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第5話:【結び】あなただけの幸運
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アレクシス様の腕の中、私は生まれて初めて心の底から安堵していた。
彼の言葉が私の心にかけられていた最後の呪いを優しく解いていく。
不運。呪い。そう呼ばれ私自身もそう信じ込んできた私の才能。
だがこの人だけはそれを「幸運」だと言ってくれた。
「……だとしたら」
私は彼の胸に顔をうずめたまま小さな声で呟いた。
「私のこれまでの不運はすべてあなたに出会うためのものだったのかもしれませんね」
顔を上げると彼はその傷跡さえも愛おしく思えるほど優しい顔で微笑んでいた。
そしてどちらからともなく私たちはそっと唇を重ねた。
それは月の光だけが静かに祝福してくれる世界で一番ささやかな誓いのキスだった。
夜会から数ヶ月が過ぎた。
王都ではあの夜の出来事がまるで伝説のように語り継がれていた。
「呪われた怪物」と呼ばれたクロムウェル公爵は今や「愛する者を守る気高き獅子」と称えられその傷跡を隠すことなく堂々と社交界に復帰した。
そして私は「不運の針子」ではなく「公爵様に見出された奇跡の芸術家」として国中の尊敬を集めることとなった。
仕立て屋ギルドの親方は最大の顧客であったクロムウェル公爵家を失いその信用も失墜し寂しく店を畳んだと聞いた。私を追い出した伯爵夫人は夜会での一件以来恥ずかしさのあまり領地に引きこもっているという。
だがそんな噂はもはや私の心に何の波も立てなかった。
「エリーゼ。少し休憩しないか」
穏やかな声に私は針を動かす手を止めた。
窓から柔らかな午後の光が差し込む私のアトリエ。あの日以来この場所は私のそして私たち二人のサンクチュアリとなっていた。
アレクシス様はもう仮面をつけていない。彼は淹れたてのハーブティーを私の隣にそっと置いてくれた。
「何を作っているんだ?」
「公爵様の妹君のドレスです。もうすぐお誕生日だと伺いましたから」
私が仕立てているのは春の陽だまりのような温かい黄色のドレスだった。
「……そうか。あいつも喜ぶだろう」
彼は愛おしそうに私の手元を見つめている。
その時だった。
私が最後の刺繍を施そうと針を布に通した瞬間、ちくりと小さな痛みが指先を走った。
「あっ……」
針先で指を刺してしまったのだ。白い絹の生地に小さな赤い血の点が一つ染みになっていく。
最後の本当にささやかな「不運」。
だが私が気にするより早くアレクシス様が私のその指を大きな手で優しく包み込んでいた。
「……大丈夫か」
「はいこれくらい……いつものことですから」
私はそう言って笑った。
かつては忌ましくて仕方がなかったこの小さな不運。だが今ではまるで長年の友人のように愛おしくさえあった。
「それに」
私は続けた。
「私にはもう最高のお守りがありますから」
私は空いている方の手で彼の傷跡の残る頬にそっと触れた。
「あなたという世界で一番の幸運が」
私の言葉に彼は一瞬目を見開いた。そして次の瞬間その腕で私を優しく抱きしめた。
アトリエの窓から見える空はどこまでも青く澄み渡っていた。
呪いは祝福に変わった。
不運は最高の幸運を私に連れてきてくれた。
私の針はこれからもたくさんの美しい魔法を紡いでいくだろう。
だがそのすべてはただ一人私の本当の価値を見つけ出してくれたこの愛しい人のために。
彼の言葉が私の心にかけられていた最後の呪いを優しく解いていく。
不運。呪い。そう呼ばれ私自身もそう信じ込んできた私の才能。
だがこの人だけはそれを「幸運」だと言ってくれた。
「……だとしたら」
私は彼の胸に顔をうずめたまま小さな声で呟いた。
「私のこれまでの不運はすべてあなたに出会うためのものだったのかもしれませんね」
顔を上げると彼はその傷跡さえも愛おしく思えるほど優しい顔で微笑んでいた。
そしてどちらからともなく私たちはそっと唇を重ねた。
それは月の光だけが静かに祝福してくれる世界で一番ささやかな誓いのキスだった。
夜会から数ヶ月が過ぎた。
王都ではあの夜の出来事がまるで伝説のように語り継がれていた。
「呪われた怪物」と呼ばれたクロムウェル公爵は今や「愛する者を守る気高き獅子」と称えられその傷跡を隠すことなく堂々と社交界に復帰した。
そして私は「不運の針子」ではなく「公爵様に見出された奇跡の芸術家」として国中の尊敬を集めることとなった。
仕立て屋ギルドの親方は最大の顧客であったクロムウェル公爵家を失いその信用も失墜し寂しく店を畳んだと聞いた。私を追い出した伯爵夫人は夜会での一件以来恥ずかしさのあまり領地に引きこもっているという。
だがそんな噂はもはや私の心に何の波も立てなかった。
「エリーゼ。少し休憩しないか」
穏やかな声に私は針を動かす手を止めた。
窓から柔らかな午後の光が差し込む私のアトリエ。あの日以来この場所は私のそして私たち二人のサンクチュアリとなっていた。
アレクシス様はもう仮面をつけていない。彼は淹れたてのハーブティーを私の隣にそっと置いてくれた。
「何を作っているんだ?」
「公爵様の妹君のドレスです。もうすぐお誕生日だと伺いましたから」
私が仕立てているのは春の陽だまりのような温かい黄色のドレスだった。
「……そうか。あいつも喜ぶだろう」
彼は愛おしそうに私の手元を見つめている。
その時だった。
私が最後の刺繍を施そうと針を布に通した瞬間、ちくりと小さな痛みが指先を走った。
「あっ……」
針先で指を刺してしまったのだ。白い絹の生地に小さな赤い血の点が一つ染みになっていく。
最後の本当にささやかな「不運」。
だが私が気にするより早くアレクシス様が私のその指を大きな手で優しく包み込んでいた。
「……大丈夫か」
「はいこれくらい……いつものことですから」
私はそう言って笑った。
かつては忌ましくて仕方がなかったこの小さな不運。だが今ではまるで長年の友人のように愛おしくさえあった。
「それに」
私は続けた。
「私にはもう最高のお守りがありますから」
私は空いている方の手で彼の傷跡の残る頬にそっと触れた。
「あなたという世界で一番の幸運が」
私の言葉に彼は一瞬目を見開いた。そして次の瞬間その腕で私を優しく抱きしめた。
アトリエの窓から見える空はどこまでも青く澄み渡っていた。
呪いは祝福に変わった。
不運は最高の幸運を私に連れてきてくれた。
私の針はこれからもたくさんの美しい魔法を紡いでいくだろう。
だがそのすべてはただ一人私の本当の価値を見つけ出してくれたこの愛しい人のために。
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