ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第2章:赤いタスクと二つの正義

第40話:作戦目標の再定義

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夜明けとともに、ケンジたちは野営地を後にし、風鳴りの山へと足を踏み入れた。昨夜のゴードンの話が、鉛のように重く心にのしかかる。それは、感情的な判断がいかに危険で、悲劇を招くかという痛切な教訓だった。

山に入ると、空気が一変する。微かに響く風の唸り声は、ワイバーンの咆哮に似て不気味だった。ケンジはタブレットを片手に、足元の植生を注意深く観察する。報告書にはなかった、不自然に黒く変色した葉や、硬質化した土壌。魔力乱流がこの山の生態系を蝕んでいる証拠だ。

ルリエルは遠見の魔法で、山の奥深くまで魔力の流れを追った。彼女の視界に映る魔力は、荒れ狂う海そのもの。不規則に渦を巻き、淀む魔力は、報告書にある「魔力乱流」をはるかに上回る規模だった。まるで、この山自体が大きな病を患っているかのようだった。

シーナは岩陰から身を乗り出し、鋭い視線で空を睨む。風の流れが、わずかに乱れた。ワイバーンが滑空した後の風の余韻だ。彼女は岩肌に残された爪痕、風化した糞、そして風の軌跡を繋ぎ合わせ、ワイバーンの出現パターンを分析する。その爪痕は、他のワイバーンのものより遥かに深く、岩盤を抉っていた。

ゴードンは誰よりも前を歩き、盾となって仲間を守っていた。彼の表情は、硬い岩のように動かない。しかし、その瞳の奥には、二度と同じ悲劇を繰り返させまいという、燃えるような決意が宿っていた。

数日間にわたる現地調査の結果、ケンジの頭の中には、一つの結論が導き出されていた。それは、「討伐」という手段が、最もリスクが高いということだ。

野営の夜。焚き火の炎がパチパチと音を立てる。その音だけが響く中、ケンジは皆の前にタブレットを置いた。

「皆さん。これまでの調査結果を統合・分析した結果、ワイバーン討伐という手段は、最もリスクが高いと結論付けました」

ケンジの言葉に、皆は顔を見合わせる。彼らはワイバーンを討伐するためにここに来た。その目的が否定されたことに、戸惑いを隠せない。

ルリエルが震える声で尋ねた。「なぜですの? ケンジさん。わたしたちは、討伐のために……」

ケンジは、彼女の信頼に満ちた瞳を見つめて答えた。「理由は三つあります」

彼はタブレットに三つのデータを投影した。

一つ目は、「ワイバーンの異常な攻撃性」。

「これまでの報告書を分析した結果、このワイバーンは、通常よりも遥かに神経質で攻撃性が高いことが分かりました。縄張りに侵入した相手を無闇に攻撃することはないはずが、この個体は目撃した冒険者を執拗に追いかけ、殺害している。まるで、何かにおびえているかのように」

二つ目は、「魔力乱流」。

「この魔力乱流は、ワイバーンの予測不能な動きを生む最大の要因です。私たちが討伐を試みれば、必ずその影響を受けます。いつ、どこからワイバーンが出現するか分からない、非常に危険な状況を作り出します」

そして三つ目は、ゴードンが重く口を閉ざした。

「ゴードンさんの妹の死に繋がった、あの無謀な判断です」

その言葉に、焚き火の音が途切れる。シーナは舌打ちを一つ、ルリエルは息を呑んだ。ゴードンは、硬く握りしめた拳を震わせる。

「ワイバーンは竜族の中でも特に知能が高い。僕たちが仕掛ける罠を簡単に見破る可能性が高い。もし罠が失敗し、ワイバーンを怒らせてしまえば……僕たちはあのリーダーと同じく、根拠のない『いける!』という感情的な判断に頼るしかなくなる。それは、ゴードンさんの妹が経験したような、悲劇を招く可能性があります」

ケンジの言葉は、ただの論理的な説明ではなかった。それは、ゴードンの過去を真っ直ぐに見つめ、二度と同じ過ちを繰り返させないという強い意志だった。

ゴードンの沈黙が、重く場を支配する。

先に口を開いたのは、シーナだった。彼女は腕を組み、冷ややかな視線をケンジに向ける。

「話は分かった。要するに、真っ向から戦うのは得策じゃねぇってことだろ。で? 結論はなんだ、ボス。お前がこの状況でただ立ち止まるようなタマだとは思えねぇ」

彼女は、ケンジが必ず次の手を持っていると確信していた。

「討伐という手段を諦めるわけではありません。ですが、もっと良い方法があるはずです」

ケンジは皆の顔を見回した。

「このワイバーンの異常な攻撃性には、必ず理由がある。それを知る必要があります。そして、その理由を知ることで、討伐以外の、より良い解決策が見つかるかもしれません」

それは、単に与えられたタスクをこなすのではなく、タスクの本質を理解し、より良い結果(ベターエンド)を導き出すための、彼のプロジェクトマネジメントの哲学そのものだった。

だが、そのためには、最後の、そして最も危険な手段に打って出る必要があった。

ケンジは焚き火の炎を見つめながら、静かに、皆に一つの提案をした。

「……ワイバーンの巣の内部を、直接観察する」

その言葉に、焚き火の爆ぜる音さえ止まったように感じられた。皆が息をのむ。

「ケンジさん、それはあまりにも危険ですわ! 魔力乱流の影響で、ワイバーンはいつ、どこに出現するか分からない。巣の内部であれば、その危険性はさらに増します。わたくしの魔法も、巣の奥深くまでは届きません!」

ルリエルが不安げに叫んだ。彼女の口調は丁寧だが、その声は震えていた。

「おい、ボス。冗談はよしな。ワイバーンの巣に乗り込むなんて、俺たちの得意分野じゃねぇ。あんた、いったい何を考えてるんだ?」

シーナは不満げに腕を組み、皮肉を交えながら問いかける。彼女はプロとして、無謀な作戦には決して乗らない。

そして、最も強く反発したのはゴードンだった。

彼はゆっくりと立ち上がり、ケンジを睨みつけた。その巨大な身体は怒りで震え、瞳には過去の悲劇が蘇っている。

「……それは、無謀な判断だ。根拠のない『いける!』だ。俺は、そんな作戦には、絶対に乗らない」

ゴードンの声は、低く、重く響いた。彼は二度と仲間を失いたくなかった。

ケンジは、ゴードンの怒りを真正面から受け止めた。彼の感情を理解し、その痛みを認めた上で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「皆さんの言う通りです。これは、非常に危険な作戦です。無謀だと言われても仕方ありません。しかし……」

ケンジはそこで言葉を区切り、皆をまっすぐに見つめた。彼の瞳は、焚き火の炎よりも強く、真剣な光を宿していた。

「この作戦は、無謀な『いける!』ではありません。これは、悲劇を避けるための、唯一の道です」

再び、皆が息をのんだ。

「なぜ、このワイバーンが異常な攻撃性を持っているのか。なぜ、魔力乱流が発生しているのか。その理由を、私たちはまだ知らない。もし、その理由を知らずに討伐しようとすれば、それはあの無謀なリーダーと同じです。僕たちも根拠のない『いける!』に頼ることになります」

ケンジの言葉は、ゴードンの胸に深く突き刺さった。

「僕はこのワイバーンの異常な行動に、何か理由があると考えています。もし、その理由が、ワイバーン自身が抱える、何らかの苦しみや、危機感だとしたら……?」

ケンジはルリエルに視線を向けた。

「ルリエルさん。あなたの遠見の魔法は、魔力の流れだけでなく、その魔力が持つ『感情』も、かすかに感じ取ることができますよね?」

ルリエルはハッとした表情を浮かべた。彼女の魔法は、確かにそれを可能にする。

「そして、シーナさん。あなたの隠密行動は、ワイバーンに気づかれることなく巣の奥深くまで潜入できる、唯一の手段です。あなたが、ワイバーンに気づかれることなく、巣の内部を観察し、ワイバーンの行動を客観的に記録する」

ケンジは、今度はシーナに視線を向けた。

「そして、ゴードンさん。あなたの役目は、僕たちの護衛です。もしワイバーンに発見されれば、あなたは、僕たちを守るためにワイバーンを食い止めなければならない。それは、あなたの最も得意な仕事です」

それは、このパーティのメンバー、一人ひとりの能力を最大限に活かす、完璧な作戦だった。無謀な『いける!』ではなく、論理的で、確固たる根拠に基づいた計画(プロジェクト)だったのだ。

ケンジは最後に、皆の目を見て、真剣な声で言った。

「僕は、この作戦を無謀な行為だとは思いません。これは、悲劇を避けるための、最も安全な道です。この作戦を成功させることができれば、私たちはワイバーン討伐という危険な手段に頼らずに、この問題を解決できるかもしれません」

ゴードンはケンジの言葉に、じっと耳を傾けていた。彼の心の中には、妹の悲劇の記憶と、ケンジの言葉が交互に響く。感情を排した純粋な論理で、ケンジは二度と同じ悲劇を繰り返さないと誓ってくれているかのようだった。

ゴードンは、ゆっくりと、そして力強く頷いた。

「……分かった。俺は、お前の作戦に乗る。だが、約束してくれ。無謀なことは、絶対にしないと」

ケンジは深く頷いた。

「約束します。僕はもう二度と、仲間を失うようなことはしません」

ケンジの真剣な目と強い決意に、ルリエルとシーナも心を動かされ、ゆっくりと頷いた。

「まったく、ボスには敵わねぇな。だが、やるからには最高の仕事をしてやるぜ」

シーナが不敵な笑みを浮かべて言う。

「わたくしも、ケンジさんを信じますわ。わたくしの魔法で、必ず、ワイバーンの感情を読み取ってみせます」

ルリエルもまた、決意を新たにする。

こうして、ケンジの最後の偵察作戦が正式に承認された。それは危険な賭けだった。だが、彼らは、最高のプロジェクトマネージャーであるケンジを信じていた。そして、彼らの間に生まれた、強い絆を信じていた。

彼らは、ワイバーンの巣の内部を直接観察し、この世界の「バグ」の、本当の正体へと、一歩、足を踏み入れることになる。
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