捨てられ聖女は、隣国で”香りの魔術師”として覚醒しました~冷徹公爵様の心を癒すのは、私だけの調香術です~

YY

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第24話:運命の逆転の始まり

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アステル王国の王都は、もはや死を待つだけの檻と化していた。
貧民街から始まった疫病は、ついに、堅固なはずの貴族街の壁を乗り越え、王都の全てを平等な絶望で染め上げていた。通りには、白い布をかぶせられた亡骸が無造作に横たわり、家の窓は固く閉ざされている。その内側からは、絶え間ない咳とすすり泣きの声だけが漏れ聞こえてきた。
その地獄の中心で、偽聖女ユナは最後の断末魔をあげていた。
「見なさい!この聖なる光を!わたくしこそが、あなたたちを救う唯一の聖女なのですわ!」
宮殿のバルコニーで、彼女は必死に派手なだけの光の魔法を放つ。だが、その光はもはや誰の心にも届かない。それどころか、その無力な輝きは、民衆の最後の希望を燃え盛る怒りへと変えてしまった。
「偽物め!」
広場に集まった民衆の一人がそう叫んだ。
「お前が来てから、この国はもっと悪くなる一方じゃないか!」
その声を皮切りに、広場は怒号の渦と化した。
「そうだ!偽物の聖女は国から出ていけ!」
やがて、誰かが投げた石が、カツン、と音を立ててユナの足元の床を打った。それが合図だった。次々と、石や泥や腐った野菜が、彼女が立つはずの神聖なバルコニーへと投げつけられる。
「ひっ…!」
ユナは悲鳴を上げ、這うようにして宮殿の奥へと逃げ込んだ。彼女の栄華は、それを支えていた民衆自身の怒りの手によって、あまりにもあっけなく引きずり下ろされたのだ。
自室に駆け込むと、彼女は震える手で、これまでに国から与えられた宝石やドレスを手当たり次第に鞄へ詰め込み始めた。
(もうおしまいだわ…!こんな国、こっちから捨ててやる!)
だが、裏口からこっそりと逃げ出そうとしたその時。
彼女の行く手を、冷たい表情の近衛兵たちが、鉄の壁となって塞いでいた。
「お待ちください、ユナ様。王子殿下からのご命令です」
「な、なによ!どきなさいよ!」
「『聖女様には、国の安寧のため、しばらく北の塔にて、お祈りに専念していただく』とのことです」
それは事実上の幽閉宣告だった。エドウィンは、自らが招いた災厄の全ての責任を、価値がなくなった道具であるユナ一人に押し付けようとしているのだ。
「いやっ!離して!」
ユナの悲鳴は誰の耳にも届くことなく、王城の冷たい石壁に虚しく吸い込まれていった。
王都の希望が完全に潰えたその日。
まるで計ったかのような完璧なタイミングで、その報せは城門を駆け巡った。
「──ヴァルテンベルク公爵様が、ご到着なされたぞ!」
病に苦しむ民衆の間にどよめきが走る。
やがて、固く閉ざされていた城門がゆっくりと開かれていく。
そこから現れたのは、ユリウス公爵と、その隣に立つ私の姿だった。
私たちの後ろには武装した騎士団ではなく、薬草や清潔な食料を山と積んだ何台もの荷馬車が続いている。
「我々は、王都を救うための支援物資と、専門の技術者をお連れした」
ユリウスが掲げた、あまりにも正当で慈悲に満ちた大義名分に、もはや誰も反対することなどできない。
道沿いに集まった人々は、最初は遠巻きに様子を窺っていた。だが、ユリウスの揺るぎない統治者としての威厳と、私の静かだが人々を案じる真摯な眼差しに、彼らの心に消えかけていた最後の希望の灯が、再びともり始めた。
「公爵様…!」
「あのお方が、噂の…『香りの魔術師』様か…?」
囁きは、やがて熱を帯びた歓声へと変わっていく。王都の民は、藁にもすがる思いで、私たちを最後の救世主として迎え入れたのだ。
私たちは、その歓声の中をまっすぐに王城前の大広場へと向かった。
私が、かつて「偽物」の烙印を押された、あの屈辱の場所。
広場に到着し、私が感慨と共にその石畳を見つめていた、その時だった。
「──よくも、ぬけぬけと、戻ってきたな!」
宮殿の扉が乱暴に開け放たれ、王子エドウィンが怒りに顔を歪ませて飛び出してきた。その髪は乱れ、瞳はパラノイアに濁っている。もはや、かつての冷静で傲慢な王子の面影はどこにもなかった。
彼は、広場に集まった全ての民衆の前で、私とユリウスを震える指で指し示した。
「裏切り者のユリウス!そして、国を惑わす魔女め!」
そのヒステリックな叫び声が、広場に響き渡る。
「この疫病、貴様らが仕組んだのだろう!我が国を内側から弱らせ、その隙に乗じて王位を簒奪するために!」
その狂気に満ちた告発に、民衆は再び不安と混乱の渦に叩き込まれる。
だが、その狂気の中心で、ユリウスだけはどこまでも冷静だった。
彼は、エドウィンの子供のような罵詈雑言を静かに最後まで聞くと、やがてその口元に氷のようなかすかな笑みを浮かべた。
そして、広場全体に響き渡る明瞭な声で言い放った。
「──ならば、ここで証明しようではありませんか」
彼は絶句するエドウィンと、そして広場に集まった全ての民衆を見渡し、最後の切り札を切った。
「どちらが、この国を救う真の力を持つのか。そして、どちらが、民を欺く偽り者か」
彼は天を指さす。
「神々と、そしてここにいる全ての民衆の前で、決着をつけようぞ!」
それは、もはや誰にも覆すことのできない公開対決の宣言だった。エドウィンは、自らが放った言葉によって、自ら断頭台へと登ってしまったのだ。
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