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第2話:【邂逅】傷だらけのサンクチュアリ
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黒い馬車が辿り着いたのは王都の喧騒から遠く離れた深い森の中にひっそりと佇む古いが壮麗な屋敷だった。クロムウェル公爵邸。かつては社交界の中心だったが今はその主と共に世間から忘れ去られた場所。
屋敷の中は驚くほど静かだった。埃一つない廊下を老執事の足音だけが響く。壁には数々の見事な絵画がかけられ調度品はどれも一目で最高級と分かるものばかり。だがそこに人の営みの温かみはほとんど感じられなかった。
「主がお待ちです」
通されたのは天井まで届くほどの書架にびっしりと本が詰まった広大な書斎だった。部屋の奥、暖炉の前に置かれた大きな肘掛け椅子に一人の男が座っている。
その顔の右半分は見るも無惨な火傷の痕を隠すためか白い仮面で覆われていた。左半分だけが見えるその素顔は驚くほど端正で理知的な光を宿した瞳が私を静かに見つめていた。
彼がアレクシス・クロムウェル公爵。
「君がエリーゼか」
その声は噂に聞くような陰鬱な響きではなかった。むしろ落ち着いた心地よいテノールの声だった。
「はい。この度はお招きいただき……」
「儀礼的な挨拶は不要だ」
彼は私の言葉を遮った。
「噂は聞いている。君が素晴らしいものを作ると君自身に不運が訪れると。……くだらん迷信だ」
彼はそう言って一冊の本を手に取った。
「君の才能は君のものだ。それが周囲にどんな影響を及ぼそうと君の価値とは何の関係もない。私が求めるのは君の作るものが本物かどうか。ただそれだけだ」
その言葉に私は息をのんだ。
呪い。不吉。縁起が悪い。
そう言われ続けてきた私の力をこの人は初めてただの「才能」として見てくれている。
「……ありがとうございます」
かろうじてそれだけを言うのが精一杯だった。
その日から私の新しい生活が始まった。
与えられたのは陽当たりの良い広々としたアトリエ。そこには私が望む限りの最高級の絹や宝石のような輝きを持つ魔法の糸が惜しげもなく用意されていた。
私の最初の仕事は公爵様自身の部屋着を仕立てることだった。
「主は古い火傷の痕のせいで夜になると酷い痛みに悩まされておられます」
老執事は悲しそうに言った。
「どんな高名な医者もどんな癒しの魔法もその痛みを和らげることはできませんでした」
私は彼の言葉を胸に一針一針心を込めて刺繍を施していった。
私が選んだのは痛みを和らげ安らかな眠りをもたらすという古代の守護の紋様。銀色の糸に私の祈りを私の魔法をすべて注ぎ込んだ。
三日後シルクの部屋着は完成した。そして完成と同時に私はアトリエの階段で足を滑らせ派手に転んで膝をすりむいてしまった。
(ああまただわ……)
いつもの「不運」。だが不思議と心は痛まなかった。
その夜、私は老執事に頼んで公爵様の様子をそっと扉の隙間から覗かせてもらった。
書斎の暖炉の前、肘掛け椅子に座った彼は私が仕立てたばかりの部屋着を身にまとい穏やかな寝息を立てていた。その仮面の下の素顔はここ何年も見せたことのないような安らかな表情をしていた。
その姿を見た瞬間、私の膝の痛みなどどうでもよくなった。
私の力が初めて誰かの深い苦しみを本当に癒すことができた。その事実が私の胸を温かい喜びで満たした。
それから私は彼のためにたくさんの服を作った。
読書をするための肩の凝らないガウン。庭を散策するための動きやすい上着。そして彼がいつか再び人々の前に立つ日のための礼服。
彼は私が作った服をいつも心から喜んでくれた。そして私の「不運」にも彼は全く動じなかった。
私がお茶をこぼせば彼は黙って新しいものを淹れてくれる。私が庭で転べば彼はその大きな手で私を優しく助け起こしてくれる。
「君の不運は実に見ていて飽きないな」
そう言って彼は初めて仮面の下で楽しそうに笑った。
私たちはいつしか毎日言葉を交わすようになっていた。
彼は私が知らないたくさんの物語を私に読んで聞かせてくれた。私は彼が知らない布や糸の美しい世界の話をした。
彼の傷も私の呪いもこの静かな屋敷の中ではただの当たり前の個性でしかなかった。
私は生まれて初めて自分の居場所を見つけたような気がしていた。
屋敷の中は驚くほど静かだった。埃一つない廊下を老執事の足音だけが響く。壁には数々の見事な絵画がかけられ調度品はどれも一目で最高級と分かるものばかり。だがそこに人の営みの温かみはほとんど感じられなかった。
「主がお待ちです」
通されたのは天井まで届くほどの書架にびっしりと本が詰まった広大な書斎だった。部屋の奥、暖炉の前に置かれた大きな肘掛け椅子に一人の男が座っている。
その顔の右半分は見るも無惨な火傷の痕を隠すためか白い仮面で覆われていた。左半分だけが見えるその素顔は驚くほど端正で理知的な光を宿した瞳が私を静かに見つめていた。
彼がアレクシス・クロムウェル公爵。
「君がエリーゼか」
その声は噂に聞くような陰鬱な響きではなかった。むしろ落ち着いた心地よいテノールの声だった。
「はい。この度はお招きいただき……」
「儀礼的な挨拶は不要だ」
彼は私の言葉を遮った。
「噂は聞いている。君が素晴らしいものを作ると君自身に不運が訪れると。……くだらん迷信だ」
彼はそう言って一冊の本を手に取った。
「君の才能は君のものだ。それが周囲にどんな影響を及ぼそうと君の価値とは何の関係もない。私が求めるのは君の作るものが本物かどうか。ただそれだけだ」
その言葉に私は息をのんだ。
呪い。不吉。縁起が悪い。
そう言われ続けてきた私の力をこの人は初めてただの「才能」として見てくれている。
「……ありがとうございます」
かろうじてそれだけを言うのが精一杯だった。
その日から私の新しい生活が始まった。
与えられたのは陽当たりの良い広々としたアトリエ。そこには私が望む限りの最高級の絹や宝石のような輝きを持つ魔法の糸が惜しげもなく用意されていた。
私の最初の仕事は公爵様自身の部屋着を仕立てることだった。
「主は古い火傷の痕のせいで夜になると酷い痛みに悩まされておられます」
老執事は悲しそうに言った。
「どんな高名な医者もどんな癒しの魔法もその痛みを和らげることはできませんでした」
私は彼の言葉を胸に一針一針心を込めて刺繍を施していった。
私が選んだのは痛みを和らげ安らかな眠りをもたらすという古代の守護の紋様。銀色の糸に私の祈りを私の魔法をすべて注ぎ込んだ。
三日後シルクの部屋着は完成した。そして完成と同時に私はアトリエの階段で足を滑らせ派手に転んで膝をすりむいてしまった。
(ああまただわ……)
いつもの「不運」。だが不思議と心は痛まなかった。
その夜、私は老執事に頼んで公爵様の様子をそっと扉の隙間から覗かせてもらった。
書斎の暖炉の前、肘掛け椅子に座った彼は私が仕立てたばかりの部屋着を身にまとい穏やかな寝息を立てていた。その仮面の下の素顔はここ何年も見せたことのないような安らかな表情をしていた。
その姿を見た瞬間、私の膝の痛みなどどうでもよくなった。
私の力が初めて誰かの深い苦しみを本当に癒すことができた。その事実が私の胸を温かい喜びで満たした。
それから私は彼のためにたくさんの服を作った。
読書をするための肩の凝らないガウン。庭を散策するための動きやすい上着。そして彼がいつか再び人々の前に立つ日のための礼服。
彼は私が作った服をいつも心から喜んでくれた。そして私の「不運」にも彼は全く動じなかった。
私がお茶をこぼせば彼は黙って新しいものを淹れてくれる。私が庭で転べば彼はその大きな手で私を優しく助け起こしてくれる。
「君の不運は実に見ていて飽きないな」
そう言って彼は初めて仮面の下で楽しそうに笑った。
私たちはいつしか毎日言葉を交わすようになっていた。
彼は私が知らないたくさんの物語を私に読んで聞かせてくれた。私は彼が知らない布や糸の美しい世界の話をした。
彼の傷も私の呪いもこの静かな屋敷の中ではただの当たり前の個性でしかなかった。
私は生まれて初めて自分の居場所を見つけたような気がしていた。
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