4 / 5
第4話:【転機】呪いを祝福に変える夜会
しおりを挟む
夜会までの数週間、屋敷はかつてないほどの熱気に包まれた。
私の仕事はただ二着の服を仕立てること。アレクシス様がその真の姿を世に示すための礼服。そして私がその隣に立つために生まれて初めて自分自身のためだけに作るドレス。
私の全てをこの二着に注ぎ込む。布を裁ち針を運び刺繍を施す。その指先から紡がれる糸はもはやただの糸ではなかった。それは私の決意であり彼の信頼であり私たちの未来そのものだった。
そして二着の服が完成した時、私はアトリエの床で派手にすっ転んだ。最後の景気づけの「不運」だった。
夜会当日。
クロムウェル公爵邸の門が何年ぶりかに固く閉ざされていた城門を開け放つ。王都中の貴族たちが好奇とそしてわずかな侮蔑をその目に浮かべ次々と集まってきた。彼らの目当ては醜いと噂の「怪物公爵」と彼を誑かしたという「呪われた針子」の惨めな姿だった。
伯爵夫人とギルドの親方も勝ち誇ったような顔で招待客の中にいた。
大広間の音楽がふと止んだ。
すべての視線がホールへと続く大階段の上に注がれる。
そこに立っていたのは私だった。
私が私のために作った夜空色のドレス。そのスカートには星屑を砕いて散りばめたかのような銀色の刺繍が動くたびに繊細な光を放つ。それはもはや「不運な針子」ではない。自らの才能に誇りを持つ一人の芸術家としての私の戦装束だった。
階段の下でアレクシス様が私を待っていた。
私はゆっくりと一歩一歩階段を降りる。彼の元へと。
彼が私の手を取る。その手は温かくそして力強かった。
そして私たちはすべての招待客が見守る広間の中心へと進み出た。
アレクシス様は私が仕立てた黒を基調とした荘厳な礼服を身にまとっている。その胸元には彼の火傷の痕をまるで龍の鱗のように見せる深紅の刺繍が施されていた。
彼はゆっくりと自らの顔を覆っていた白い仮面に手をかけた。
会場が息をのむ。
仮面が外され彼の素顔がシャンデリアの光の下に完全に晒された。
右半分に残る痛々しい火傷の痕。貴族たちの中から憐れみと恐怖の小さな悲鳴が漏れた。
だがアレクシス様は動じなかった。
彼は堂々と顔を上げた。その声は静かだったが広間の隅々にまではっきりと響き渡った。
「御覧の通り私の顔には醜い傷がある。だがこれは幼い頃炎の中から妹を救い出した時に得た私にとっては名誉の勲章だ」
彼は私の手をそっと握りしめた。
「そしてこの傷を醜い呪いではなく誇るべき勲章として輝かせてくれたのがこの服だ。これを仕立てたのが私の隣にいるこの国でいやこの大陸で最高の芸術家。エリーゼ嬢だ」
彼は私を侮辱した伯爵夫人とギルドの親方を真っ直ぐに見据えた。
「君たちは彼女を『不運』と呼びその才能を『呪い』と蔑んだ。だが真に呪われているのは本物の価値を見抜くこともできぬ君たちのその濁った眼の方だ」
そして彼は決定的な一言を放った。
「これよりクロムウェル家御用達の栄誉はエリーゼ嬢ただ一人に与えるものとする。我が家と取引できぬギルドにもはや何の価値があるかな」
ギルドの親方の顔が絶望に真っ白に染まっていく。公爵家という最大の顧客を失うこと。それは彼の権威の失墜でありギルドの経済的な破滅を意味していた。
伯爵夫人はただ震えることしかできない。彼女が手放した才能が今、公爵その人の絶対的な庇護の下で手の届かない場所へと昇っていく。
彼らは自分たちの愚かさを満場の貴族の前でこれ以上なくはっきりと、思い知らされたのだ。
その夜、夜会が成功裏に終わった後私たちは二人きりで月明かりが差し込むバルコニーにいた。
安堵と喜びに私は胸がいっぱいだった。
「アレクシス様、ありがとう……」
私が彼に微笑みかけたその瞬間。
ドレスの裾が足に絡まり私はバランスを崩した。
(あ……!)
最後のそして最大の「不運」。
だが私の体が床に倒れることはなかった。
アレクシス様の強い腕が私を優しくしかし力強く抱きとめていた。
至近距離で彼の傷のない方の素顔とそして傷跡の残るもう半分の素顔を私は初めてまともに見つめた。
彼は腕の中の私に愛おしそうに囁いた。
「世間の人々は君を『不運の針子』と呼ぶ。だが君が不運に見舞われるたび君は私の元へと近づいてきた。君の不運は私にとって最高の幸運だったのだ」
その言葉はどんな魔法よりも温かく私の心を満たしていった。
私の仕事はただ二着の服を仕立てること。アレクシス様がその真の姿を世に示すための礼服。そして私がその隣に立つために生まれて初めて自分自身のためだけに作るドレス。
私の全てをこの二着に注ぎ込む。布を裁ち針を運び刺繍を施す。その指先から紡がれる糸はもはやただの糸ではなかった。それは私の決意であり彼の信頼であり私たちの未来そのものだった。
そして二着の服が完成した時、私はアトリエの床で派手にすっ転んだ。最後の景気づけの「不運」だった。
夜会当日。
クロムウェル公爵邸の門が何年ぶりかに固く閉ざされていた城門を開け放つ。王都中の貴族たちが好奇とそしてわずかな侮蔑をその目に浮かべ次々と集まってきた。彼らの目当ては醜いと噂の「怪物公爵」と彼を誑かしたという「呪われた針子」の惨めな姿だった。
伯爵夫人とギルドの親方も勝ち誇ったような顔で招待客の中にいた。
大広間の音楽がふと止んだ。
すべての視線がホールへと続く大階段の上に注がれる。
そこに立っていたのは私だった。
私が私のために作った夜空色のドレス。そのスカートには星屑を砕いて散りばめたかのような銀色の刺繍が動くたびに繊細な光を放つ。それはもはや「不運な針子」ではない。自らの才能に誇りを持つ一人の芸術家としての私の戦装束だった。
階段の下でアレクシス様が私を待っていた。
私はゆっくりと一歩一歩階段を降りる。彼の元へと。
彼が私の手を取る。その手は温かくそして力強かった。
そして私たちはすべての招待客が見守る広間の中心へと進み出た。
アレクシス様は私が仕立てた黒を基調とした荘厳な礼服を身にまとっている。その胸元には彼の火傷の痕をまるで龍の鱗のように見せる深紅の刺繍が施されていた。
彼はゆっくりと自らの顔を覆っていた白い仮面に手をかけた。
会場が息をのむ。
仮面が外され彼の素顔がシャンデリアの光の下に完全に晒された。
右半分に残る痛々しい火傷の痕。貴族たちの中から憐れみと恐怖の小さな悲鳴が漏れた。
だがアレクシス様は動じなかった。
彼は堂々と顔を上げた。その声は静かだったが広間の隅々にまではっきりと響き渡った。
「御覧の通り私の顔には醜い傷がある。だがこれは幼い頃炎の中から妹を救い出した時に得た私にとっては名誉の勲章だ」
彼は私の手をそっと握りしめた。
「そしてこの傷を醜い呪いではなく誇るべき勲章として輝かせてくれたのがこの服だ。これを仕立てたのが私の隣にいるこの国でいやこの大陸で最高の芸術家。エリーゼ嬢だ」
彼は私を侮辱した伯爵夫人とギルドの親方を真っ直ぐに見据えた。
「君たちは彼女を『不運』と呼びその才能を『呪い』と蔑んだ。だが真に呪われているのは本物の価値を見抜くこともできぬ君たちのその濁った眼の方だ」
そして彼は決定的な一言を放った。
「これよりクロムウェル家御用達の栄誉はエリーゼ嬢ただ一人に与えるものとする。我が家と取引できぬギルドにもはや何の価値があるかな」
ギルドの親方の顔が絶望に真っ白に染まっていく。公爵家という最大の顧客を失うこと。それは彼の権威の失墜でありギルドの経済的な破滅を意味していた。
伯爵夫人はただ震えることしかできない。彼女が手放した才能が今、公爵その人の絶対的な庇護の下で手の届かない場所へと昇っていく。
彼らは自分たちの愚かさを満場の貴族の前でこれ以上なくはっきりと、思い知らされたのだ。
その夜、夜会が成功裏に終わった後私たちは二人きりで月明かりが差し込むバルコニーにいた。
安堵と喜びに私は胸がいっぱいだった。
「アレクシス様、ありがとう……」
私が彼に微笑みかけたその瞬間。
ドレスの裾が足に絡まり私はバランスを崩した。
(あ……!)
最後のそして最大の「不運」。
だが私の体が床に倒れることはなかった。
アレクシス様の強い腕が私を優しくしかし力強く抱きとめていた。
至近距離で彼の傷のない方の素顔とそして傷跡の残るもう半分の素顔を私は初めてまともに見つめた。
彼は腕の中の私に愛おしそうに囁いた。
「世間の人々は君を『不運の針子』と呼ぶ。だが君が不運に見舞われるたび君は私の元へと近づいてきた。君の不運は私にとって最高の幸運だったのだ」
その言葉はどんな魔法よりも温かく私の心を満たしていった。
1
あなたにおすすめの小説
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか
ラムネ
恋愛
侯爵令嬢リオナは、婚約者アルベルトが「幼馴染が可哀想だから」と約束を破り続ける日々に耐えていた。領地再建の帳簿も契約も、実はリオナが陰で支えていたのに、彼は「君は強いから」と当然のように扱う。決定的な侮辱の夜、リオナは怒らず泣かず、完璧な笑顔で婚約指輪だけを返して屋敷を去った――引継ぎは、何一つ残さずに。
翌日から止まる交易、崩れる資金繰り、露出する不正。追いすがるアルベルトを置き去りに、リオナは王立監査院の臨時任官で辺境へ。冷徹と噂される監察騎士レオンハルトと共に、数字と契約で不正を断ち、交易路を再生していく。
笑顔で去っただけなのに、泣くのは捨てた側だった。
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
王子よ、貴方が責任取りなさい
天冨 七緒
恋愛
聖女候補であり、王子の婚約者候補でもあった私。
八年間、国のために聖女としての務めを果たす準備をしてきた。
だが王子は突然こう宣言した。
「今代の聖女はソミール嬢。優秀な彼女には補佐すら必要ない」
聖女が決まれば、候補者は補佐として王宮に上がる。
補佐不要とは、聖女候補全員を“無能”と断じたも同然だった。
貴族社会で私たちは侮辱の対象となり、立場を失っていく。
聖女に選ばれた平民の少女ソミールは、悪意こそないものの、
他者の手柄を“善意で”奪ってしまう無自覚な加害者だった。
王子は彼女を盲信し、貴族出身の候補者たちを悪と決めつけた。
そして国は混乱し始める。
王子が卒業した聖女候補に助力を求めても、誰一人応じない。
社交界の悪意から逃げるように辺境に来た私のもとにまで、王子が現れた。
「聖女の補佐をしてくれないか……」
私は静かに告げる。
「今代の聖女は補佐を必要としないのでしょう? 王子様。責任は、ご自身でお取りください」
勘違い王子と平民聖女の暴走に巻き込まれた、
聖女候補たちの“静かなざまぁ”の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる