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薄暗かった舞台袖から明るい廊下へ出て見てみると、健吾が思っていたよりもずっと、北条の出血量が多い事がわかった。
傷口を押さえているタオルが、みるみる赤く染まっていく。
控室に入ると、そこで待機していた数人が北条の様子を見て一瞬たじろぎ、それでもその出血を見て、次々と自分のタオルを差し出してくれた。
「ありがとう。新しいの買って返すね」
ありがたくタオルを受け取り、椅子に座らせて上着を脱がせてみると、北条の白いシャツの片側は血で真っ赤に染まっていた。
健吾が思わず息を呑むのに、北条が「たいした怪我じゃない」と笑ってみせる。
「健吾。俺の携帯で、伯父貴に電話をかけてくれ」
言われた通りに柴田のナンバーにかけると、数コールですぐに繋がった。
北条に聞こえるようにスピーカーボタンを押すと、柴田の声がしんとした部屋に響き渡る。
『なんだ?蒼馬。俺にかけてくるなんて珍しいな』
「緊急事態だ。頻繁にかかってきちゃ困るだろ?悪いけど、負傷したから木山と鈴置をこっちに寄越して欲しい」
『……わかった、すぐに行かせる。場所はどこだ?』
わずかな沈黙の後柴田は了承し、すぐに二人を行かせると約束してくれた。
北条はライブハウスの場所を素早く伝え、「それと……」とさらに続ける。
「俺の車が近くのパーキングに停めてあるから、車に詳しい奴に回収させてくれ。スペアキーが会社に置いてあるだろ?念のために車体のチェックしてから乗るように伝えて欲しい」
北条が車体に細工が施されていることをにおわせると、柴田から低い唸り声が上がった。
『そんなにまずい状況なのか?』
「ああ。手段を選ばなくなってきてる。車に何か仕掛けられていてもおかしくない」
『わかった。他には?』
「木山を健吾のガードに、鈴置をこっちの事後処理に使う。二人にそう伝えて」
それだけ言うと、北条は通話を終えた。
目の前で交わされる物騒な会話の内容に、控室で聞き耳をたてていただろう全員に、奇妙な沈黙がおりていた。
バタバタと廊下を走る音をたてて室内に山本が飛び込んでくると、沈黙が破られたことで、安堵の空気が流れた。
「あ、あんた!病院行かなくていいのか?」
シャツを真っ赤に染めた姿の北条に及び腰になりながら、山本が近寄って来る。
「心配しなくとも、今迎えを頼んだところだ。それと、事後処理に詳しい奴を一人おいて行くから、会場運営者とはそいつを挟んで交渉するといい」
出入り禁止なんかにされたら困るだろう?と北条が言うのに、山本が何とも言えないなさけない表情を浮かべた。
「あんたさ、俺のことも庇ったから怪我したんだよな?あの時、鉄柱に当たらないように俺を突き飛ばしただろ?」
健吾を守っていただけでは怪我はしなかったはずだと、山本が申し訳なさそうに感謝の言葉を口にすると、「だから、別にあんたのせいじゃない」と北条が苦虫をかみ潰したような顔をする。
「でも、俺たちがきちんと舞台道具を管理できていなかったから、こんな事故になったんだ。まさかあんなものが倒れてくるなんて……」
山本が後悔をにじませた口調でそう言うのを、「待て」と北条が遮った。
しばらく何かを考えるような素振りを見せ、ふいに顔を上げてまっすぐに山本を見る。
「一つ聞くが……舞台装置は専門業者じゃなく、あんたたちが設置したり動かしたりしてたのか?」
「あ?ああ、そうだよ。こういう小さい会場使うときに業者頼む事はほとんどないよ。高くつくからさ。でも人手が足りないから、大道具経験者とかを募って当日ボランティアで手伝いに来てもらうんだ」
「そいつらの身元は?」
「そんなの、芸人仲間の知り合いの知り合い、みたいな感じでわからないよ。なんで?」
芸人仲間に声をかければ結構な人数が集まるし、若手は先輩芸人に顔を売りたかったり、舞台の勉強をしたかったりでやってくるので、手伝いにくる者の身元を確認したことは特にない、と山本が説明する。
「それ、危険だから今度からやめておけよ?」
はあ、と北条が疲れたようにため息をつくと、山本が今にも泣き出しそうな表情をした。
「そうだよな。こんな事故になっちゃったし……俺は責任者失格だ」
「そうじゃない。事故じゃないんだ。今回のは故意に仕組まれたことだ」
北条の言葉に、山本がぎょっとした顔を見せる。
「鉄柱や高さのある照明器具は、使わない時は固定器具でまとめるのが鉄則なはずだろう?倒れてきたものは固定されていなかった上に、足元にロープが何重にも巻き付いていた。違和感は感じていたんだ。それに、俺はあれが倒れてくる寸前、ロープが舞台袖に引っ張り込まれていくのをはっきり見てる。誰かが舞台袖のカーテンに潜み、ロープを引いたんだ。鉄柱が俺たちに向かって倒れるように」
北条の推測に、健吾はもちろん、山本の顔もみるみる青ざめて強張っていった。
普通ならこんな事故に巻き込まれる事も滅多にあることではないだろうに、それが事故ではなく誰かの手によって仕組まれたものであるとわかって、冷静でいられるわけがない。
「まあ、考えられない程お粗末な仕掛けだっが、偶然うまくいったんだ。狙いは俺と健吾だったのかもしれないし、あんただったのかもしれない。あるいは、騒ぎを起こすことが狙いで、標的はあの場にいる誰でもよかったのかもな」
とにかく、と北条は続ける。
「身元の確かでない者は、入れないようにすることだ。金を取って客をいれてるなら尚更、大きな事故になった時に責任を負わされるのはあんただからな」
北条の厳しい指摘に、山本がしゅんと項垂れる。
「舞台装置の設営を、素人である出演関係者にまかせていた会場側にも問題がある。その辺叩けば埃が出るだろうから、うまくやれば今後出禁になるようなことはないだろう。俺の怪我のことは、派手に転んで切ったとでも説明しておけ」
「……すなまい。助かるよ」
山本は素直に北条の提案を受け入れるようだ。
健吾は、借りたタオルは必ず新しいものと交換して返す事と、北条の病院に付き添うため、迎えが来たら帰ることを山本に告げた。
こんなことになってしまったにもかかわらず、山本は「色々とすまなかった。また来てくれよ」と言ってくれる。
健吾に何故北条という警護士がついているのか、知らないわけではないだろう。
鉄柱が倒れてきたのは健吾のせいかもしれないのに、それを黙って飲みこんでくれた山本に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
鈴置には、山本たちが今後もこの会場を使えるよう、うまく調整してくれと頼むつもりだ。
健吾は心を落ち着かせるために何度か深呼吸をすると、北条の隣に座って木山と鈴置の到着を静かに待った。
傷口を押さえているタオルが、みるみる赤く染まっていく。
控室に入ると、そこで待機していた数人が北条の様子を見て一瞬たじろぎ、それでもその出血を見て、次々と自分のタオルを差し出してくれた。
「ありがとう。新しいの買って返すね」
ありがたくタオルを受け取り、椅子に座らせて上着を脱がせてみると、北条の白いシャツの片側は血で真っ赤に染まっていた。
健吾が思わず息を呑むのに、北条が「たいした怪我じゃない」と笑ってみせる。
「健吾。俺の携帯で、伯父貴に電話をかけてくれ」
言われた通りに柴田のナンバーにかけると、数コールですぐに繋がった。
北条に聞こえるようにスピーカーボタンを押すと、柴田の声がしんとした部屋に響き渡る。
『なんだ?蒼馬。俺にかけてくるなんて珍しいな』
「緊急事態だ。頻繁にかかってきちゃ困るだろ?悪いけど、負傷したから木山と鈴置をこっちに寄越して欲しい」
『……わかった、すぐに行かせる。場所はどこだ?』
わずかな沈黙の後柴田は了承し、すぐに二人を行かせると約束してくれた。
北条はライブハウスの場所を素早く伝え、「それと……」とさらに続ける。
「俺の車が近くのパーキングに停めてあるから、車に詳しい奴に回収させてくれ。スペアキーが会社に置いてあるだろ?念のために車体のチェックしてから乗るように伝えて欲しい」
北条が車体に細工が施されていることをにおわせると、柴田から低い唸り声が上がった。
『そんなにまずい状況なのか?』
「ああ。手段を選ばなくなってきてる。車に何か仕掛けられていてもおかしくない」
『わかった。他には?』
「木山を健吾のガードに、鈴置をこっちの事後処理に使う。二人にそう伝えて」
それだけ言うと、北条は通話を終えた。
目の前で交わされる物騒な会話の内容に、控室で聞き耳をたてていただろう全員に、奇妙な沈黙がおりていた。
バタバタと廊下を走る音をたてて室内に山本が飛び込んでくると、沈黙が破られたことで、安堵の空気が流れた。
「あ、あんた!病院行かなくていいのか?」
シャツを真っ赤に染めた姿の北条に及び腰になりながら、山本が近寄って来る。
「心配しなくとも、今迎えを頼んだところだ。それと、事後処理に詳しい奴を一人おいて行くから、会場運営者とはそいつを挟んで交渉するといい」
出入り禁止なんかにされたら困るだろう?と北条が言うのに、山本が何とも言えないなさけない表情を浮かべた。
「あんたさ、俺のことも庇ったから怪我したんだよな?あの時、鉄柱に当たらないように俺を突き飛ばしただろ?」
健吾を守っていただけでは怪我はしなかったはずだと、山本が申し訳なさそうに感謝の言葉を口にすると、「だから、別にあんたのせいじゃない」と北条が苦虫をかみ潰したような顔をする。
「でも、俺たちがきちんと舞台道具を管理できていなかったから、こんな事故になったんだ。まさかあんなものが倒れてくるなんて……」
山本が後悔をにじませた口調でそう言うのを、「待て」と北条が遮った。
しばらく何かを考えるような素振りを見せ、ふいに顔を上げてまっすぐに山本を見る。
「一つ聞くが……舞台装置は専門業者じゃなく、あんたたちが設置したり動かしたりしてたのか?」
「あ?ああ、そうだよ。こういう小さい会場使うときに業者頼む事はほとんどないよ。高くつくからさ。でも人手が足りないから、大道具経験者とかを募って当日ボランティアで手伝いに来てもらうんだ」
「そいつらの身元は?」
「そんなの、芸人仲間の知り合いの知り合い、みたいな感じでわからないよ。なんで?」
芸人仲間に声をかければ結構な人数が集まるし、若手は先輩芸人に顔を売りたかったり、舞台の勉強をしたかったりでやってくるので、手伝いにくる者の身元を確認したことは特にない、と山本が説明する。
「それ、危険だから今度からやめておけよ?」
はあ、と北条が疲れたようにため息をつくと、山本が今にも泣き出しそうな表情をした。
「そうだよな。こんな事故になっちゃったし……俺は責任者失格だ」
「そうじゃない。事故じゃないんだ。今回のは故意に仕組まれたことだ」
北条の言葉に、山本がぎょっとした顔を見せる。
「鉄柱や高さのある照明器具は、使わない時は固定器具でまとめるのが鉄則なはずだろう?倒れてきたものは固定されていなかった上に、足元にロープが何重にも巻き付いていた。違和感は感じていたんだ。それに、俺はあれが倒れてくる寸前、ロープが舞台袖に引っ張り込まれていくのをはっきり見てる。誰かが舞台袖のカーテンに潜み、ロープを引いたんだ。鉄柱が俺たちに向かって倒れるように」
北条の推測に、健吾はもちろん、山本の顔もみるみる青ざめて強張っていった。
普通ならこんな事故に巻き込まれる事も滅多にあることではないだろうに、それが事故ではなく誰かの手によって仕組まれたものであるとわかって、冷静でいられるわけがない。
「まあ、考えられない程お粗末な仕掛けだっが、偶然うまくいったんだ。狙いは俺と健吾だったのかもしれないし、あんただったのかもしれない。あるいは、騒ぎを起こすことが狙いで、標的はあの場にいる誰でもよかったのかもな」
とにかく、と北条は続ける。
「身元の確かでない者は、入れないようにすることだ。金を取って客をいれてるなら尚更、大きな事故になった時に責任を負わされるのはあんただからな」
北条の厳しい指摘に、山本がしゅんと項垂れる。
「舞台装置の設営を、素人である出演関係者にまかせていた会場側にも問題がある。その辺叩けば埃が出るだろうから、うまくやれば今後出禁になるようなことはないだろう。俺の怪我のことは、派手に転んで切ったとでも説明しておけ」
「……すなまい。助かるよ」
山本は素直に北条の提案を受け入れるようだ。
健吾は、借りたタオルは必ず新しいものと交換して返す事と、北条の病院に付き添うため、迎えが来たら帰ることを山本に告げた。
こんなことになってしまったにもかかわらず、山本は「色々とすまなかった。また来てくれよ」と言ってくれる。
健吾に何故北条という警護士がついているのか、知らないわけではないだろう。
鉄柱が倒れてきたのは健吾のせいかもしれないのに、それを黙って飲みこんでくれた山本に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
鈴置には、山本たちが今後もこの会場を使えるよう、うまく調整してくれと頼むつもりだ。
健吾は心を落ち着かせるために何度か深呼吸をすると、北条の隣に座って木山と鈴置の到着を静かに待った。
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