捨てられ聖女は、隣国で”香りの魔術師”として覚醒しました~冷徹公爵様の心を癒すのは、私だけの調香術です~

YY

文字の大きさ
31 / 32

第31話:祝福の香り

しおりを挟む
結婚式の朝は、完璧な青空に祝福されるように訪れた。清々しく穏やかな空気が王都全体を包み込み、今日という特別な日を告げている。
王城の一室で、私は侍女たちの手によって花嫁へと姿を変えていく。鏡に映る私の体を包むのは、ユリウスから贈られたウェディングドレス。何千もの小さな真珠が丹念に縫い付けられたシルクの生地は、動くたびに月光を織り上げたように柔らかな光を放っていた。その純白の輝きは、私たちが歩んできた苦難の日々が、この日を境に光り輝く未来へと変わることを、静かに語りかけているようだった。
「まあ、リーナ様……本当に、お美しい……」
筆頭侍女のエルスベスが、感極まってそっと涙を拭う。彼女の後ろには、わざわざ北の鉱山町からはるばる駆けつけてくれた、グレゴール隊長の奥様の姿もあった。武骨な夫とは対照的な、太陽のように明るい彼女もまた、自分のことのように目元を潤ませている。この世界に来てずっと孤独だと思っていた私に、いつの間にかこんなにも温かい、家族のような人々ができていた。その事実に、私の胸もまた熱くなる。彼らの祝福が、何よりも私にとっての宝物だった。
全ての支度が終わり、侍女たちが部屋を辞すると、私は一人、鏡台の前に座った。そこに置かれた小さな水晶の香水瓶を手に取る。他でもない私自身が、この日のためだけに心を込めて調合した、特別な香り。
私は、その香水をそっと手首につける。ふわりと立ち上ったのは、私とユリウスのこれまでの歩みを物語る、三つの香り。
まず、土台となるベースノートは、深く心を落ち着かせる白檀(サンダルウッド)。幾多の苦難を乗り越え、築き上げられた私たちの揺るぎない絆の強さを象徴する。
次に、中心となるハートノートは、甘く神聖な乳香(フランキンセンス)。彼が私を信じ、私が彼を癒した、お互いへの絶対的な信頼を表す。
そして、第一印象を決めるトップノートは、太陽のように明るく希望に満ちた橙花(ネロリ)。これから二人で築いていく、輝かしい未来への幸福な願いを込めて。
この香りを纏うことで、私の準備は本当に完了した。それは単なる身支度ではなく、私自身が過去と向き合い、未来への決意を固める儀式だった。
王都の大聖堂は、その歴史上、これほど多くの人々の熱気に満ち溢れたことはなかっただろう。身分の高い貴族も、質素な身なりの民衆も、全ての垣根を越えてこの日のために集まっていた。ステンドグラスから差し込む光が、きらきらと人々の顔を照らす。その一人一人の表情から、この結婚が新しい時代への希望として受け止められていることが伝わってきた。
やがて、重厚な扉がゆっくりと開かれていく。広間の全てのざわめきがぴたりと止んだ。
その入り口に、父代わりとなってくれた老神官テオドール様の腕にそっと手を添えて、私は立っていた。
「リーナ様。お幸せに」
彼は本当の父親のような優しい声でそう囁き、私の背をそっと押してくれた。荘厳なパイプオルガンの音色に導かれ、私たちはバージンロードをゆっくりと、一歩また一歩と進んでいく。その一歩ごとに、私の心は高鳴り、この国の未来への期待が膨らんでいった。
祭壇の上で、ユリウスが私を待っていた。純白の儀礼用の軍服に身を包んだ彼は、いつも以上に凛々しく、神々しいほどに美しい。彼が私の姿を認めた瞬間、その常に冷静さを失わないアイスブルーの瞳が、驚きと感嘆に大きく見開かれるのを、私は確かに見た。その表情だけで、もう十分に幸せだった。この世にこれ以上ないほどの喜びが、彼の瞳の中に満ちていたからだ。
祭壇の上で、私たちは向かい合った。そして、神と、この国に生きる全ての人々の前で、永遠の愛を誓う。それは、誰もが知る定型文の誓いではなかった。私たち二人だけの、心のこもった誓いの言葉だった。
「私は、ユリウス・フォン・ヴァルテンベルク。ここにいるリーナを、ただ妻としてだけではなく、私の最も信頼する、対等なパートナーとして、生涯、愛し、敬い、支え続けることを誓います」
「私は、リーナ。ここにいるユリウス様を、ただ夫としてだけではなく、私の最も敬愛する、対等なパートナーとして、生涯、愛し、敬い、支え続けることを誓います」
その誓いは、私たちのこれまでの物語の集大成であり、これからの物語の始まりを告げるものだった。
式の後、私たちは王城の一番高い場所にあるバルコニーに立った。眼下には、広場を埋め尽くした無数の民衆。私たちが姿を現すと、まるで大地を揺るがすような、割れんばかりの歓声が沸き起こった。
空にはどこまでも浄化された青空が広がり、祝福の色とりどりの花びらが、美しい雪のようにひらひらと舞い落ちてくる。その熱狂の渦の中で、ユリウスがそっと私を彼の腕の中へと優しく引き寄せた。大観衆が見守る前で、その唇を私の唇にそっと重ね合わせた。
深く、そしてどこまでも優しい口づけ。その光景に、民衆の歓声はもはや絶叫に近い、最高潮の熱狂へと達していた。その祝福の音が、私たちの新しい未来を告げるファンファーレのように聞こえた。
華やかな祝宴は夜遅くまで続いた。誰もが飲み、歌い、私たちの新しい門出を心から祝福してくれていた。
その喧騒の真っただ中で、ユリウスが私の目を見て、悪戯っぽく微笑んだ。そして、誰にも気づかれないように私の手を引いた。私たちはまるで共犯者のように笑みを交わし、華やかな会場をそっと抜け出した。
二人で手を取り合い、月明かりが差し込む静かな廊下を歩いていく。目指す先は、この日のために新しく用意された、私たちの新しい部屋。ここから、私たちの本当の「夫婦」としての新しい生活が始まるのだ。
祝宴の賑やかな音楽と人々の楽しげな笑い声が遠くに聞こえる。その全てが、まるで私たちの未来を祝福する子守歌のようだった。
温かな幸福感に満たされながら、この祝福に満ちた一日はゆっくりと幕を閉じていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも
恋愛
転生したのは、web小説の世界だった。物語が始まる前の時間、隣国の竜王へ嫁ぐ薄幸の王女、デジレに。 結婚相手である竜王ワッツァは、冷酷非道で人間を蔑む恐ろしい竜人だ。彼はデジレを、半竜(半分竜で半分人間)である息子の養育係としかみていない。けれどその息子バートラフこそ、前世の「わたし」の最オシだった。 この世界のバートラフはまだ5歳。懸命に悪ガキぶっているけど、なんてかわいいの!? 小説のバートラフは、闇落ちして仲間の騎士たちに殺されてしまうけど、そんな未来は、絶対に許さないんだから!  幼いバートラフに対する、愛情いっぱいの子育ての日々が始まる。やがて彼の成竜への通過儀礼を経て、父の竜王は、デジレに対して執着を見せ始める。 ところが、竜と人間の戦争が始まってしまう。おとなになったバートラフは人間側につき、聖女の騎士団に入った。彼は、父の竜王に刃を向けられるのか? そして、転生者デジレに与えられたスキル「プロットを破断する者」を、彼女はどう発動させるのか。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

追放聖女の薬草店~光らない無能と言われた私の治癒力は、最強騎士団長の呪いにだけ効くようです。辺境で始める溺愛スローライフ~

黒崎隼人
恋愛
「君の力だけが、俺を救ってくれる」 派手な光を放つ魔法が使えず、「光らない無能」として国を追放された聖女エリナ。 彼女は辺境の村で廃屋を買い取り、念願だった薬草店をオープンする。 相棒の精霊獣ポポと共にスローライフを始めたある嵐の夜、店の前に倒れていたのは、国の最強騎士団長ゼフィルだった。 「黒竜の呪い」に侵され、あらゆる魔法を受け付けない彼の体。 しかし、エリナの持つ「細胞そのものを活性化させる」地味な治癒力だけが、彼の呪いを解く唯一の鍵で……!? 無能扱いされた聖女と、余命わずかの最強騎士。 二人が辺境で紡ぐ、温かくて幸せな再生と溺愛の物語。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします

紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド  どこにでも居る普通の令嬢レージュ。  冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。  風魔法を使えば、山が吹っ飛び。  水魔法を使えば大洪水。  レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。  聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。  一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。 「その命。要らないなら俺にくれないか?」  彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。  もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!  ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。  レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。  一方、レージュを追放した帝国は……。

騎士団長を追放した平和ボケ王国は、七日で滅びました

藤原遊
ファンタジー
長らく戦のなかった王国で、 騎士団長の父を病で失った令嬢は、その座を引き継いだ。 だが王城に呼び出された彼女に告げられたのは、 騎士団の解体と婚約破棄。 理由はただ一つ―― 「武力を持つ者は危険だから」。 平和ボケした王子は、 非力で可愛い令嬢を侍らせ、 彼女を“国の火種”として国外追放する。 しかし王国が攻められなかった本当の理由は、 騎士団長家が持つ“戦況を覆す力”への恐れだった。 追放された令嬢は、即座に隣国帝国へ迎えられ、 軍人として正当に評価され、安泰な地位を得る。 ――そして一週間後。 守りを捨てた王国は、あっけなく陥落した。 これは、 「守る力」を理解しなかった国の末路と、 追放された騎士団長令嬢のその後の物語。

処理中です...