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第4話:【転機】呪いを祝福に変える夜会
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夜会までの数週間、屋敷はかつてないほどの熱気に包まれた。
私の仕事はただ二着の服を仕立てること。アレクシス様がその真の姿を世に示すための礼服。そして私がその隣に立つために生まれて初めて自分自身のためだけに作るドレス。
私の全てをこの二着に注ぎ込む。布を裁ち針を運び刺繍を施す。その指先から紡がれる糸はもはやただの糸ではなかった。それは私の決意であり彼の信頼であり私たちの未来そのものだった。
そして二着の服が完成した時、私はアトリエの床で派手にすっ転んだ。最後の景気づけの「不運」だった。
夜会当日。
クロムウェル公爵邸の門が何年ぶりかに固く閉ざされていた城門を開け放つ。王都中の貴族たちが好奇とそしてわずかな侮蔑をその目に浮かべ次々と集まってきた。彼らの目当ては醜いと噂の「怪物公爵」と彼を誑かしたという「呪われた針子」の惨めな姿だった。
伯爵夫人とギルドの親方も勝ち誇ったような顔で招待客の中にいた。
大広間の音楽がふと止んだ。
すべての視線がホールへと続く大階段の上に注がれる。
そこに立っていたのは私だった。
私が私のために作った夜空色のドレス。そのスカートには星屑を砕いて散りばめたかのような銀色の刺繍が動くたびに繊細な光を放つ。それはもはや「不運な針子」ではない。自らの才能に誇りを持つ一人の芸術家としての私の戦装束だった。
階段の下でアレクシス様が私を待っていた。
私はゆっくりと一歩一歩階段を降りる。彼の元へと。
彼が私の手を取る。その手は温かくそして力強かった。
そして私たちはすべての招待客が見守る広間の中心へと進み出た。
アレクシス様は私が仕立てた黒を基調とした荘厳な礼服を身にまとっている。その胸元には彼の火傷の痕をまるで龍の鱗のように見せる深紅の刺繍が施されていた。
彼はゆっくりと自らの顔を覆っていた白い仮面に手をかけた。
会場が息をのむ。
仮面が外され彼の素顔がシャンデリアの光の下に完全に晒された。
右半分に残る痛々しい火傷の痕。貴族たちの中から憐れみと恐怖の小さな悲鳴が漏れた。
だがアレクシス様は動じなかった。
彼は堂々と顔を上げた。その声は静かだったが広間の隅々にまではっきりと響き渡った。
「御覧の通り私の顔には醜い傷がある。だがこれは幼い頃炎の中から妹を救い出した時に得た私にとっては名誉の勲章だ」
彼は私の手をそっと握りしめた。
「そしてこの傷を醜い呪いではなく誇るべき勲章として輝かせてくれたのがこの服だ。これを仕立てたのが私の隣にいるこの国でいやこの大陸で最高の芸術家。エリーゼ嬢だ」
彼は私を侮辱した伯爵夫人とギルドの親方を真っ直ぐに見据えた。
「君たちは彼女を『不運』と呼びその才能を『呪い』と蔑んだ。だが真に呪われているのは本物の価値を見抜くこともできぬ君たちのその濁った眼の方だ」
そして彼は決定的な一言を放った。
「これよりクロムウェル家御用達の栄誉はエリーゼ嬢ただ一人に与えるものとする。我が家と取引できぬギルドにもはや何の価値があるかな」
ギルドの親方の顔が絶望に真っ白に染まっていく。公爵家という最大の顧客を失うこと。それは彼の権威の失墜でありギルドの経済的な破滅を意味していた。
伯爵夫人はただ震えることしかできない。彼女が手放した才能が今、公爵その人の絶対的な庇護の下で手の届かない場所へと昇っていく。
彼らは自分たちの愚かさを満場の貴族の前でこれ以上なくはっきりと、思い知らされたのだ。
その夜、夜会が成功裏に終わった後私たちは二人きりで月明かりが差し込むバルコニーにいた。
安堵と喜びに私は胸がいっぱいだった。
「アレクシス様、ありがとう……」
私が彼に微笑みかけたその瞬間。
ドレスの裾が足に絡まり私はバランスを崩した。
(あ……!)
最後のそして最大の「不運」。
だが私の体が床に倒れることはなかった。
アレクシス様の強い腕が私を優しくしかし力強く抱きとめていた。
至近距離で彼の傷のない方の素顔とそして傷跡の残るもう半分の素顔を私は初めてまともに見つめた。
彼は腕の中の私に愛おしそうに囁いた。
「世間の人々は君を『不運の針子』と呼ぶ。だが君が不運に見舞われるたび君は私の元へと近づいてきた。君の不運は私にとって最高の幸運だったのだ」
その言葉はどんな魔法よりも温かく私の心を満たしていった。
私の仕事はただ二着の服を仕立てること。アレクシス様がその真の姿を世に示すための礼服。そして私がその隣に立つために生まれて初めて自分自身のためだけに作るドレス。
私の全てをこの二着に注ぎ込む。布を裁ち針を運び刺繍を施す。その指先から紡がれる糸はもはやただの糸ではなかった。それは私の決意であり彼の信頼であり私たちの未来そのものだった。
そして二着の服が完成した時、私はアトリエの床で派手にすっ転んだ。最後の景気づけの「不運」だった。
夜会当日。
クロムウェル公爵邸の門が何年ぶりかに固く閉ざされていた城門を開け放つ。王都中の貴族たちが好奇とそしてわずかな侮蔑をその目に浮かべ次々と集まってきた。彼らの目当ては醜いと噂の「怪物公爵」と彼を誑かしたという「呪われた針子」の惨めな姿だった。
伯爵夫人とギルドの親方も勝ち誇ったような顔で招待客の中にいた。
大広間の音楽がふと止んだ。
すべての視線がホールへと続く大階段の上に注がれる。
そこに立っていたのは私だった。
私が私のために作った夜空色のドレス。そのスカートには星屑を砕いて散りばめたかのような銀色の刺繍が動くたびに繊細な光を放つ。それはもはや「不運な針子」ではない。自らの才能に誇りを持つ一人の芸術家としての私の戦装束だった。
階段の下でアレクシス様が私を待っていた。
私はゆっくりと一歩一歩階段を降りる。彼の元へと。
彼が私の手を取る。その手は温かくそして力強かった。
そして私たちはすべての招待客が見守る広間の中心へと進み出た。
アレクシス様は私が仕立てた黒を基調とした荘厳な礼服を身にまとっている。その胸元には彼の火傷の痕をまるで龍の鱗のように見せる深紅の刺繍が施されていた。
彼はゆっくりと自らの顔を覆っていた白い仮面に手をかけた。
会場が息をのむ。
仮面が外され彼の素顔がシャンデリアの光の下に完全に晒された。
右半分に残る痛々しい火傷の痕。貴族たちの中から憐れみと恐怖の小さな悲鳴が漏れた。
だがアレクシス様は動じなかった。
彼は堂々と顔を上げた。その声は静かだったが広間の隅々にまではっきりと響き渡った。
「御覧の通り私の顔には醜い傷がある。だがこれは幼い頃炎の中から妹を救い出した時に得た私にとっては名誉の勲章だ」
彼は私の手をそっと握りしめた。
「そしてこの傷を醜い呪いではなく誇るべき勲章として輝かせてくれたのがこの服だ。これを仕立てたのが私の隣にいるこの国でいやこの大陸で最高の芸術家。エリーゼ嬢だ」
彼は私を侮辱した伯爵夫人とギルドの親方を真っ直ぐに見据えた。
「君たちは彼女を『不運』と呼びその才能を『呪い』と蔑んだ。だが真に呪われているのは本物の価値を見抜くこともできぬ君たちのその濁った眼の方だ」
そして彼は決定的な一言を放った。
「これよりクロムウェル家御用達の栄誉はエリーゼ嬢ただ一人に与えるものとする。我が家と取引できぬギルドにもはや何の価値があるかな」
ギルドの親方の顔が絶望に真っ白に染まっていく。公爵家という最大の顧客を失うこと。それは彼の権威の失墜でありギルドの経済的な破滅を意味していた。
伯爵夫人はただ震えることしかできない。彼女が手放した才能が今、公爵その人の絶対的な庇護の下で手の届かない場所へと昇っていく。
彼らは自分たちの愚かさを満場の貴族の前でこれ以上なくはっきりと、思い知らされたのだ。
その夜、夜会が成功裏に終わった後私たちは二人きりで月明かりが差し込むバルコニーにいた。
安堵と喜びに私は胸がいっぱいだった。
「アレクシス様、ありがとう……」
私が彼に微笑みかけたその瞬間。
ドレスの裾が足に絡まり私はバランスを崩した。
(あ……!)
最後のそして最大の「不運」。
だが私の体が床に倒れることはなかった。
アレクシス様の強い腕が私を優しくしかし力強く抱きとめていた。
至近距離で彼の傷のない方の素顔とそして傷跡の残るもう半分の素顔を私は初めてまともに見つめた。
彼は腕の中の私に愛おしそうに囁いた。
「世間の人々は君を『不運の針子』と呼ぶ。だが君が不運に見舞われるたび君は私の元へと近づいてきた。君の不運は私にとって最高の幸運だったのだ」
その言葉はどんな魔法よりも温かく私の心を満たしていった。
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