シークレット・ミッション

一二三

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 目覚めてみると、目の前に北条の端正な寝顔があった。
 規則的に上下する肩と、漏れ聞こえる深い呼吸の音から、北条がぐっすりと眠っているのがわかる。
 北条はいつも健吾を寝かせてから休み、それでいて、起きるのは健吾よりもずっと早い。
 健吾が眠っている北条を見るのは、これが初めてだった。
 
 北条の腕は、眠っていてもしっかり健吾を抱え込んでいる。
 もしかすると、こうやって守らなければいけないものを腕の中に囲っていた方が、北条は安心して眠れるのかもしれない。
 少しでも動いたら目を覚ましてしまいそうで、健吾は静かに、初めて見るその寝顔を眺めていた。
 男の寝顔を心ゆくまで堪能していたかったのだが、誰かが階段をのぼる足音に我に返る。
 おそらくあの足音は、清文だ。
 北条に抱き込まれたままなことに気付き、体を離すべきかどうしようかと迷った瞬間、目の前の瞼がぱっと開き、神秘的な碧い瞳が健吾を捉えた。
「誰か来るな」
 健吾の額に「おはよう」とキスを落としながら北条がそう言ったのとほぼ同時に、「おーい」と、ノックもせずに清文がドアを開けて、室内に入ってきた。
「時間だぞーって、またいちゃついてんな?ひょっとしなくても、俺はお邪魔だったのか?」
 にやにやと笑いながらからかう清文のせいで健吾の頬は真っ赤に染まるが、北条は涼しい顔で「いいえ」と体を起こしただけだった。
「俺もすっかり寝てました。もうゲストが来る時間ですか?」
 猫っ毛な健吾の寝ぐせを手ぐしで整えながら北条が尋ねると、「第一陣がもうすぐ到着するって連絡があったぞ」と清文が答えた。
 髪を梳く手を止めて、北条が様子を窺うように健吾の顔を覗き込む。
「いけるか?」と心配そうに聞かれたのに対して「大丈夫」と頷くと、「いい子だ」と微笑まれて頭を撫でられた。
 やはり子供のように扱われていると思ったが、不思議と腹は立たない。
 
「相沢、池上、高橋の3人は配置についてますか?」
「ああ。もう、彫像のように微動だにせず立ってるぞ。ちょっと怖いから、リラックスするように伝えてくれよ」
 あれじゃ来た客がおびえる、と清文が顔をしかめながら言うと、北条は苦笑して「了解です」と答え、健吾の肩をやさしく抱きよせる。
「健吾、俺がついてるから、高橋と顔を合わせろ。今日明日はあいつと行動することになる。おまえがおびえるから姿を見せるなと高橋に言うわけにもいかない」
 北条の言葉を黙って聞いている健吾の傍らで、「そりゃあ高橋くんかわいそうよー」と清文がちゃちゃを入れる。
 北条にも清文にも気を使わせているのがわかり、ただただ申し訳ないという気持ちでいっぱいで、「ごめんなさい」と俯くと、「そうじゃない」と北条が健吾の顎に指を添えて顔を上げさせた。
「うわっ。顎クイ初めて見た!ナマで見ると結構恥ずかしいな!」
 両頬を手のひらで覆いながら大騒ぎする清文を、「清文さんうるさい」と北条が一蹴する。
「悪いのはおまえを襲った男で、おまえじゃない。高橋にちゃんと説明していなかった俺も悪かった。辛い思いをさせてすまなかった」
 北条の謝罪に、「蒼馬はちっとも悪くないよ」と健吾はあわてて首を振る。
「もうちょっとだけ頑張れるな?」
 両手で頬を包みこみ、ごつんと額をぶつけてくる北条に、健吾は顔を上げ、すり、と鼻同士をこすりつける。
 健吾の幼いともいえるそのしぐさに、北条がふっと笑うのが気配だけで伝わってきた。
 清文は、「もう、甘すぎて見ていられなーい!」と揶揄りながら、肩をすくめて退散していく。
 北条は本当に、健吾に甘やかすのがうまい。
 時に、勘違いしてしまいそうなほどに。

              
 その後、北条に付き添われて高橋に会いにいったが、薬を飲んで眠ったのがよかったのか、それとも北条がそばにいたおかげか、特別怖いと思うことはなかった。
 むしろ、何故あんなに高橋におびえたのかと不思議に思う程だ。
 高橋はしきりに謝っていたが、健吾はお互い様だから謝りっこなし!と高橋と改めて握手を交わした。
 招待客が到着する少し前から、相沢はガーデンスペースの出入り口、高橋はキッチンそばの裏口、池上はエントランスホールの正面玄関前でそれぞれ警備についている。
 無表情で黒スーツの大きな男たちは、立っているだけで相当の威圧感があって、訪れる招待客たちは、彼らを見ると一様にぎょっと身をすくませる。
 その様子に北条が「おまえたち、警護士になりたいならその顔をなんとかしろ」とアドバイスにもならぬアドバイスを送りながら、ため息をついていた。

 清文と健吾の事務所の先輩後輩タレント、美咲のモデル仲間など、普段から親交の深いメンバーが次々とお祝いに訪れ、食事を囲んだり酒を飲んだりして賑やかな時間はあっという間に過ぎていった。
 頼んでいた出張シェフたちを帰してしまったので、北条は小腹が空いたというメンバーのために、キッチンに入って料理を作っている。
 時々モデル女子たちに捕まって質問攻めにあったりもしていたが、昼間の出来事を後悔しているか、その間も健吾から目を離すことは決してなかった。
 木山と交代しながら、かわるがわる相沢たちが食事を取ったり休憩しにやってくる。
 本来ならば警備、警護中は、食事や飲み物を取ることはおろか、トイレにすら行くことができないそうなのだが、さすがにそれで二日間は厳しいため、彼らの交代要員として木山をメンバー入りさせたらしい。相沢、池上、高橋、木山のローテーションでポジションを変えながら警備に当たっているとのことだった。
 北条は基本健吾につきっきりだが、どうしても席を外す時だけ木山と交代する。
 これだけの人数がいては北条と木山の負担は相当なものだろうが、二人とも大変そうなそぶりは全く見せなかった。

「ねえねえ健吾くん、あの人、健吾くんのボディガードなんでしょ?」
 美咲のモデル仲間の一人が、健吾の腕にからみつくようにしなだれかかりながら、ちらりと北条のいる方に視線を向ける。
 いかにも「自分に自信があります」という行動をする女子に苦笑しながら、それも女の子の特権だよな、と鷹揚に構えて、にっこりと笑顔を返す。
 はにかむ様子がかわいいな、と思うが、名前がどうしても思い出せない。
「彼すっごくかっこいいから、最初はモデルさんかと思っちゃった!後で紹介してね?ね?」
 くるくる巻いたやわらかい髪に、ふんわりと良い匂いのする体。
 綺麗にネイルされた爪、つやめく赤い唇。
 キラキラと輝く目は、男たちが自分に落ちることを微塵も疑っていない。 
 北条も男だ。こんな子に迫られて、悪い気はしないはず。
 そういえば、北条には恋人がいるのだろうか。
 何故か今まで全く考えたことがなかった。
「ねえ、健吾くん?」
 呼びかけられて、はっとする。
「ああ、うん。いいよ。自慢のボディガードなんだ。かっこいいだろ?」
 了承の返事をすれば、名前もわからない女子が「嬉しい~!絶対だよ!」と飛び上がって喜ぶ。
 その後もしつこく念を押されうんうんと頷いてみたが、その間中、胸がチリチリと嫌な痛みを訴えていた。
 本当は紹介なんてしたくない。

 だって北条は、健吾のものだから。

 不意に生まれた「独占欲」という黒い感情に、健吾はぞわりと身を震わせる。
 それを振り払うように軽く頭を振り、健吾はさりげなくその場を離れた。
 どうしよう。嫌だ。
 北条と知り合ってから、自分はどんどん醜くなっていく気がする。
 
 次々かかる声に、「あとでね」と生返事をしながら、健吾は逃げるように、賑やかな彼女たちに背を向けた。
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