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第3章:偽りの繁栄と経済戦争
第78話:交易都市フラックス
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ミレット村を後にしてから半日が過ぎていた。一行は東へとただ黙々と馬車を進めている。彼らの後ろには、今もあの死の村が絶望の象徴のように佇んでいた。仲間たちの脳裏には、うつろな瞳の村人たちの姿と、助けを求める子供たちのか細い声が焼き付いて離れない。誰も軽口を叩く者はいなかった。馬車の車輪が乾いた土を踏みしめる音だけが、重い沈黙を刻む。彼らの心は、すべての元凶が眠るという交易都市フラックスへ、そしてこの理不尽な悲劇に必ず終止符を打つという、揺るぎない決意で満たされていた。
ケンジは御者台の上で手綱を握りしめながら、自らが作り上げた新たなロードマップを頭の中で反芻していた。
フラックスへの潜入。
アノマリーの発生源の特定。
そして、その無力化。
言葉にすれば単純なタスク。だが、その一つ一つが、あまりにも重く危険なものだった。
彼らが進む道は、ミレット村で見たあの灰色の世界がどこまでも続いていた。枯れた木々、死んだ大地。生命の気配が完全に消え失せた絶望の風景。もはやその異常な光景に驚く者は誰もいない。
だが。
一行が古い石造りの橋を渡り終えた、まさにその瞬間。
世界のすべてが一変した。
「…ッ!?」
最初にそのあまりにも唐突な変化に気づいたのは、馬車の荷台で古代文献を読んでいたルリエルだった。彼女はハッと顔を上げた。
「…嘘でしょ…?」
彼女の驚愕に満ちた声に、導かれるように仲間たちも一斉に周囲を見渡した。そして誰もが言葉を失う。
橋を渡る前と後。まるで世界が二つに断絶されているかのようだった。つい先ほどまで彼らを取り巻いていた灰色の死の世界が、まるで幻だったかのように完全に消え失せている。その代わりに彼らの目の前に広がっていたのは、あまりにも鮮やかで、そしてあまりにも生命力に満ち溢れた緑の世界だった。
道の両脇には瑞々しい若葉をつけた木々が青々と生い茂り、足元の地面は柔らかな緑の絨毯のような草で覆われている。どこからともなく鳥たちの楽しげなさえずりが聞こえ、色とりどりの蝶が乱舞していた。空気は濃密なほどの生命の匂いで満ちている。
それはあまりにも美しい光景だった。だが、その美しさはどこか不自然で、見る者の心をざわつかせる異様な何かを孕んでいた。
「…なんだ、こりゃあ…」
シーナが呆然と呟く。
「…さっきまでのあの枯れた景色はどこへ行ったんだ…? まるで質の悪い幻術にでもかかったみたいだぜ…」
「…違うわ」
ルリエルの声は震えていた。
「これは幻術なんかじゃない…。マナの流れが違いすぎる…。さっきまでの淀んだマナが嘘みたいに、ここは生命力で満ち溢れている…。でも、おかしいわ…。こんな唐突に世界の理が変わるなんて、あり得ない…!」
ゴードンとガイは無言で馬車から降り立つと、そのあまりにも鮮やかな緑の大地を、そのブーツの裏で確かめるように踏みしめた。そこには確かな現実の感触があった。
ケンジは、そのあまりにも極端な風景の変化を冷静に分析していた。彼の脳裏には、あの時スキルで可視化した生命力の奔流の光景が蘇る。
そうだ。ここは、あの光の川が流れ着く場所。ミレット村やその周辺地域から吸い上げられたすべての生命力(リソース)。それらがこの土地に強制的に注ぎ込まれているのだ。
この目に映る美しい緑は、自然の恵みなどではない。それは隣の土地の屍の上に咲いた、あまりにも禍々しい徒花。この土地の繁栄は、ミレット村の犠牲の上に成り立っているのだ。
一行は、そのあまりにも歪んだ世界の理を前にして、ただ言いようのない違和感と、そして背筋が凍りつくような悪寒を感じていた。彼らは今、確かにアノマリーの中心領域へと足を踏み入れたのだ。
一行が交易都市フラックスの巨大な城門をくぐり抜けた瞬間、彼らはまるで異世界へと迷い込んでしまったかのような錯覚に襲われた。
そのあまりにも圧倒的な活気。ミレット村の死の静寂とは対極にある、生命の奔流。
「…すげえ…」
シーナの唇から思わず感嘆の声が漏れた。彼女がこれまで見てきたどの都市よりも、このフラックスは活気に満ち溢れていた。道の両脇には真新しい石造りの建物がずらりと立ち並び、その軒先には色とりどりの花が狂ったように咲き誇っている。石畳の上を行き交う人々の数も、王都に匹敵するほどだった。
一行は、その人の波に飲み込まれるようにして、街の中心にある大市場へと足を踏み入れた。そしてそこで、彼らはこの街の繁栄の異常さを目の当たりにすることになる。
市場は文字通り「溢れて」いた。
露店には南の国から運ばれてきたばかりの瑞々しい果物。北の海で今朝水揚げされたかのように新鮮な魚介類。そして、ドワーフの国でしか手に入らないはずの希少な鉱石や宝石。それらがまるで価値のないガラクタであるかのように無造作に山と積まれている。
そして何よりも異常だったのは、そこにいる人々だった。彼らは皆、例外なく健康的で、そしてエネルギッシュだった。その頬は血色良く輝き、その瞳は爛々と輝いている。だが、その活気はどこかおかしい。穏やかな幸福感からくるものではない。誰もが常に何かを追い立てられるかのように早足で歩き、大声で笑い、そして怒鳴るように言い争っている。その姿はまるで熱に浮かされているかのようだった。
「…なんだか少し、気味が悪いですわね…」
ルリエルが不安げに眉をひそめる。
彼女のエルフとしての鋭敏な感覚が、この街に満ちる魔力の異常なまでの過剰さを感じ取っていた。
「…マナが濃すぎる…。まるでこの街全体が常に興奮状態にあるみたい…」
「…ああ。落ち着きがない」
ゴードンもまた、その巨体を居心地悪そうに縮こませながら同意する。このあまりにも無秩序で過剰なエネルギーは、規律を重んじる彼にとってひどく不快なものだった。
ガイはただ黙ってその喧騒を見つめている。彼がかつて守ろうとしていた民衆の「活気」。だが、目の前に広がるこの光景は、彼が理想としていたそれとは似ても似つかない、どこか病的な、狂乱じみたものだった。
ケンジは、その喧騒の中で一人冷静に分析を続けていた。
(…異常だ)
彼のプロジェクトマネージャーとしての思考が警鐘を乱れ打つ。
(…この物資の流通量。この労働力の活性度。どれもこの規模の都市が維持できるレベルを遥かに超えている。サプライチェーンが完全に常識を逸脱している…)
彼は確信していた。
この街の繁栄は正常な経済活動の結果などではない。ミレット村から奪われた生命力(リソース)。それがこの街に流れ込み、すべてを強制的に「活性化」させているのだ。
この目に映る活気は、健康の証などではない。それは死に至る病の初期症状。都市そのものが発する、高熱だった。
彼らが今立っているこの場所。それは繁栄を謳歌する奇跡の都市などではない。それは、隣の村の屍を喰らい、その血肉を啜って肥え太る、巨大な寄生虫の腹の中だったのだ。
ケンジは御者台の上で手綱を握りしめながら、自らが作り上げた新たなロードマップを頭の中で反芻していた。
フラックスへの潜入。
アノマリーの発生源の特定。
そして、その無力化。
言葉にすれば単純なタスク。だが、その一つ一つが、あまりにも重く危険なものだった。
彼らが進む道は、ミレット村で見たあの灰色の世界がどこまでも続いていた。枯れた木々、死んだ大地。生命の気配が完全に消え失せた絶望の風景。もはやその異常な光景に驚く者は誰もいない。
だが。
一行が古い石造りの橋を渡り終えた、まさにその瞬間。
世界のすべてが一変した。
「…ッ!?」
最初にそのあまりにも唐突な変化に気づいたのは、馬車の荷台で古代文献を読んでいたルリエルだった。彼女はハッと顔を上げた。
「…嘘でしょ…?」
彼女の驚愕に満ちた声に、導かれるように仲間たちも一斉に周囲を見渡した。そして誰もが言葉を失う。
橋を渡る前と後。まるで世界が二つに断絶されているかのようだった。つい先ほどまで彼らを取り巻いていた灰色の死の世界が、まるで幻だったかのように完全に消え失せている。その代わりに彼らの目の前に広がっていたのは、あまりにも鮮やかで、そしてあまりにも生命力に満ち溢れた緑の世界だった。
道の両脇には瑞々しい若葉をつけた木々が青々と生い茂り、足元の地面は柔らかな緑の絨毯のような草で覆われている。どこからともなく鳥たちの楽しげなさえずりが聞こえ、色とりどりの蝶が乱舞していた。空気は濃密なほどの生命の匂いで満ちている。
それはあまりにも美しい光景だった。だが、その美しさはどこか不自然で、見る者の心をざわつかせる異様な何かを孕んでいた。
「…なんだ、こりゃあ…」
シーナが呆然と呟く。
「…さっきまでのあの枯れた景色はどこへ行ったんだ…? まるで質の悪い幻術にでもかかったみたいだぜ…」
「…違うわ」
ルリエルの声は震えていた。
「これは幻術なんかじゃない…。マナの流れが違いすぎる…。さっきまでの淀んだマナが嘘みたいに、ここは生命力で満ち溢れている…。でも、おかしいわ…。こんな唐突に世界の理が変わるなんて、あり得ない…!」
ゴードンとガイは無言で馬車から降り立つと、そのあまりにも鮮やかな緑の大地を、そのブーツの裏で確かめるように踏みしめた。そこには確かな現実の感触があった。
ケンジは、そのあまりにも極端な風景の変化を冷静に分析していた。彼の脳裏には、あの時スキルで可視化した生命力の奔流の光景が蘇る。
そうだ。ここは、あの光の川が流れ着く場所。ミレット村やその周辺地域から吸い上げられたすべての生命力(リソース)。それらがこの土地に強制的に注ぎ込まれているのだ。
この目に映る美しい緑は、自然の恵みなどではない。それは隣の土地の屍の上に咲いた、あまりにも禍々しい徒花。この土地の繁栄は、ミレット村の犠牲の上に成り立っているのだ。
一行は、そのあまりにも歪んだ世界の理を前にして、ただ言いようのない違和感と、そして背筋が凍りつくような悪寒を感じていた。彼らは今、確かにアノマリーの中心領域へと足を踏み入れたのだ。
一行が交易都市フラックスの巨大な城門をくぐり抜けた瞬間、彼らはまるで異世界へと迷い込んでしまったかのような錯覚に襲われた。
そのあまりにも圧倒的な活気。ミレット村の死の静寂とは対極にある、生命の奔流。
「…すげえ…」
シーナの唇から思わず感嘆の声が漏れた。彼女がこれまで見てきたどの都市よりも、このフラックスは活気に満ち溢れていた。道の両脇には真新しい石造りの建物がずらりと立ち並び、その軒先には色とりどりの花が狂ったように咲き誇っている。石畳の上を行き交う人々の数も、王都に匹敵するほどだった。
一行は、その人の波に飲み込まれるようにして、街の中心にある大市場へと足を踏み入れた。そしてそこで、彼らはこの街の繁栄の異常さを目の当たりにすることになる。
市場は文字通り「溢れて」いた。
露店には南の国から運ばれてきたばかりの瑞々しい果物。北の海で今朝水揚げされたかのように新鮮な魚介類。そして、ドワーフの国でしか手に入らないはずの希少な鉱石や宝石。それらがまるで価値のないガラクタであるかのように無造作に山と積まれている。
そして何よりも異常だったのは、そこにいる人々だった。彼らは皆、例外なく健康的で、そしてエネルギッシュだった。その頬は血色良く輝き、その瞳は爛々と輝いている。だが、その活気はどこかおかしい。穏やかな幸福感からくるものではない。誰もが常に何かを追い立てられるかのように早足で歩き、大声で笑い、そして怒鳴るように言い争っている。その姿はまるで熱に浮かされているかのようだった。
「…なんだか少し、気味が悪いですわね…」
ルリエルが不安げに眉をひそめる。
彼女のエルフとしての鋭敏な感覚が、この街に満ちる魔力の異常なまでの過剰さを感じ取っていた。
「…マナが濃すぎる…。まるでこの街全体が常に興奮状態にあるみたい…」
「…ああ。落ち着きがない」
ゴードンもまた、その巨体を居心地悪そうに縮こませながら同意する。このあまりにも無秩序で過剰なエネルギーは、規律を重んじる彼にとってひどく不快なものだった。
ガイはただ黙ってその喧騒を見つめている。彼がかつて守ろうとしていた民衆の「活気」。だが、目の前に広がるこの光景は、彼が理想としていたそれとは似ても似つかない、どこか病的な、狂乱じみたものだった。
ケンジは、その喧騒の中で一人冷静に分析を続けていた。
(…異常だ)
彼のプロジェクトマネージャーとしての思考が警鐘を乱れ打つ。
(…この物資の流通量。この労働力の活性度。どれもこの規模の都市が維持できるレベルを遥かに超えている。サプライチェーンが完全に常識を逸脱している…)
彼は確信していた。
この街の繁栄は正常な経済活動の結果などではない。ミレット村から奪われた生命力(リソース)。それがこの街に流れ込み、すべてを強制的に「活性化」させているのだ。
この目に映る活気は、健康の証などではない。それは死に至る病の初期症状。都市そのものが発する、高熱だった。
彼らが今立っているこの場所。それは繁栄を謳歌する奇跡の都市などではない。それは、隣の村の屍を喰らい、その血肉を啜って肥え太る、巨大な寄生虫の腹の中だったのだ。
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