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5話:討伐隊との対峙と逃走(後編)
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塔の下から、地面を揺らすような足音と、金属が擦れ合う音が聞こえ始めた。ざわめきが、徐々に明確な人の声へと変わっていく。
「あそこだ!塔の中に竜がいるぞ!」
「歌姫もろとも捕らえよ!」
怒号が夜の静寂を切り裂いた。王宮精鋭部隊の掲げる松明の炎が、森の木々の間から点々と見え隠れする。その数は、想像していたよりもはるかに多い。彼らはすでに塔の包囲を始めていた。騎士たちの鎧が月の光を鈍く反射し、その物々しい雰囲気が、私を再び絶望の淵へと引きずり込もうとする。しかし、私はゼノスの手を強く握りしめ、目を閉じない。私の心は、もう二度と、あの孤独な暗闇には戻らないと誓っていた。
「ゼノス……」
私は彼の名を呼び、彼の腕にしがみついた。私には、彼を守るためのたった一つの方法しかない。それは、私の歌だ。これまで恐れてきた、私自身の「呪われた」歌声。しかし、今は違う。この歌声は、私とゼノスを繋ぐ、唯一の希望なのだ。
ゼノスは私を抱き寄せ、その大きな体で私を隠すようにした。
「リリア、無理はするな。君の身が危なくなる」
彼の声には、深い愛情と、それでも私を巻き込むことへの躊躇いが入り混じっていた。
「無理じゃないわ。これが私の、私にしかできないことだから」
私はゼノスの腕の中で、顔を上げ、彼の瞳をまっすぐに見つめた。彼の蒼い瞳が、私の中の揺るぎない決意を映し出す。彼は一瞬ためらった後、小さく頷いた。その沈黙が、私への信頼を物語っていた。
騎士たちが塔の入り口を破ろうと、荒々しい音を立て始めた。刻一刻と、時間が迫っている。私は大きく息を吸い込んだ。肺いっぱいに夜の冷たい空気が満たされる。私は、生まれて初めて、誰かのために、心を込めて歌った。
私の歌声は、塔の石壁を震わせ、夜空へと響き渡った。それは、かつて「人を惑わす」とされた、透き通るような美しい旋律だった。歌は、私の心に深く宿る悲しみと、ゼノスへの揺るぎない愛、そして未来への希望を乗せて、森の奥深くへと広がっていく。
塔の目前に迫っていた討伐隊が、私の歌声を聞き、ざわめきを止めた。彼らの中には、顔色を変え、剣を握る手がわずかに緩む者もいた。その中に、かつて王宮で私の歌を高く評価した、あの老いた王宮楽師の姿が見えた。彼の顔には、驚きと、深い感銘、そしてわずかな苦痛が浮かんでいる。彼こそが、幼い私に「その歌は、いつか世界を救う光になる」と囁いた、ただ一人の理解者だった。
私の歌は「共鳴」によって心に届く。聞き手が感情を封じているほど、より深く届くのだ。それは兵器ではない、心に語りかける力。リリアの歌声と、ゼノスを守りたいという強い“想い”が重なった時、特定の者たちの心を捉え、動きを鈍らせる。王宮楽師は、まるで何かに取り憑かれたかのように、その場で立ち尽くした。彼の目からは、大粒の涙が流れ落ちている。彼の心の中の、長年封じ込めていた「音楽への純粋な愛」や「リリアの歌への理解」が、今、溢れ出しているのが分かった。他の騎士たちも、その場に立ちすくんだり、武器を落としかけたりする者が続出した。彼らの顔には、戸惑い、そして微かな安堵のような表情が浮かんでいる。彼らの中にも、きっと、隠された悲しみや、心を閉ざした過去があったのだろう。
「今だ!」
ゼノスの声が、私の耳元で響いた。彼が私を抱きかかえ、塔の窓から勢いよく飛び立った。竜の巨大な翼が、夜の空気を切り裂く。私の歌声は、塔に残された騎士たちに届き続けていた。彼らが我に返り、追跡を始めるまでには、きっとわずかな時間稼ぎにしかならないだろう。それでも、そのわずかな「間」こそが、私たちに必要な全てだった。
夜風が顔を打ち、塔の景色がみるみるうちに遠ざかっていく。ゼノスの背にしっかりと掴まりながら、私は下を見下ろした。松明の炎が点のように小さくなり、やがて闇に溶けていった。もう、あの塔の暮らしには戻らない。私の歌は、もう「呪い」ではない。この空を自由に飛び回る、ゼノスの翼と共にある。
私の歌は、ゼノスというたった一人の心に届いた。そして、その歌は、閉ざされた心を開く力があることを証明した。私は、歌姫としての「呪い」を受け入れたのではない。歌姫として、私の歌を「光」に変えることを、この空の下で誓ったのだ。
「あそこだ!塔の中に竜がいるぞ!」
「歌姫もろとも捕らえよ!」
怒号が夜の静寂を切り裂いた。王宮精鋭部隊の掲げる松明の炎が、森の木々の間から点々と見え隠れする。その数は、想像していたよりもはるかに多い。彼らはすでに塔の包囲を始めていた。騎士たちの鎧が月の光を鈍く反射し、その物々しい雰囲気が、私を再び絶望の淵へと引きずり込もうとする。しかし、私はゼノスの手を強く握りしめ、目を閉じない。私の心は、もう二度と、あの孤独な暗闇には戻らないと誓っていた。
「ゼノス……」
私は彼の名を呼び、彼の腕にしがみついた。私には、彼を守るためのたった一つの方法しかない。それは、私の歌だ。これまで恐れてきた、私自身の「呪われた」歌声。しかし、今は違う。この歌声は、私とゼノスを繋ぐ、唯一の希望なのだ。
ゼノスは私を抱き寄せ、その大きな体で私を隠すようにした。
「リリア、無理はするな。君の身が危なくなる」
彼の声には、深い愛情と、それでも私を巻き込むことへの躊躇いが入り混じっていた。
「無理じゃないわ。これが私の、私にしかできないことだから」
私はゼノスの腕の中で、顔を上げ、彼の瞳をまっすぐに見つめた。彼の蒼い瞳が、私の中の揺るぎない決意を映し出す。彼は一瞬ためらった後、小さく頷いた。その沈黙が、私への信頼を物語っていた。
騎士たちが塔の入り口を破ろうと、荒々しい音を立て始めた。刻一刻と、時間が迫っている。私は大きく息を吸い込んだ。肺いっぱいに夜の冷たい空気が満たされる。私は、生まれて初めて、誰かのために、心を込めて歌った。
私の歌声は、塔の石壁を震わせ、夜空へと響き渡った。それは、かつて「人を惑わす」とされた、透き通るような美しい旋律だった。歌は、私の心に深く宿る悲しみと、ゼノスへの揺るぎない愛、そして未来への希望を乗せて、森の奥深くへと広がっていく。
塔の目前に迫っていた討伐隊が、私の歌声を聞き、ざわめきを止めた。彼らの中には、顔色を変え、剣を握る手がわずかに緩む者もいた。その中に、かつて王宮で私の歌を高く評価した、あの老いた王宮楽師の姿が見えた。彼の顔には、驚きと、深い感銘、そしてわずかな苦痛が浮かんでいる。彼こそが、幼い私に「その歌は、いつか世界を救う光になる」と囁いた、ただ一人の理解者だった。
私の歌は「共鳴」によって心に届く。聞き手が感情を封じているほど、より深く届くのだ。それは兵器ではない、心に語りかける力。リリアの歌声と、ゼノスを守りたいという強い“想い”が重なった時、特定の者たちの心を捉え、動きを鈍らせる。王宮楽師は、まるで何かに取り憑かれたかのように、その場で立ち尽くした。彼の目からは、大粒の涙が流れ落ちている。彼の心の中の、長年封じ込めていた「音楽への純粋な愛」や「リリアの歌への理解」が、今、溢れ出しているのが分かった。他の騎士たちも、その場に立ちすくんだり、武器を落としかけたりする者が続出した。彼らの顔には、戸惑い、そして微かな安堵のような表情が浮かんでいる。彼らの中にも、きっと、隠された悲しみや、心を閉ざした過去があったのだろう。
「今だ!」
ゼノスの声が、私の耳元で響いた。彼が私を抱きかかえ、塔の窓から勢いよく飛び立った。竜の巨大な翼が、夜の空気を切り裂く。私の歌声は、塔に残された騎士たちに届き続けていた。彼らが我に返り、追跡を始めるまでには、きっとわずかな時間稼ぎにしかならないだろう。それでも、そのわずかな「間」こそが、私たちに必要な全てだった。
夜風が顔を打ち、塔の景色がみるみるうちに遠ざかっていく。ゼノスの背にしっかりと掴まりながら、私は下を見下ろした。松明の炎が点のように小さくなり、やがて闇に溶けていった。もう、あの塔の暮らしには戻らない。私の歌は、もう「呪い」ではない。この空を自由に飛び回る、ゼノスの翼と共にある。
私の歌は、ゼノスというたった一人の心に届いた。そして、その歌は、閉ざされた心を開く力があることを証明した。私は、歌姫としての「呪い」を受け入れたのではない。歌姫として、私の歌を「光」に変えることを、この空の下で誓ったのだ。
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