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第2章:赤いタスクと二つの正義
第42話:感情を燃料とする魔法
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ワイバーンを「討伐」するのではなく、安全な場所へ「移設」する。
ケンジの提案は満場一致で承認された。彼らは、ワイバーンが単なる魔物ではなく、魔力乱流に苦しむ母親であることを知ったからだ。だからこそ、討伐という手段ではなく、救済という道を選んだ。
ケンジは、ワイバーン討伐という危険なプロジェクトを、ワイバーンを安全な場所へ移設する「プロジェクト・マイグレーション」へと、正式に名称を変更した。
野営地に戻ったケンジは、すぐに新たな作戦の立案に取りかかった。彼の目の前には、ホログラムで投影された風鳴りの山の三次元モデルが浮かび上がっている。
(ワイバーンの巣は山の頂上にある洞窟。ここから南東に位置する、魔力乱流の影響が比較的少ない広大な平原へと移設する。だが……)
ワイバーンが自ら進んで移動するとは考えられなかった。彼女はヒナたちを守るため必死になっている。無抵抗に移動させるには、長時間、安全な場所へ誘導するための「おとり」が必要だった。
ケンジは頭の中でさまざまな作戦をシミュレーションする。
(罠で捕獲する? いや、ワイバーンは知能が高い。罠を見破る可能性が高い。ゴードンさんの妹の悲劇を繰り返すわけにはいかない)
(魔法で眠らせる? いや、魔力乱流の影響で眠りの魔法は安定しない。失敗すれば、ワイバーンを怒らせるだけだ)
さまざまな可能性を検討する中で、ケンジは一つのアイデアにたどり着いた。
「ルリエルさん」
隣で薬草を整理していたルリエルに声をかける。ケンジの真剣な表情を見て、ルリエルは手を止めた。
「はい、ケンジさん」
「親ワイバーンを長時間引きつけるための、大規模な幻術魔法は使えますか?」
ケンジの言葉に、ルリエルは目を輝かせた。
「幻術魔法ですの? ええ、わたくしの最も得意とする魔法ですわ!」
ルリエルは王立魔術院でも幻術魔法の天才と呼ばれていた。彼女の幻術はあまりにも精密で、本物と見分けがつかないほどだった。
「ワイバーンを長時間引きつけるための幻術。たとえば、彼女の巣を幻で再現する、とか……」
ケンジの言葉に、ルリエルは自信に満ちた表情で頷いた。
「ええ、可能ですわ。ワイバーンの巣の内部はシーナさんの偵察で完璧に把握しました。ワイバーンが最も安心できる場所。それを幻術で再現すれば、彼女を長時間足止めできるでしょう」
ケンジは深く頷いた。
(これだ……。これならワイバーンを怒らせることなく時間を稼ぐことができる。そしてその間に、ゴードンさんとシーナさんでヒナたちを安全な場所へ移設する……)
ケンジの頭の中には、新たな作戦の全体像が鮮明に描かれていく。
「承知しました。作戦の要、クリティカルパスはルリエルさんの大規模な幻術魔法です」
ケンジはそう言って、タブレットに新たな作戦計画を書き込んでいく。
【作戦名:プロジェクト・マイグレーション】
【目標:ワイバーンの母子を安全な場所へ移設し、交易路の安全を確保する】
【クリティカルパス:ルリエルの大規模幻術魔法による、親ワイバーンの足止め】
ケンジの計画は完璧だった。ワイバーンを怒らせることなく時間を稼ぎ、ヒナたちを安全な場所へ移設する。最後に親ワイバーンを幻術から解き放ち、ヒナたちが待つ場所へ誘導する。
この作戦であれば、最も危険な討伐を避けることができる。誰もが幸せになれる、ベターエンドへと導くことができる。
しかし、ルリエルは、その作戦の全体像を見て、一つの重大な「仕様」を付け加えた。
「ケンジさん。この幻術魔法には、一つだけ仕様があるのです」
彼女の言葉に、ケンジは顔を上げた。ルリエルの表情は、先ほどまでの自信に満ちたものではなく、どこか不安げなものだった。
「仕様……ですか?」
ケンジは嫌な予感を覚えた。彼の前世の経験から、プロジェクトにおける「仕様」の追加は、往々にして新たなリスクを生み出すものだった。
ルリエルは静かに、そして真剣な声で告げた。
「わたくしの幻術魔法は、術者本人だけでなく、近くにいる仲間たちの『精神力』を燃料とする、特殊な魔法なのです」
その言葉は、まるで氷の刃のように、皆の心を貫いた。
「精神力、だと……?」
シーナが不信感を露わに問いかける。彼女は魔法が魔力を消費して発動する、科学的な法則に基づいたものだと考えていた。しかし、曖昧で不確定な「精神力」を燃料とすると聞き、プロとしての勘が危険信号を鳴らしていた。
「ええ。この幻術は、パーティメンバーの精神的なエネルギーを魔力に変換して発動します。術者であるわたくしが核となり、皆さんの精神力という膨大なエネルギーを幻術の安定と維持のために消費するのです」
ルリエルの言葉は、ケンジの論理的なプロジェクトマネジメントの手法と、根本から対立するものだった。徹底的な分析と論理に基づき不確定要素を排除しようとするケンジに対し、ルリエルの魔法は、最も不確定な「人間の心」をプロジェクトの根幹に据えていたのだ。
「そんな……バカな」
ゴードンは信じられないという表情で呟いた。彼の心には、妹の悲劇が再び蘇っている。感情がいかに危険なものであるか、彼は身をもって知っている。そんな不確定なものを、作戦の要にするなど正気の沙汰ではない。
「ルリエルさん。それは本当に確実なことなのですか? 誰か一人でも精神力が足りなくなれば、どうなるのです?」
ケンジは冷静に、しかし真剣な表情で問いかけた。
ルリエルは、その質問にさらに不安げな表情を浮かべ、こう答えた。
「幻術は、術者の精神力と、仲間たちの精神力が同調することで安定を保ちます。もしパーティのうち誰か一人でも、強い恐怖や疑念、あるいは仲間割れのようなネガティブな感情を抱けば……その感情が幻術を歪ませ、安定性を失わせてしまうのです」
彼女の言葉は、パーティの結束がそのまま幻術の成否を左右するという、究極の命題を突きつけているかのようだった。
「そして最悪の場合……幻術は霧散するでしょう。その時、ワイバーンは幻術から解き放たれ、怒り狂って、私たちを襲うことになります」
ルリエルの言葉に、皆の顔から血の気が引いていく。
ゴードンは拳を固く握りしめた。彼の心には、怒りと深い絶望が渦巻いている。
(感情に左右される作戦など……。俺はそんな作戦に、二度と乗らないと決めたはずだ……)
彼は妹の死を、感情的な判断によって引き起こされた悲劇だと考えていた。だからケンジの論理的な作戦に希望を見出していた。だが、作戦の要が最も不確定で、最も危険な「感情」に左右されると知って、彼の心は再び絶望の淵へ突き落とされた。
ケンジは、ゴードンが抱える葛藤を痛いほど理解していた。プロジェクトマネージャーとして、この新たなリスクをどう管理すべきか、頭の中で必死に考えていた。
シーナはルリエルの言葉に冷笑を浮かべる。
「へぇ。面白ぇじゃねぇか。俺たちはワイバーンと戦うんじゃねぇ。俺たち自身の心と、戦わなきゃならねぇってことか……」
彼女の言葉は皮肉めいていたが、その瞳の奥には確かな緊張感が宿っていた。この作戦の成功が、物理的な準備だけでなく、互いを信じきる「心」にかかっていることを本能的に理解していたのだ。
ルリエルは皆の反応に、さらに不安げな表情を浮かべた。ケンジは彼女の真剣な表情を見て、ゆっくりと頷く。
「分かりました、ルリエルさん」
ケンジはそう言ってタブレットを取り出した。彼の表情は、完璧な作戦を立てた自信に満ちたものではなかった。そこには、新たなリスクに直面したプロジェクトマネージャーとしての深い思考と、確かな決意が宿っていた。
「この『精神的安定の維持』を、プロジェクトにおける最重要リスクとして、課題管理票に追記します」
ケンジの言葉に、皆は再び息をのんだ。
彼らの成功は、物理的な準備だけでなく、互いを信じきる「心」にかかっていることが今、明確になった。そしてその「心」は、ゴードンの過去の悲劇という、最も大きな闇を抱えていたのだった。
ケンジの提案は満場一致で承認された。彼らは、ワイバーンが単なる魔物ではなく、魔力乱流に苦しむ母親であることを知ったからだ。だからこそ、討伐という手段ではなく、救済という道を選んだ。
ケンジは、ワイバーン討伐という危険なプロジェクトを、ワイバーンを安全な場所へ移設する「プロジェクト・マイグレーション」へと、正式に名称を変更した。
野営地に戻ったケンジは、すぐに新たな作戦の立案に取りかかった。彼の目の前には、ホログラムで投影された風鳴りの山の三次元モデルが浮かび上がっている。
(ワイバーンの巣は山の頂上にある洞窟。ここから南東に位置する、魔力乱流の影響が比較的少ない広大な平原へと移設する。だが……)
ワイバーンが自ら進んで移動するとは考えられなかった。彼女はヒナたちを守るため必死になっている。無抵抗に移動させるには、長時間、安全な場所へ誘導するための「おとり」が必要だった。
ケンジは頭の中でさまざまな作戦をシミュレーションする。
(罠で捕獲する? いや、ワイバーンは知能が高い。罠を見破る可能性が高い。ゴードンさんの妹の悲劇を繰り返すわけにはいかない)
(魔法で眠らせる? いや、魔力乱流の影響で眠りの魔法は安定しない。失敗すれば、ワイバーンを怒らせるだけだ)
さまざまな可能性を検討する中で、ケンジは一つのアイデアにたどり着いた。
「ルリエルさん」
隣で薬草を整理していたルリエルに声をかける。ケンジの真剣な表情を見て、ルリエルは手を止めた。
「はい、ケンジさん」
「親ワイバーンを長時間引きつけるための、大規模な幻術魔法は使えますか?」
ケンジの言葉に、ルリエルは目を輝かせた。
「幻術魔法ですの? ええ、わたくしの最も得意とする魔法ですわ!」
ルリエルは王立魔術院でも幻術魔法の天才と呼ばれていた。彼女の幻術はあまりにも精密で、本物と見分けがつかないほどだった。
「ワイバーンを長時間引きつけるための幻術。たとえば、彼女の巣を幻で再現する、とか……」
ケンジの言葉に、ルリエルは自信に満ちた表情で頷いた。
「ええ、可能ですわ。ワイバーンの巣の内部はシーナさんの偵察で完璧に把握しました。ワイバーンが最も安心できる場所。それを幻術で再現すれば、彼女を長時間足止めできるでしょう」
ケンジは深く頷いた。
(これだ……。これならワイバーンを怒らせることなく時間を稼ぐことができる。そしてその間に、ゴードンさんとシーナさんでヒナたちを安全な場所へ移設する……)
ケンジの頭の中には、新たな作戦の全体像が鮮明に描かれていく。
「承知しました。作戦の要、クリティカルパスはルリエルさんの大規模な幻術魔法です」
ケンジはそう言って、タブレットに新たな作戦計画を書き込んでいく。
【作戦名:プロジェクト・マイグレーション】
【目標:ワイバーンの母子を安全な場所へ移設し、交易路の安全を確保する】
【クリティカルパス:ルリエルの大規模幻術魔法による、親ワイバーンの足止め】
ケンジの計画は完璧だった。ワイバーンを怒らせることなく時間を稼ぎ、ヒナたちを安全な場所へ移設する。最後に親ワイバーンを幻術から解き放ち、ヒナたちが待つ場所へ誘導する。
この作戦であれば、最も危険な討伐を避けることができる。誰もが幸せになれる、ベターエンドへと導くことができる。
しかし、ルリエルは、その作戦の全体像を見て、一つの重大な「仕様」を付け加えた。
「ケンジさん。この幻術魔法には、一つだけ仕様があるのです」
彼女の言葉に、ケンジは顔を上げた。ルリエルの表情は、先ほどまでの自信に満ちたものではなく、どこか不安げなものだった。
「仕様……ですか?」
ケンジは嫌な予感を覚えた。彼の前世の経験から、プロジェクトにおける「仕様」の追加は、往々にして新たなリスクを生み出すものだった。
ルリエルは静かに、そして真剣な声で告げた。
「わたくしの幻術魔法は、術者本人だけでなく、近くにいる仲間たちの『精神力』を燃料とする、特殊な魔法なのです」
その言葉は、まるで氷の刃のように、皆の心を貫いた。
「精神力、だと……?」
シーナが不信感を露わに問いかける。彼女は魔法が魔力を消費して発動する、科学的な法則に基づいたものだと考えていた。しかし、曖昧で不確定な「精神力」を燃料とすると聞き、プロとしての勘が危険信号を鳴らしていた。
「ええ。この幻術は、パーティメンバーの精神的なエネルギーを魔力に変換して発動します。術者であるわたくしが核となり、皆さんの精神力という膨大なエネルギーを幻術の安定と維持のために消費するのです」
ルリエルの言葉は、ケンジの論理的なプロジェクトマネジメントの手法と、根本から対立するものだった。徹底的な分析と論理に基づき不確定要素を排除しようとするケンジに対し、ルリエルの魔法は、最も不確定な「人間の心」をプロジェクトの根幹に据えていたのだ。
「そんな……バカな」
ゴードンは信じられないという表情で呟いた。彼の心には、妹の悲劇が再び蘇っている。感情がいかに危険なものであるか、彼は身をもって知っている。そんな不確定なものを、作戦の要にするなど正気の沙汰ではない。
「ルリエルさん。それは本当に確実なことなのですか? 誰か一人でも精神力が足りなくなれば、どうなるのです?」
ケンジは冷静に、しかし真剣な表情で問いかけた。
ルリエルは、その質問にさらに不安げな表情を浮かべ、こう答えた。
「幻術は、術者の精神力と、仲間たちの精神力が同調することで安定を保ちます。もしパーティのうち誰か一人でも、強い恐怖や疑念、あるいは仲間割れのようなネガティブな感情を抱けば……その感情が幻術を歪ませ、安定性を失わせてしまうのです」
彼女の言葉は、パーティの結束がそのまま幻術の成否を左右するという、究極の命題を突きつけているかのようだった。
「そして最悪の場合……幻術は霧散するでしょう。その時、ワイバーンは幻術から解き放たれ、怒り狂って、私たちを襲うことになります」
ルリエルの言葉に、皆の顔から血の気が引いていく。
ゴードンは拳を固く握りしめた。彼の心には、怒りと深い絶望が渦巻いている。
(感情に左右される作戦など……。俺はそんな作戦に、二度と乗らないと決めたはずだ……)
彼は妹の死を、感情的な判断によって引き起こされた悲劇だと考えていた。だからケンジの論理的な作戦に希望を見出していた。だが、作戦の要が最も不確定で、最も危険な「感情」に左右されると知って、彼の心は再び絶望の淵へ突き落とされた。
ケンジは、ゴードンが抱える葛藤を痛いほど理解していた。プロジェクトマネージャーとして、この新たなリスクをどう管理すべきか、頭の中で必死に考えていた。
シーナはルリエルの言葉に冷笑を浮かべる。
「へぇ。面白ぇじゃねぇか。俺たちはワイバーンと戦うんじゃねぇ。俺たち自身の心と、戦わなきゃならねぇってことか……」
彼女の言葉は皮肉めいていたが、その瞳の奥には確かな緊張感が宿っていた。この作戦の成功が、物理的な準備だけでなく、互いを信じきる「心」にかかっていることを本能的に理解していたのだ。
ルリエルは皆の反応に、さらに不安げな表情を浮かべた。ケンジは彼女の真剣な表情を見て、ゆっくりと頷く。
「分かりました、ルリエルさん」
ケンジはそう言ってタブレットを取り出した。彼の表情は、完璧な作戦を立てた自信に満ちたものではなかった。そこには、新たなリスクに直面したプロジェクトマネージャーとしての深い思考と、確かな決意が宿っていた。
「この『精神的安定の維持』を、プロジェクトにおける最重要リスクとして、課題管理票に追記します」
ケンジの言葉に、皆は再び息をのんだ。
彼らの成功は、物理的な準備だけでなく、互いを信じきる「心」にかかっていることが今、明確になった。そしてその「心」は、ゴードンの過去の悲劇という、最も大きな闇を抱えていたのだった。
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