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第30話:新しい時代の幕開け
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あの日、薔薇の庭園で交わされた誓い。それはもはや、私とユリウス二人だけの秘密ではなかった。翌日、摂政となったユリウスは、アステル王国の未来を背負う者として、王城の玉座の間で全ての重臣たちを前に、私との婚約を正式に発表した。
「本日をもって、我が公国の技術官リーナを、生涯の伴侶とすることを、ここに宣言する」
彼の静かだが揺るぎない声が、荘厳な広間に響き渡る。その声は、かつての王エドウィンの空虚な演説とは全く違う、国を導く確かな意志に満ちていた。一瞬の静寂の後、老神官テオドールを始めとする良識派の貴族たちから、温かい拍手が沸き起こった。彼らはこの婚約が単なる政略や若き摂政の気まぐれな恋愛ではなく、国の未来を盤石にするための最も賢明な一手であることを正しく理解していたのだ。この国の真の再建は、この瞬間から始まると、誰もが予感していた。
もちろん、平民である私の台頭を快く思わない保守的な貴族たちもいた。彼らの多くは、ユリウスの政策によって既得権益を脅かされ、私をただの「新興勢力」と見下していた。しかし、彼らもまた、この婚約が国を救った「聖女」の力、そして彼女を熱狂的に支持する民衆の心を完全に味方につけるための完璧な一手であることを認めざるを得ず、不満の声を上げることはできなかった。彼らが選択できたのは、ただ沈黙を守ることだけだった。
その報せは、瞬く間に王都を駆け巡った。それはあたかも、乾いた草原に放たれた火のように、あっという間にアステル王国全土へと広がっていく。
民衆は、その報せに熱狂した。王都の広場や市場では、喜びの声が飛び交う。
「我らが聖女様と、賢君ユリウス摂政殿が、ご婚約!」
「なんと、おめでたいことだ!神よ、この二人に祝福を!」
「これで、この国もようやく本当の夜明けを迎えられる!」
人々は、私たちの結びつきに自らの幸福な未来を重ね合わせ、心からの祝福を送ってくれた。その純粋な喜びに、私は胸が熱くなるのを感じた。
だが、私はただユリウスの隣で微笑んでいるだけのお飾りの公爵夫人になるつもりは毛頭なかった。その役割は、私にはあまりにも物足りなく、そしてこの国の未来にはあまりにも無力に思えた。
婚約が発表されてから数日後、私は夜遅くまで執務に追われるユリウスの書斎を訪れた。彼は疲労を隠すように、書類の山から顔を上げた。
「どうした、リーナ。疲れたのか」
私は彼に、この数日間温めてきた計画書をそっと差し出した。分厚い書類の束には、私の新しい夢が詰まっていた。
「これは…?」
「私の新しい夢、です」
その計画書に記されていたのは、「国立薬草研究所」の設立案だった。私は震える声を抑え、自分の言葉でその夢を彼に語り始めた。
「私はこの旅を通して、多くの人々が、本来なら助かるはずの病や怪我で命を落としていくのを見てきました。それは、高価な薬が手に入らなかったり、正しい知識が隅々まで行き届いていなかったりするからです。この国の民は、あまりにも無知と貧困によって命を奪われすぎています」
私の声には自然と熱がこもる。
「私はこの国に、新しい医療の礎を築きたいのです。この土地に自生する薬草を研究し、誰もが身分に関係なく、安価で効果の高い薬の恩恵を受けられるようにしたい。そして、私が持つ香りの知識を活かして、街の衛生環境を根本から改善し、疫病そのものが発生しにくい、清潔で安全な国を作りたいのです」
それは、公爵夫人として、あるいは未来の王妃として安穏と暮らすことを完全に否定する、私の宣戦布告にも似た決意表明だった。
ユリウスは黙って私の言葉を聞いていた。差し出された計画書にゆっくりと目を通していくその真剣な眼差しに、私は息をのんで彼の言葉を待った。ページをめくるたびに、彼の表情は少しずつ変わっていく。驚きから、やがて深い思索へと。
やがて、彼は顔を上げた。その瞳には、驚きと、そしてこれ以上ないほどの深い誇りの色が浮かんでいた。
「…素晴らしい」
心からの、偽りのない声だった。
「お前は、ただ人々を癒すだけではない。この国の未来そのものを癒し、育てようとしているのだな」
彼は椅子から立ち上がると、その計画書を恭しく両手で受け取った。まるで、それが何よりも尊い宝物であるかのように。
「リーナ。その夢、私が約束しよう。これはお前個人の夢ではない。このアステル王国が、国家の威信をかけて取り組むべき最重要事業とする」
彼の「知略」と、私の「癒し」。その日を境に、私たちの二人三脚による国の統治が本格的に始まった。
ユリウスは摂政として、エドウィンが腐敗させた国の制度改革に大鉈を振るった。能力のない家柄だけの貴族を要職から外し、身分に関係なく有能な人材を登用していく。北の鉱山で、最後まで民のために戦ったグレゴール隊長のような実直な軍人が、今や王国の軍事の中枢を担っていた。彼の改革は、古い貴族たちの反発を招きながらも、着実に国を立て直していった。
一方、私はユリウスが与えてくれた潤沢な予算と、優秀な学者たちと共に、研究所の設立準備に没頭した。王都の貧民街に試験的に衛生改善のための浄化香を設置し、その効果を検証する。また、各地の薬草を収集し、その成分を分析し、新しい薬のレシピを夜遅くまで研究し続けた。私たちの研究所は、知識と希望を育む、新しい時代の礎となっていた。
時折、私たちは国の重要政策を決定する作戦会議の場で意見を戦わせることもあった。それは、重臣たちの前でも全く変わらない。
「この関税を引き下げれば、確かに隣国からの物資は入りやすくなるでしょう。ですが、その分、国内の小規模な薬草農家が立ち行かなくなってしまう恐れがあります」
「…なるほど。では、農家への補助金を手厚くし、同時にお前の研究所で付加価値の高い新しい薬草の栽培方法を、彼らに指導するのはどうだ?」
「それなら…!」
摂政であるユリウスと、一介の技術者である私が、国の未来について対等なパートナーとして真剣に議論を交わす。その光景は、古い慣習に縛られていた重臣たちにとって、まさに新しい時代の到来を告げる象徴的な光景となっていた。
季節は巡り、長く厳しかった冬が過ぎ、王都に、人々が長い間忘れかけていた、本当の春が訪れた。街には活気が戻り、人々の顔に笑顔が溢れている。王都の一角では、私の夢の城である「国立薬草研究所」の壮大な建設工事が順調に進んでいた。その槌音は、新しい時代の希望に満ちた心臓の鼓動のようだった。
街のあちこちで、人々が嬉しそうに同じ噂話をしていた。
「もうすぐ、公爵様とリーナ様のご婚儀だな」
「ああ、春の一番、花が美しい日に行われるそうだ」
「きっと、素晴らしいお式になるだろうな」
国中が、私たちの未来を、そしてこの国の新しい未来を祝福する、温かい幸福なムードに包まれていた。
「本日をもって、我が公国の技術官リーナを、生涯の伴侶とすることを、ここに宣言する」
彼の静かだが揺るぎない声が、荘厳な広間に響き渡る。その声は、かつての王エドウィンの空虚な演説とは全く違う、国を導く確かな意志に満ちていた。一瞬の静寂の後、老神官テオドールを始めとする良識派の貴族たちから、温かい拍手が沸き起こった。彼らはこの婚約が単なる政略や若き摂政の気まぐれな恋愛ではなく、国の未来を盤石にするための最も賢明な一手であることを正しく理解していたのだ。この国の真の再建は、この瞬間から始まると、誰もが予感していた。
もちろん、平民である私の台頭を快く思わない保守的な貴族たちもいた。彼らの多くは、ユリウスの政策によって既得権益を脅かされ、私をただの「新興勢力」と見下していた。しかし、彼らもまた、この婚約が国を救った「聖女」の力、そして彼女を熱狂的に支持する民衆の心を完全に味方につけるための完璧な一手であることを認めざるを得ず、不満の声を上げることはできなかった。彼らが選択できたのは、ただ沈黙を守ることだけだった。
その報せは、瞬く間に王都を駆け巡った。それはあたかも、乾いた草原に放たれた火のように、あっという間にアステル王国全土へと広がっていく。
民衆は、その報せに熱狂した。王都の広場や市場では、喜びの声が飛び交う。
「我らが聖女様と、賢君ユリウス摂政殿が、ご婚約!」
「なんと、おめでたいことだ!神よ、この二人に祝福を!」
「これで、この国もようやく本当の夜明けを迎えられる!」
人々は、私たちの結びつきに自らの幸福な未来を重ね合わせ、心からの祝福を送ってくれた。その純粋な喜びに、私は胸が熱くなるのを感じた。
だが、私はただユリウスの隣で微笑んでいるだけのお飾りの公爵夫人になるつもりは毛頭なかった。その役割は、私にはあまりにも物足りなく、そしてこの国の未来にはあまりにも無力に思えた。
婚約が発表されてから数日後、私は夜遅くまで執務に追われるユリウスの書斎を訪れた。彼は疲労を隠すように、書類の山から顔を上げた。
「どうした、リーナ。疲れたのか」
私は彼に、この数日間温めてきた計画書をそっと差し出した。分厚い書類の束には、私の新しい夢が詰まっていた。
「これは…?」
「私の新しい夢、です」
その計画書に記されていたのは、「国立薬草研究所」の設立案だった。私は震える声を抑え、自分の言葉でその夢を彼に語り始めた。
「私はこの旅を通して、多くの人々が、本来なら助かるはずの病や怪我で命を落としていくのを見てきました。それは、高価な薬が手に入らなかったり、正しい知識が隅々まで行き届いていなかったりするからです。この国の民は、あまりにも無知と貧困によって命を奪われすぎています」
私の声には自然と熱がこもる。
「私はこの国に、新しい医療の礎を築きたいのです。この土地に自生する薬草を研究し、誰もが身分に関係なく、安価で効果の高い薬の恩恵を受けられるようにしたい。そして、私が持つ香りの知識を活かして、街の衛生環境を根本から改善し、疫病そのものが発生しにくい、清潔で安全な国を作りたいのです」
それは、公爵夫人として、あるいは未来の王妃として安穏と暮らすことを完全に否定する、私の宣戦布告にも似た決意表明だった。
ユリウスは黙って私の言葉を聞いていた。差し出された計画書にゆっくりと目を通していくその真剣な眼差しに、私は息をのんで彼の言葉を待った。ページをめくるたびに、彼の表情は少しずつ変わっていく。驚きから、やがて深い思索へと。
やがて、彼は顔を上げた。その瞳には、驚きと、そしてこれ以上ないほどの深い誇りの色が浮かんでいた。
「…素晴らしい」
心からの、偽りのない声だった。
「お前は、ただ人々を癒すだけではない。この国の未来そのものを癒し、育てようとしているのだな」
彼は椅子から立ち上がると、その計画書を恭しく両手で受け取った。まるで、それが何よりも尊い宝物であるかのように。
「リーナ。その夢、私が約束しよう。これはお前個人の夢ではない。このアステル王国が、国家の威信をかけて取り組むべき最重要事業とする」
彼の「知略」と、私の「癒し」。その日を境に、私たちの二人三脚による国の統治が本格的に始まった。
ユリウスは摂政として、エドウィンが腐敗させた国の制度改革に大鉈を振るった。能力のない家柄だけの貴族を要職から外し、身分に関係なく有能な人材を登用していく。北の鉱山で、最後まで民のために戦ったグレゴール隊長のような実直な軍人が、今や王国の軍事の中枢を担っていた。彼の改革は、古い貴族たちの反発を招きながらも、着実に国を立て直していった。
一方、私はユリウスが与えてくれた潤沢な予算と、優秀な学者たちと共に、研究所の設立準備に没頭した。王都の貧民街に試験的に衛生改善のための浄化香を設置し、その効果を検証する。また、各地の薬草を収集し、その成分を分析し、新しい薬のレシピを夜遅くまで研究し続けた。私たちの研究所は、知識と希望を育む、新しい時代の礎となっていた。
時折、私たちは国の重要政策を決定する作戦会議の場で意見を戦わせることもあった。それは、重臣たちの前でも全く変わらない。
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「…なるほど。では、農家への補助金を手厚くし、同時にお前の研究所で付加価値の高い新しい薬草の栽培方法を、彼らに指導するのはどうだ?」
「それなら…!」
摂政であるユリウスと、一介の技術者である私が、国の未来について対等なパートナーとして真剣に議論を交わす。その光景は、古い慣習に縛られていた重臣たちにとって、まさに新しい時代の到来を告げる象徴的な光景となっていた。
季節は巡り、長く厳しかった冬が過ぎ、王都に、人々が長い間忘れかけていた、本当の春が訪れた。街には活気が戻り、人々の顔に笑顔が溢れている。王都の一角では、私の夢の城である「国立薬草研究所」の壮大な建設工事が順調に進んでいた。その槌音は、新しい時代の希望に満ちた心臓の鼓動のようだった。
街のあちこちで、人々が嬉しそうに同じ噂話をしていた。
「もうすぐ、公爵様とリーナ様のご婚儀だな」
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