捨てられ聖女は、隣国で”香りの魔術師”として覚醒しました~冷徹公爵様の心を癒すのは、私だけの調香術です~

YY

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第23話:公爵の切り札と王都への道

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公爵領の首都、ヴァリスに帰還した私たちを、領民は熱狂的に出迎えた。北の鉱山での勝利と、アステル王国騎士団の撃退。その二つの報せは、すでに領都の隅々まで伝わっていたのだ。
だが、その歓迎ムードに浸る時間は一刻も与えられなかった。
ユリウスは、館に戻るやいなや、即座に重臣たちを招集した。
城の作戦会議室。中央の円卓を、公国の運命を担う者たちが硬い表情で囲んでいる。北の鉱山で戦線を指揮したグレゴール隊長、公国の財政を預かる白髪の宰相、そして血気盛んな若手の騎士団長たち。彼らは皆、ユリウスに絶対の忠誠を誓う、ヴァルテンベルクの心臓部だ。
「公爵様!エドウィン王子の要求は、我が公国に対する許しがたい侮辱!もはや言葉は無用!」
若手の騎士団長が拳でテーブルを叩き、声を荒らげた。
「王都へ兵を進め、我らの力を示すべきです!これ以上の屈辱に耐える必要はございません!」
彼の言葉に、他の重臣たちも次々と同調する。しかし、白髪の宰相が重々しく口を開いた。
「戦は民を疲弊させます。特に今は収穫期直前、農村を兵に取られれば来年の飢饉は避けられませぬ」
会議室の空気は、アステル王国との開戦も辞さない主戦論と、現実的な損害を懸念する慎重論で二分された。
だが、その熱気を、ユリウスの静かで、しかし氷のように冷たい一言が鎮めた。
「ならん」
彼は激昂する重臣たちを静かに見渡した。
「内戦は、民を疲弊させるだけだ。血を流し、土地を荒らし、憎しみだけが残る。それは統治者として、最も愚かな選択だ」
彼の声には、かつて父を失った戦乱の記憶が色濃く滲んでいた。
「我々が目指すのは国の破壊ではない。血を流さずして、国の中枢を蝕む『膿』を、静かに、そして完全に取り除くことだ」
その言葉に、重臣たちは息をのむ。
ユリウスは地図の上に駒を置くように指を置いた。その指が示すのは、アステル王国の王都。
「私の切り札は、ここにある」
彼は、驚くべきクーデター計画の全容を語り始めた。
それは、王都の良識派貴族たちと連携し、偽聖女ユナの正体と王子の失政の証拠を白日の下に晒すこと。そして、病に伏せている国王本人に真実を伝え、王子の廃嫡を法に則って認めさせる、というものだった。武力ではなく、法と民意を武器とする、ユリウスらしい戦い方だ。
だが、白髪の宰相が懸念を口にした。
「公爵様、その計画は見事なものにございます。ですが、王都の貴族たちは保身と日和見を決め込む者ばかり。彼らが我々にそう易々と協力するものでしょうか…?」
そのもっともな問いに、ユリウスは静かに、そして確信に満ちた声で答えた。
「私には、王都に、誰よりも信頼できる協力者がいる」
その瞬間、ユリウスの脳裏に、数日前に極秘の伝令がもたらした一通の密書の記憶がよみがえった。それは、北の鉱山へ向かう旅の道中で受け取ったものだった。
差出人の名を見て、ユリウスはわずかに目を見開く。そこに記されていたのは、あの選定の儀式を執り行った老神官テオドールの名だった。
羊皮紙に綴られていたのは、彼の悲痛な心の叫び。
『エドウィン王子の暴走は、もはや誰にも止められませぬ。貴族街の屋敷にも、病に伏す者が相次ぎ、屋敷門前には薬を求める農民が日夜押しかけております。門は固く閉ざされ、悲鳴と咳だけが路地に響いております』
そして、密書はこう結ばれていた。
『公爵様、そしてリーナ様。あの選定の日、老婆心ながら、私は、リーナ様こそがこの国を救う真の光を持つお方だと確信しておりました。私の見る目がなかったばかりに、貴女様には辛い思いをさせてしまった。どうか、お許しいただきたい。そして、もし今もこの国をお救いくださるお気持ちがおありなら、どうか、そのお力をお貸しください。王都の心ある者たちは、皆、公爵様と、真の聖女様のお越しを心よりお待ちしております』
私の力の真価をただ一人見抜いていた老神官。彼が水面下でずっと王都の良識派貴族たちをまとめ、この日のために動いてくれていたのだ。
ユリウスの言葉と、その背景にある見えざる協力者の存在に、会議室の空気は再び活気を帯び始めた。だがそれは、先ほどの血気盛んな激情ではない。緻密な計画の成功を確信する、冷静で知的な熱意だった。
そして、ユリウスは視線をゆっくりと私へと向けた。
会議室にいる全ての者の視線が、私一人に集まる。
「老神官たちの協力があっても、この計画を完全に成功させるには、まだ足りないものがある」
彼の声は真剣だった。
「民衆と、どちらにつくか迷っている日和見の貴族たちの心を、一瞬で我々の方へと引き寄せる、絶対的な『象徴』が、必要だ」
彼は椅子から立ち上がると、私の前に進み出た。そして、私の両肩にそっと手を置く。
「リーナ。君には、王都のあの広場で、君の本当の力を示してもらいたい」
王都の広場。それは、私が「偽物」の烙印を押された、屈辱の場所だ。あの広場の石畳。浴びせられた罵声。背を向けた人々。それらが胸を締めつけたが、同時に、ユリウスの瞳と老神官の文字が、私の中の恐怖を溶かしていく。
「蔓延する疫病の瘴気を、君の香りで浄化するのだ。そして、君こそが、この国を救う真の聖女であったのだと、万人の前で証明する」
それは命令ではない。私に、自らの意志で過去のトラウマを乗り越え、自らの手で失われた名誉と本当の価値を世界に示すための、最高の舞台を用意するという、彼からの提案だった。
私は、彼の真っ直ぐな瞳を見つめ返した。その瞳に宿るのは、私への絶対的な信頼。そして、私を一人にはしないという固い誓い。老神官という頼もしい協力者の存在もまた、私の背中を強く押してくれていた。
「やります」
私の声は、もう震えてはいなかった。
「私の力が、ユリウス様と、私を信じてくださる方々のために使えるというのなら」
私は迷いなく、そして力強く頷いた。
その頃、アステル王国の王都では、正体不明の疫病が、貧民街の壁を越え、ついに富裕層の住まう貴族街にまで、その魔の手を伸ばし始めていた。路地の奥から絶え間ない咳と泣き声が交じり合って響く。腐った干草のような匂いが、夏の熱気と混ざって鼻を突き、通りには白布に包まれた人影が並んでいた。身分も、富も、権力も、この平等な恐怖の前では、何の意味もなさない。
人々の恐怖は、もはや頂点に達しつつあった。
救いを求める声は、悲鳴と化していた。
最高の、そして最悪の舞台は、皮肉にも、主役である私の登場を、今か今かと待ち構えていた。
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