内全ての照明が一気に落ちた。

「きゃっ、何?!」
「停電?」
 女性の悲鳴と、男たちの慌てる声が入り交じる。
 健吾は相沢に向けて振る手を上にした形のまま、その場で動けなくなった。

 一寸先も見えない、本当の暗闇。
 まるで自分の目が見えなくなったのかと錯覚する中で、カチリと音がして小さな光がついた。

 携帯用ライトだ、と脳が認識する。
 ライトをつけたらしい誰かの手元だけが、暗闇に小さく照らし出される。
 大きな、男の手が……

「ひっ……」
 体が恐怖に引き攣り、健吾はその場から逃れようと身を翻した。
 逃げなくてはいけない。逃げないと、あのライトを持った男が襲ってくる。
 大きな手で健吾の口を塞ぎ、下着を剥がされて、今度こそ犯されて、殺される。
 真っ暗闇の中、健吾はもがくように出口を目指した。
 走り出した体はすぐに大きな何かにぶつかり、それを押しのけるように突っぱねた手を取られて、強く羽交い絞めにされた。
「……いやっ!!!」
「俺だ、健吾」
 胸元に抱き込まれて、それが北条だとわかる。
 腕を回して必死に抱きつくと、北条から安心したように吐息がこぼれた。

「北条!健吾は?!」
 健吾の悲鳴を聞きつけたのだろう。真っ暗な中から、清文の叫ぶ声が聞こえる。
「大丈夫です。ここに」
 清文に応えると、北条は健吾を連れて移動を始めた。
 いくつかの小さな光が、窓際のあちこちを確認するように彷徨っているのが見える。
 暗闇を厭う誰かが携帯のライト機能を使っているのだろうが、健吾にはそれは恐怖の対象でしかなかった。
 それを知ってか知らずか、北条は真っ暗な中ライトもつけずに迷いなく歩き、人の気配のない少し離れた場所で、両足の間に健吾を入れ込むようにして腰を下ろした。
「震えてるな。怖いか?」
 すがりつくようにぴったりと北条にくっついているのにも関わらず、健吾の体は恐怖で小刻みに震え続けている。
「雷でこの辺り一帯が停電したらしい。復旧には時間がかかるだろうな」
 少し我慢しろ、と、しっかり抱き寄せてくれる。
 皆、暗闇の中で大声で話す気にはならないのか、あちらこちからから聞こえてくる音はかすかなものだ。
 豪雨と雷鳴の音が響く中、暗闇で動けず、皆が不安で身を寄せ合っているのだろう。

 小さな光がひとつ、漂うようにしてこちらにやってくるのが見えて、健吾は思わず目を伏せる。
 暗闇で見える小さな光は、嫌な記憶を呼び起こさせる。
 北条がおびえる健吾の顔を自らの胸元に押し付けて、しっかりと抱き直してくれた。
「やはり、この辺り一帯が停電のようですね」
 木山の声がする。
「裏口は確認したか?」
「はい。池上に確認させましたが、特に異常はないようです。各配置場所を絶対に動かないように指示してあります。停電自体は落雷によるものと見て間違いないかと」
「わかった。戻って、清文さんに無闇に動かないように伝えてくれ。あと、こちらには誰も来させるな」
 暗闇だから手加減できない、と北条がぼそりと付け加える。
「わかりました」
 木山が去っていくと、北条がふーっと大きく息を吐いた。
 なんでもないように見せていたが、やはり暗闇は緊張するのだろうか。
 健吾が顔をあげたのが動きで分かったのだろう。北条が微笑んだ気配が伝わって来た。
「こんなに暗くちゃ、誰が近づいてきたのか判別が難しいからな。うっかり近寄られると反射的に攻撃しかねない。だから、おまえは不安だろうが、人の気配のあるところは避けた」
 健吾の疑問に答えるように、北条が説明する。

「震え、止まらないな」
 かわいそうに、と、北条が子供を抱きしめるように軽く体をゆすり、健吾の髪にキスを落とした。
 本当に、今日は厄日なのに違いない。
 立て続けに恐怖を感じる出来事があったので、頭では色々納得しているつもりでも、体がそれに応えてくれない。
 不安を紛らわせたくて、健吾は震える指先を伸ばして北条の顔に触れた。
「蒼馬、顔に触っててもいい?」
「いいぞ。それで安心するか?」

 健吾の指先が頬に触れると北条はふっと笑みをこぼし、肌を辿るの健吾の手を捉えて手のひらにキスを落とした。
 それがくすぐったくて思わずひっこめようとするのを、強い力で引き留められる。
 北条に手を握られたまま、髪の生え際、こめかみ、眉、鼻、頬、口元、と、意識して思い浮かべなくてもすっかり脳裏にやきついてしまった整った顔のパーツを、二人の指が辿る。
 そばにいるのは北条だから何も恐れる必要はないと、触れる手と体が健吾に教えてくれている。
 顔のラインを辿られているうちに、どうやら北条にいたずら心が沸いたようだ。

「あっ」

 健吾の指先が唇をなぞった時、北条が口を開いてぱくりと健吾の指をくわえた。
 甘噛みされ、驚いて手を引くと、北条が笑う気配が上から降ってきた。
 気を取り直し、もう一度指を伸ばして唇に触れてみたが、今度は噛まれなかった。
 さらりと乾いた唇を何度も指先で辿っている間、健吾はある衝動を抑えるのに苦労しなければいけなかった。

 キスしたい。

 この唇に、自分の唇を押し付けてみたい。
 初めて指で触れたそこを、唇でも辿ってみたい。

 健吾がその行為を思い浮かべた瞬間、ぐっと体が引き寄せられ、温かいものに唇をふさがれた。
 きゅっと下唇を挟まれ、触れたそれが北条の唇なのだと知る。
 反射的に目の前の首に腕を回し、北条の頭を抱え込むように引き寄せると、それに応えるように重なる唇がさらに深くなった。

 唇を開くと、それを待ち構えていたかのように熱い舌が健吾の中に入り込む。
「……んっ」
 誘うように舌先を舐められ、驚いてひっこみかけたのを逃すまいと強く絡めとられて、深い吐息がこぼれた。
 粘膜同士が擦れ合う気持ちよさに、もっと、と強く北条にしがみつく。
 そんな健吾を試すように上唇をくすぐる舌先に、いじわるをするなと舌と唇で抗議すると、北条が喉の奥から低く笑う音が伝わってきた。
 逃げる舌に物足りなさを感じて追いかけると、それに応えるように再び絡められる。
 こちらが逃げれば、相手が追ってくる。
 追いついた舌と唇にちゅっと強く吸われると、体の中心にじんと痺れが広がった。
 唇と舌で繰り返す追いかけっこに夢中になるうちに、いつのまにか体の震えは止まっていた。

 どれぐらいの間、そうやって唇を交わしていたのだろう。
 何度も何度もお互いを食んでその味を知り、すっかり体温まで溶け合った頃、ぱっぱっと光が点滅して、電気が灯った。
 瞬間、何かに弾かれたように、二人の体が離れていく。

「ご…めん、俺……」
「いや、俺が」
「あーー!!!やっと電気ついたぁ!健吾大丈夫か?!」
 思ったより近くに清文がいたことを知り、顔がかっと熱く燃えあがった。
 キスをしていたことがバレているのではないかと焦り、健吾が思わず顔を伏せると、北条が頭を抱え込んで隠してくれた。
「健吾、どうした?また不安定になっちゃってる?」
 清文が心配してくれているのはわかるが、おそらく真っ赤になっているだろう顔を上げられない。
 キスにおぼれていたせいで、下半身があまりありがたくない事態におちいっていることも、清文には悟られたくなかった。

「すみません清文さん、健吾、ちょっと2階に連れて行きます」
 健吾の動揺を悟ったらしい北条が清文に断りをいれ、健吾ごと立ち上がる。
 抱き上げられたことに戸惑い、思わず北条にしがみついた健吾の背中に、女子たちの「きゃあ」という歓喜を含んだ悲鳴や、後輩たちの「すげ、軽々」という感嘆の声が届いた。
「あー、いいよいいよ。調子悪そうだから、もう休ませてやってよ。あとは俺らで適当に遊んどくからさ」
 
 清文の言葉に軽く会釈を返すと、北条にしては珍しく慌てた様子でリビングを出た。
 健吾を抱えたまま駆け上がるように階段を登り、あてがわれた自室に飛び込む。
 ドアを背にした北条が体を傾け、そっと健吾を下ろしてくれた。
 礼を言おうと見上げて、北条がからかうような視線をこちらに向けていることに気付いた。

「耳が真っ赤だぞ」
 北条の指摘に、慌てて両耳を手で覆って隠すと、「顔はもっと真っ赤だから、そこを隠しても意味がないな」とさらに笑われる。
「……どうして部屋につれてきたの?」
 睨みながらそう尋ねると、北条が耳を隠したままの健吾の両手を捉え、体を傾けてキスをした。
 それに応えようとすると、身長差でぐっと背中がしなる。
 すくいとられるように抱きしめられると、触れあう体のそこかしこが熱を発しているような気がした。
 手を伸ばし、ゆっくりと北条の首と肩を撫でると、それに応えるように深く唇をふさがれる。

「いやじゃないのか?」
 一瞬外れた唇の間から、北条に問いかけられる。
「いやだったら、噛んでるよ」
 照れ隠しにむくれながら答えた健吾の何に満足したのか。男らしい口許に笑みを浮かべた顔が近づき、今度は音がするほど激しく、きつく、唇が吸われた。
 北条の舌が、健吾の口内の粘膜という粘膜を絡め取っていくように、やさしく、けれど官能を揺さぶるようにいやらしく動く。
「ん……そう、まっ」
 キスの激しさにうっとりと酔いしれていると、それを見た北条が眉間に皺を寄せる。
「おまえのそんな顔は、他の誰にも見せられないな」
 どういう意味?と問い返す間もなく、北条の指先が肩甲骨をなで、背骨のラインをくすぐるように下りていった。
 雄の欲望を感じてぞくりと体を震わせると、なだめるようにキスが深くなり、舌先を甘噛みされる。

「あっ……」
 シャツの裾から、北条の大きな手が器用に入り込んできた。
 素肌に直接触れられるくすぐったさに身をよじると、乾いた指先が肋骨をたどって脇のラインから上へと進んでいく。
 たどり着いた先の乳暈が指の腹でくるりと撫でられ、情欲に尖り始めていた小さな乳首が二本の指の間にきゅっとつままれた。
「んんっ……!」
 唇をふさがれたままくぐもった悲鳴を漏らすと、北条が喉の奥で低く笑う。
 閉じていた目を開けると、男の顔をした北条が、熱っぽい目で健吾を見ていた。

「おーい、そこまでにしてくんない?」
 清文のあきれたような声が室内に響き、健吾ははっと我に返る。
 北条から体を離して振り返れば、開け放したドアにもたれる清文が、こちらをひたと見据えていた。
「おまえたち忘れてるかもしんないけどさ、このコテージ全部屋、鍵かかんないのよ?ヤッてるとこみんなに見られたきゃ、それでもいいけどね」
 清文のセリフに、北条が思わずといった様子で額を押さえ、溜息をつく。
 小さな頃からお互いを知っている親友にはあまり見られたくなかったという気まずさから、健吾は思わず「ノックくらいしろよ!」と叫んでいた。
 それに清文が、チッと舌打ちで返す。
「北条、健吾にまどわされんな。依頼人に手を出すのは御法度のはずだろ?」
 乱暴な足取りで室内に入ってきた清文が北条の胸を拳で叩くと、北条は悔いるように顔をしかめて視線をそらした。
「健吾、北条を誘惑すんな。こいつは仕事中なんだ」
 北条から引き離されるように腕を引っ張られ、真正面から清文と向き合わされる。
 普段あまり目にすることのない清文の怒りが、その表情からひしひしと伝わってきた。
「健吾に非はありません。全て俺の責任です」
 健吾をかばう北条の言葉に、そんなことない!という思いで手を伸ばすと、清文が握ったままの健吾の腕を強く引いて、それ遮った。
「わかってんならいいよ。俺だっておまえらの仲を引き裂きたいわけじゃねえ。だけどな、今健吾守れるのお前だけだ、北条。ちゃんとけじめはつけろ」
 北条が何かを決意したように清文に向き直る。
「申し訳ありませんでした」と毅然として答える北条に頷くと、清文は健吾の体を押して北条へ返した。
「大丈夫なら下へ来いよ。まさかの理由で主役がおこもりじゃ、シャレになんねえぞ」
 清文のいうことはもっともだ。
 時間を割いてわざわざお祝いに来てくれた仲間たちに対して、申し訳ないと思う。  北条にキスされた事に舞い上がっていた自分が、急激に恥ずかしくなった。

 去っていく清文の背中を目で追っていると、横から伸びてきた手が、健吾の衣服の乱れを整えてくれた。
「怒られたな」
 北条がぽつりと呟くのに、うん、とだけ返す。
「今日の俺は失敗ばかりだな。どうかしてる……」

 そんな風に言わないで欲しかった。
 さっきのキスを、健吾に触れたことを、否定しないでほしかった。
「もう失敗はしない。大丈夫だ」
 決定的な北条の一言に、ショックで顔が強張る。
 北条はそれに気付いているのかいないのか、健吾の髪をひと撫ですると、「行こう」と促し、広い背中を向けた。

 拒絶する背中を見るのは、これで二度目だ。

 健吾は、二人の間で育ちつあった何かが壊れてしまったことを感じながら、黙って北条について歩いた。

しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...