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第2章:赤いタスクと二つの正義
第39話:感情的な判断の代償
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日が落ち、ワイバーンの生息する山は、一層不気味さを増していた。「風鳴りの山」の名にふさわしく、奇妙な風の音が絶えず響き、魔力乱流の不穏な気配が一行の心をざわつかせる。夜の闇がすべてを覆い隠し、昼間とは違う種類の危険が、すぐそばに潜んでいることを肌で感じさせた。
ケンジたちは、ワイバーンの巣から十分に距離を取った場所で、小さな焚き火を囲んで野営の準備をしていた。火の粉が夜空に舞い上がり、あたりをぼんやりと照らし出す。その光は、皆の表情をいつもより少しだけ感傷的に見せていた。揺らめく炎が、まるで彼らの心にある隠された感情を炙り出しているかのようだった。
昼間に発見した、あの簡素な墓標。
誰もその話題に触れようとはしなかったが、その記憶は皆の心に重くのしかかっていた。特にゴードンは、それ以来一言も口を利かなかった。彼は黙々と野営の準備をこなし、燃え盛る焚き火を見つめている。その巨大な背中は、いつも以上に重く、孤独に見えた。誰もが、彼の心に言葉にできない何かが渦巻いていることを察していた。
沈黙が支配する中、先に口を開いたのは、意外にもゴードンだった。
「……俺には、妹がいた」
その言葉に、ルリエルもシーナもケンジも言葉を失った。ゴードンは決して自分のことを語る男ではない。彼の過去については、誰も何も知らなかった。そんな彼が自ら重い口を開いたことに、皆は驚きを隠せない。その声は、焚き火の音にもかき消されそうなほど小さく、しかし、重く、切実だった。
ゴードンは、揺らめく炎を見つめながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「俺とは正反対の、明るくて元気な奴だった。冒険者になるのが、夢だったんだ」
彼の声は、いつもよりどこか震えているように聞こえた。深い感情を押し殺して話している証だった。言葉の一つ一つが、彼の心に刻まれた傷を再び抉るかのようだった。
「俺は反対した。危険な仕事だ。いつ死ぬか分からない。だが、あいつは聞かなかった。どうしても冒険者になりたいって、笑って……」
ゴードンは言葉を詰まらせた。かつて彼の妹が浮かべていただろう、明るい笑顔が脳裏に蘇る。その記憶の中の笑顔は、今の彼にとって、最も愛おしく、そして最も痛ましいものだった。
「あいつは俺の反対を押し切って、別のパーティに入った。腕は良かった。才能もあった。俺は、いつかあいつが俺と同じパーティに入ってくれる日を夢見ていた」
だが、その夢は叶うことはなかった。
ゴードンの言葉は、重くゆっくりと皆の心に響いていく。
「あいつのパーティリーダーは熱血漢だった。腕は立つ。だが、感情的で、無鉄砲な男だった。彼はダンジョン探索を『ロマン』だと呼んでいた」
ケンジの顔が険しくなる。彼はその言葉に、前世で経験した無能なプロジェクトリーダーたちの姿を重ねていた。計画も立てず、感情的な勢いだけで失敗を繰り返す者たち。その愚かさが、ゴードンの妹の命を奪ったのだと。
「あいつらは、とあるダンジョンに挑んだ。難易度が高く、数々のパーティが撤退を余儀なくされていた場所だ。だが、リーダーは『いける!』と叫んだ。根拠も計画もない、ただの感情的な判断だった」
ゴードンの声が怒りに震え始める。その怒りは、リーダーだけでなく、妹を止められなかった自分自身にも向けられているようだった。
「あいつは、ダンジョンの奥へと突き進んでいった。そして……罠にかかった」
ゴードンは言葉を詰まらせ、分厚い掌を固く握りしめた。その拳には、あの日の絶望と後悔が詰まっている。彼の視界の奥には、妹が最後に見た光景が鮮明に焼き付いているのだろう。
「……罠は、強力な魔力的な罠だった。一度かかれば脱出は不可能。全員、そこで……命を落とした」
ゴードンはそう言って深くため息をついた。その息は、彼の心にある深い悲しみと絶望をすべて吐き出しているかのようだった。焚き火の炎が、その悲しみを一層際立たせる。
沈黙が再び場を支配する。ルリエルは翡翠の瞳を潤ませ、シーナは何も言わずにただゴードンの背中を見つめていた。ケンジは、彼の話にただ静かに耳を傾けていた。
「俺は、あいつを止められなかった。俺は、あいつの夢を応援することしかできなかった。だが、それが、あいつを死なせたんだ……」
ゴードンの言葉には、深い後悔と自責の念が滲み出ていた。妹の死の原因は、無謀なリーダーの判断だけでなく、それを止められなかった自分にもあると感じていたのだ。その重すぎる責任感が、彼の心を何年も縛り付けていた。
「だから……俺は、感情的な判断が嫌いだ。根拠のない『いける!』は、命を奪う。計画と規律こそが、仲間を生かす唯一の道だ。俺は、もう二度と、仲間を失いたくない」
ゴードンは静かに、しかし力強く、そう締めくくった。彼の頑固なまでの規律重視は、妹を失った痛切な悲劇の裏返しだった。大切な仲間を失いたくない。そのために感情を押し殺し、冷徹なまでに規律を重んじるようになった。それは、彼なりの、仲間を守るための誓いだった。
パーティメンバーは、彼の背負うものの重さを知り、言葉を失っていた。ゴードンがなぜ、ケンジの論理的な作戦に、あれほどまでに信頼を寄せているのか。その理由が、今、ようやく明らかになった。
ルリエルは、ケンジの作戦に何度も反発してきた自分を恥じた。彼女は魔法の才能に驕り、感情に突き動かされて無謀な行動をしようとしたことがあった。もしケンジがいなければ、あのリーダーと同じような判断をして、仲間を危険に晒していたかもしれない。ルリエルはゴードンの言葉を通して、ケンジの論理的な思考と、それに従うことの重要性を心から理解した。
シーナもまた、何も言わずに、ただゴードンの背中を見つめていた。裏社会で生きてきた彼女にとって、感情を押し殺すことは生き残るための術だった。だが、ゴードンの告白を聞いて、その裏にある深い悲しみと痛切な優しさを初めて知った。頑固なまでの規律重視は、妹を失った悲劇から生まれた、大切な仲間を守るための願いだったのだ。
ケンジは、ゴードンの言葉にただ静かに頷いていた。彼の心には、ゴードンの抱える痛みが深く突き刺さっていた。
(ゴードン……あんたの痛みを、俺は無駄にはしない)
プロジェクトマネージャーとしての冷静な視点と、一人の仲間としての感情が重なり合うのを感じたケンジは、ゴードンの肩にそっと手を置いた。
「ゴードンさん。ありがとう」
ケンジの言葉に、ゴードンはゆっくりと振り返った。彼の瞳は、焚き火の炎に照らされ、かすかに揺れている。
「……何がだ?」
ゴードンはぶっきらぼうに尋ねた。
「あなたの過去を話してくれて。そして、僕たちに、この作戦の重要性を改めて教えてくれたことに」
ケンジは静かに微笑んだ。その笑顔は、ゴードンの心に温かい光を灯した。
「僕たちは、もう二度と仲間を失うようなことはしません。必ず、このワイバーン討伐というプロジェクトを成功させます」
ケンジの強い意志に、ゴードンは再び言葉を失った。彼の頑なだった心が、ケンジの言葉によって、少しだけ解き放たれたような気がした。肩に置かれたケンジの手の温かさが、彼の心にじんわりと染み渡る。
その夜の野営は、いつもよりも静かだった。だが、その静けさは決して孤独なものではなかった。焚き火の揺らめく炎が、彼らの絆を、より一層強く結びつけているかのようだった。
この旅は、ただの魔物討伐ではない。それは、仲間たちの心に刻まれた痛みを乗り越え、彼らの未来を希望に満ちたものへと変えていく、壮大なプロジェクトだった。
ケンジたちは、ワイバーンの巣から十分に距離を取った場所で、小さな焚き火を囲んで野営の準備をしていた。火の粉が夜空に舞い上がり、あたりをぼんやりと照らし出す。その光は、皆の表情をいつもより少しだけ感傷的に見せていた。揺らめく炎が、まるで彼らの心にある隠された感情を炙り出しているかのようだった。
昼間に発見した、あの簡素な墓標。
誰もその話題に触れようとはしなかったが、その記憶は皆の心に重くのしかかっていた。特にゴードンは、それ以来一言も口を利かなかった。彼は黙々と野営の準備をこなし、燃え盛る焚き火を見つめている。その巨大な背中は、いつも以上に重く、孤独に見えた。誰もが、彼の心に言葉にできない何かが渦巻いていることを察していた。
沈黙が支配する中、先に口を開いたのは、意外にもゴードンだった。
「……俺には、妹がいた」
その言葉に、ルリエルもシーナもケンジも言葉を失った。ゴードンは決して自分のことを語る男ではない。彼の過去については、誰も何も知らなかった。そんな彼が自ら重い口を開いたことに、皆は驚きを隠せない。その声は、焚き火の音にもかき消されそうなほど小さく、しかし、重く、切実だった。
ゴードンは、揺らめく炎を見つめながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「俺とは正反対の、明るくて元気な奴だった。冒険者になるのが、夢だったんだ」
彼の声は、いつもよりどこか震えているように聞こえた。深い感情を押し殺して話している証だった。言葉の一つ一つが、彼の心に刻まれた傷を再び抉るかのようだった。
「俺は反対した。危険な仕事だ。いつ死ぬか分からない。だが、あいつは聞かなかった。どうしても冒険者になりたいって、笑って……」
ゴードンは言葉を詰まらせた。かつて彼の妹が浮かべていただろう、明るい笑顔が脳裏に蘇る。その記憶の中の笑顔は、今の彼にとって、最も愛おしく、そして最も痛ましいものだった。
「あいつは俺の反対を押し切って、別のパーティに入った。腕は良かった。才能もあった。俺は、いつかあいつが俺と同じパーティに入ってくれる日を夢見ていた」
だが、その夢は叶うことはなかった。
ゴードンの言葉は、重くゆっくりと皆の心に響いていく。
「あいつのパーティリーダーは熱血漢だった。腕は立つ。だが、感情的で、無鉄砲な男だった。彼はダンジョン探索を『ロマン』だと呼んでいた」
ケンジの顔が険しくなる。彼はその言葉に、前世で経験した無能なプロジェクトリーダーたちの姿を重ねていた。計画も立てず、感情的な勢いだけで失敗を繰り返す者たち。その愚かさが、ゴードンの妹の命を奪ったのだと。
「あいつらは、とあるダンジョンに挑んだ。難易度が高く、数々のパーティが撤退を余儀なくされていた場所だ。だが、リーダーは『いける!』と叫んだ。根拠も計画もない、ただの感情的な判断だった」
ゴードンの声が怒りに震え始める。その怒りは、リーダーだけでなく、妹を止められなかった自分自身にも向けられているようだった。
「あいつは、ダンジョンの奥へと突き進んでいった。そして……罠にかかった」
ゴードンは言葉を詰まらせ、分厚い掌を固く握りしめた。その拳には、あの日の絶望と後悔が詰まっている。彼の視界の奥には、妹が最後に見た光景が鮮明に焼き付いているのだろう。
「……罠は、強力な魔力的な罠だった。一度かかれば脱出は不可能。全員、そこで……命を落とした」
ゴードンはそう言って深くため息をついた。その息は、彼の心にある深い悲しみと絶望をすべて吐き出しているかのようだった。焚き火の炎が、その悲しみを一層際立たせる。
沈黙が再び場を支配する。ルリエルは翡翠の瞳を潤ませ、シーナは何も言わずにただゴードンの背中を見つめていた。ケンジは、彼の話にただ静かに耳を傾けていた。
「俺は、あいつを止められなかった。俺は、あいつの夢を応援することしかできなかった。だが、それが、あいつを死なせたんだ……」
ゴードンの言葉には、深い後悔と自責の念が滲み出ていた。妹の死の原因は、無謀なリーダーの判断だけでなく、それを止められなかった自分にもあると感じていたのだ。その重すぎる責任感が、彼の心を何年も縛り付けていた。
「だから……俺は、感情的な判断が嫌いだ。根拠のない『いける!』は、命を奪う。計画と規律こそが、仲間を生かす唯一の道だ。俺は、もう二度と、仲間を失いたくない」
ゴードンは静かに、しかし力強く、そう締めくくった。彼の頑固なまでの規律重視は、妹を失った痛切な悲劇の裏返しだった。大切な仲間を失いたくない。そのために感情を押し殺し、冷徹なまでに規律を重んじるようになった。それは、彼なりの、仲間を守るための誓いだった。
パーティメンバーは、彼の背負うものの重さを知り、言葉を失っていた。ゴードンがなぜ、ケンジの論理的な作戦に、あれほどまでに信頼を寄せているのか。その理由が、今、ようやく明らかになった。
ルリエルは、ケンジの作戦に何度も反発してきた自分を恥じた。彼女は魔法の才能に驕り、感情に突き動かされて無謀な行動をしようとしたことがあった。もしケンジがいなければ、あのリーダーと同じような判断をして、仲間を危険に晒していたかもしれない。ルリエルはゴードンの言葉を通して、ケンジの論理的な思考と、それに従うことの重要性を心から理解した。
シーナもまた、何も言わずに、ただゴードンの背中を見つめていた。裏社会で生きてきた彼女にとって、感情を押し殺すことは生き残るための術だった。だが、ゴードンの告白を聞いて、その裏にある深い悲しみと痛切な優しさを初めて知った。頑固なまでの規律重視は、妹を失った悲劇から生まれた、大切な仲間を守るための願いだったのだ。
ケンジは、ゴードンの言葉にただ静かに頷いていた。彼の心には、ゴードンの抱える痛みが深く突き刺さっていた。
(ゴードン……あんたの痛みを、俺は無駄にはしない)
プロジェクトマネージャーとしての冷静な視点と、一人の仲間としての感情が重なり合うのを感じたケンジは、ゴードンの肩にそっと手を置いた。
「ゴードンさん。ありがとう」
ケンジの言葉に、ゴードンはゆっくりと振り返った。彼の瞳は、焚き火の炎に照らされ、かすかに揺れている。
「……何がだ?」
ゴードンはぶっきらぼうに尋ねた。
「あなたの過去を話してくれて。そして、僕たちに、この作戦の重要性を改めて教えてくれたことに」
ケンジは静かに微笑んだ。その笑顔は、ゴードンの心に温かい光を灯した。
「僕たちは、もう二度と仲間を失うようなことはしません。必ず、このワイバーン討伐というプロジェクトを成功させます」
ケンジの強い意志に、ゴードンは再び言葉を失った。彼の頑なだった心が、ケンジの言葉によって、少しだけ解き放たれたような気がした。肩に置かれたケンジの手の温かさが、彼の心にじんわりと染み渡る。
その夜の野営は、いつもよりも静かだった。だが、その静けさは決して孤独なものではなかった。焚き火の揺らめく炎が、彼らの絆を、より一層強く結びつけているかのようだった。
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