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第3章:偽りの繁栄と経済戦争
第95話:新たな“仕様書”
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プロジェクトは完了した。
その大きな達成感とカタルシスが、安宿の一室を満たしていた。シーナは仲間たちに支えられながらようやく喜びの涙を収め、ルリエルも、ゴードンも、ガイも、誰もが顔に穏やかな笑みを浮かべていた。命を賭して手に入れた温かい平和。そのかけがえのない時間を、誰もが静かに噛み締めていた。
その穏やかで完璧なプロジェクトの完了報告。そのすべてを台無しにするかのように、声は何の予兆もなく、唐突にケンジの脳内に直接響き渡った。
『―――すごおおおおおおおおおいッ!!!!』
「うわっ!?」
ケンジは思わず飛び上がりそうになる。それは紛れもなくあのポンコツ女神の声だった。だが、そのトーンはこれまでに聞いたどの声とも違っていた。ミレット村の危機を告げた時の絶望に満ちた悲鳴ではない。ワイバーンのヒナの件でパニックに陥っていたあの狼狽ぶりとも違う。それはまるで、自らが開発したシステムが想定を遥かに超える奇跡的なパフォーマンスを叩き出したのを目の当たりにした一人のエンジニアが上げるような、純粋な驚愕と熱狂的なまでの興奮に満ち溢れていた。
(め、女神様…!? いったい何が…!?)
ケンジは混乱しながらも意識の中で問い返す。
『何がじゃないわよ! あなたよ、あなた! ケンジさんッ!』
女神の興奮した声がマシンガンのように言葉を紡ぎ出す。
『すごい! 本当にすごいわ! あなた、ただバグを止めただけじゃないのよッ!』
その意外な言葉に、ケンジは眉をひそめた。
(どういうことですか? 僕はただ暴走したアーティファクトの機能を停止させただけですが…)
『違う、違う、全然違うの!』
女神はケンジの謙虚な自己評価を完全に否定した。彼女の声はもはや畏敬の念さえ帯びている。
『あのね、あのアーティファクトが引き起こしていた『リソース枯渇アノマリー』。あれはただのバグじゃなかったの。この世界の根幹を支える生命力の循環システムのルールそのものに寄生して、その流れを一方的に書き換える最悪の改竄プログラムだったのよ!』
女神はそこで一度息をのんだ。
『だから、本来ならあのアーティファクトを物理的に破壊するしか止める方法がなかったはずなの! でも、あなたはそれをしなかった!』
彼女の声が熱を帯びる。
『あなたはあの暴走するシステムの流れを完全に解析し、そのたった一つの脆弱性を見つけ出し、そこに完璧なカウンタープログラムを撃ち込んだ! 攻撃ではない! 修正よ! それはもはや冒険者の戦い方じゃないわ! それは、この世界の理(ルール)の一部を、神の領域であるソースコードのレベルで強制的に書き換えたのと同じことなのよッ!』
ソースコードの書き換え。その物騒な言葉に、ケンジの背筋を冷たい汗が流れた。
『私でさえそんな権限は与えられていないのに…! あなた、一体何者なのよ…!?』
女神の興奮は最高潮に達していた。そして彼女はケンジにとんでもない報奨を告げた。
『その前代未聞の功績を、この世界のシステムが正式に認識したわ! そして、この世界を創りになった偉大なる創造主が遥か昔に遺した緊急プロトコルが発動したの!』
創造主。その壮大な単語に、ケンジの思考が完全にフリーズする。
『―――創造主が遺した最高の栄誉―――“閲覧権限”を、あなたに与えるわッ!』
女神の熱狂的な宣言がケンジの脳内に響き渡った瞬間、彼の意識は安宿の一室から完全に引き剥がされた。
凄まじい情報の奔流。それは彼がこれまで経験してきたどのスキル行使とも比較にならない。まるで世界のすべての知識が一つのデータファイルへと圧縮され、彼の脳というあまりにもか弱く、ちっぽけな器へと強制的に叩き込まれてくるかのようだった。
「ぐ…、あああああああああああああっ!!!!」
ケンジの口から声にならない絶叫が漏れる。彼はその場に崩れ落ち、激しい痙攣を起こした。両目からは光の涙が溢れ出し、全身が青白いデータの光に包まれていく。
「ケンジさん!?」「ボスッ!」
仲間たちの悲痛な叫び声が遠くで聞こえる。だが今の彼にはそれに答える術はなかった。彼の意識はもはやこの物理世界には存在しない。彼は今、この世界の理のさらに奥深く、神々だけが触れることを許された禁断の領域へと足を踏み入れていた。
やがて、情報の嵐が収束していく。そして彼の精神の目の前に、無機質で完璧な「書類」が浮かび上がった。それは羊皮紙ではない。彼が前世で来る日も来る日も眺め続けてきたあの液晶モニターに表示されるデジタル文書。一番上に記されたタイトルを見た瞬間、ケンジは息をのんだ。
【創世の仕様書 ver.1.0β - 断章:エラー管理プロトコル】
それはまさしくこの世界の設計図の一部。そしてそのページを彼の意識がめくった瞬間、彼はこの世界の根幹を揺るがす恐るべき真実を知ることになる。
そこに記されていたのは、おぞましいほど冷徹なシステム言語だった。
【項目名:クリティカル・システムエラー】
【コードネーム:魔王】
【機能:システム全域における、過剰リソースの強制的な初期化(デリート)および、最適化(デフラグ)を実行する自動駆除プログラム】
【起動条件:対象領域における生命エネルギー、あるいは魔力総量が規定の閾値を超過したことを検知した場合、自動的に起動する】
ケンジの思考が完全に停止した。魔王とは悪ではない。魔王とは災厄ではない。それはこの世界が正常に機能し続けるために、あらかじめ組み込まれていた無慈悲なシステムメンテナンス・ツール。増えすぎた生命(データ)を定期的に「掃除」するための、ただの自動プログラムだったのだ。
そして彼の意識はさらに深い絶望の淵へと引きずり込まれていく。仕様書の最後のページ。そこに記されていたのはこの世界の真の「目的」だった。
【プロジェクト名:世界創造シミュレーション『ガイア』】
【バージョン:β版】
【目的:高負荷環境下における知的生命体(ユーザー)の進化と適応能力に関するデータ収集】
【特記事項:本プロジェクトはあくまでシミュレーションであり、内部で発生するあらゆる事象はすべて実験データとして記録される】
シミュレーション。
β版。
データ収集。
その無機質で残酷な単語の羅列。それが意味することをケンジは理解してしまった。この世界は本物ではない。ただの実験場。壮大な箱庭。
今この瞬間もどこかで笑い、泣き、そして生きているすべての人々。シーナの故郷も。ゴードンの妹の死も。ルリエルの誇りも。ガイの正義も。そして自分自身の過酷なデスマーチさえも。すべてはただの「実験」の一部に過ぎなかったのだ。
情報の奔流が途絶える。ケンジの意識が再び現実へと引き戻された。
彼は床の上に倒れていた。仲間たちが彼の名を呼びながら必死にその身体を揺さぶっている。ケンジはゆっくりと顔を上げた。そして仲間たちの心からの心配に満ちた顔を見た。彼の瞳から一筋、涙がこぼれ落ちた。
(…違う)
彼は心の中で叫んだ。
(これはデータなどではない)
(この温もりは、この痛みは、この絆は、断じて偽物などではないッ!)
物語は一つの大きなプロジェクトの完了と共にその幕を閉じた。だが、それは同時に、この世界の創造主という巨大で理不尽な「クライアント」に対して、一人のプロジェクトマネージャーがそのすべての理不尽な「仕様」に反旗を翻す、新たな戦いの始まりでもあった。
世界の根幹を揺るがす新たな謎。その重い真実を胸に、物語は次章へと続く。
その大きな達成感とカタルシスが、安宿の一室を満たしていた。シーナは仲間たちに支えられながらようやく喜びの涙を収め、ルリエルも、ゴードンも、ガイも、誰もが顔に穏やかな笑みを浮かべていた。命を賭して手に入れた温かい平和。そのかけがえのない時間を、誰もが静かに噛み締めていた。
その穏やかで完璧なプロジェクトの完了報告。そのすべてを台無しにするかのように、声は何の予兆もなく、唐突にケンジの脳内に直接響き渡った。
『―――すごおおおおおおおおおいッ!!!!』
「うわっ!?」
ケンジは思わず飛び上がりそうになる。それは紛れもなくあのポンコツ女神の声だった。だが、そのトーンはこれまでに聞いたどの声とも違っていた。ミレット村の危機を告げた時の絶望に満ちた悲鳴ではない。ワイバーンのヒナの件でパニックに陥っていたあの狼狽ぶりとも違う。それはまるで、自らが開発したシステムが想定を遥かに超える奇跡的なパフォーマンスを叩き出したのを目の当たりにした一人のエンジニアが上げるような、純粋な驚愕と熱狂的なまでの興奮に満ち溢れていた。
(め、女神様…!? いったい何が…!?)
ケンジは混乱しながらも意識の中で問い返す。
『何がじゃないわよ! あなたよ、あなた! ケンジさんッ!』
女神の興奮した声がマシンガンのように言葉を紡ぎ出す。
『すごい! 本当にすごいわ! あなた、ただバグを止めただけじゃないのよッ!』
その意外な言葉に、ケンジは眉をひそめた。
(どういうことですか? 僕はただ暴走したアーティファクトの機能を停止させただけですが…)
『違う、違う、全然違うの!』
女神はケンジの謙虚な自己評価を完全に否定した。彼女の声はもはや畏敬の念さえ帯びている。
『あのね、あのアーティファクトが引き起こしていた『リソース枯渇アノマリー』。あれはただのバグじゃなかったの。この世界の根幹を支える生命力の循環システムのルールそのものに寄生して、その流れを一方的に書き換える最悪の改竄プログラムだったのよ!』
女神はそこで一度息をのんだ。
『だから、本来ならあのアーティファクトを物理的に破壊するしか止める方法がなかったはずなの! でも、あなたはそれをしなかった!』
彼女の声が熱を帯びる。
『あなたはあの暴走するシステムの流れを完全に解析し、そのたった一つの脆弱性を見つけ出し、そこに完璧なカウンタープログラムを撃ち込んだ! 攻撃ではない! 修正よ! それはもはや冒険者の戦い方じゃないわ! それは、この世界の理(ルール)の一部を、神の領域であるソースコードのレベルで強制的に書き換えたのと同じことなのよッ!』
ソースコードの書き換え。その物騒な言葉に、ケンジの背筋を冷たい汗が流れた。
『私でさえそんな権限は与えられていないのに…! あなた、一体何者なのよ…!?』
女神の興奮は最高潮に達していた。そして彼女はケンジにとんでもない報奨を告げた。
『その前代未聞の功績を、この世界のシステムが正式に認識したわ! そして、この世界を創りになった偉大なる創造主が遥か昔に遺した緊急プロトコルが発動したの!』
創造主。その壮大な単語に、ケンジの思考が完全にフリーズする。
『―――創造主が遺した最高の栄誉―――“閲覧権限”を、あなたに与えるわッ!』
女神の熱狂的な宣言がケンジの脳内に響き渡った瞬間、彼の意識は安宿の一室から完全に引き剥がされた。
凄まじい情報の奔流。それは彼がこれまで経験してきたどのスキル行使とも比較にならない。まるで世界のすべての知識が一つのデータファイルへと圧縮され、彼の脳というあまりにもか弱く、ちっぽけな器へと強制的に叩き込まれてくるかのようだった。
「ぐ…、あああああああああああああっ!!!!」
ケンジの口から声にならない絶叫が漏れる。彼はその場に崩れ落ち、激しい痙攣を起こした。両目からは光の涙が溢れ出し、全身が青白いデータの光に包まれていく。
「ケンジさん!?」「ボスッ!」
仲間たちの悲痛な叫び声が遠くで聞こえる。だが今の彼にはそれに答える術はなかった。彼の意識はもはやこの物理世界には存在しない。彼は今、この世界の理のさらに奥深く、神々だけが触れることを許された禁断の領域へと足を踏み入れていた。
やがて、情報の嵐が収束していく。そして彼の精神の目の前に、無機質で完璧な「書類」が浮かび上がった。それは羊皮紙ではない。彼が前世で来る日も来る日も眺め続けてきたあの液晶モニターに表示されるデジタル文書。一番上に記されたタイトルを見た瞬間、ケンジは息をのんだ。
【創世の仕様書 ver.1.0β - 断章:エラー管理プロトコル】
それはまさしくこの世界の設計図の一部。そしてそのページを彼の意識がめくった瞬間、彼はこの世界の根幹を揺るがす恐るべき真実を知ることになる。
そこに記されていたのは、おぞましいほど冷徹なシステム言語だった。
【項目名:クリティカル・システムエラー】
【コードネーム:魔王】
【機能:システム全域における、過剰リソースの強制的な初期化(デリート)および、最適化(デフラグ)を実行する自動駆除プログラム】
【起動条件:対象領域における生命エネルギー、あるいは魔力総量が規定の閾値を超過したことを検知した場合、自動的に起動する】
ケンジの思考が完全に停止した。魔王とは悪ではない。魔王とは災厄ではない。それはこの世界が正常に機能し続けるために、あらかじめ組み込まれていた無慈悲なシステムメンテナンス・ツール。増えすぎた生命(データ)を定期的に「掃除」するための、ただの自動プログラムだったのだ。
そして彼の意識はさらに深い絶望の淵へと引きずり込まれていく。仕様書の最後のページ。そこに記されていたのはこの世界の真の「目的」だった。
【プロジェクト名:世界創造シミュレーション『ガイア』】
【バージョン:β版】
【目的:高負荷環境下における知的生命体(ユーザー)の進化と適応能力に関するデータ収集】
【特記事項:本プロジェクトはあくまでシミュレーションであり、内部で発生するあらゆる事象はすべて実験データとして記録される】
シミュレーション。
β版。
データ収集。
その無機質で残酷な単語の羅列。それが意味することをケンジは理解してしまった。この世界は本物ではない。ただの実験場。壮大な箱庭。
今この瞬間もどこかで笑い、泣き、そして生きているすべての人々。シーナの故郷も。ゴードンの妹の死も。ルリエルの誇りも。ガイの正義も。そして自分自身の過酷なデスマーチさえも。すべてはただの「実験」の一部に過ぎなかったのだ。
情報の奔流が途絶える。ケンジの意識が再び現実へと引き戻された。
彼は床の上に倒れていた。仲間たちが彼の名を呼びながら必死にその身体を揺さぶっている。ケンジはゆっくりと顔を上げた。そして仲間たちの心からの心配に満ちた顔を見た。彼の瞳から一筋、涙がこぼれ落ちた。
(…違う)
彼は心の中で叫んだ。
(これはデータなどではない)
(この温もりは、この痛みは、この絆は、断じて偽物などではないッ!)
物語は一つの大きなプロジェクトの完了と共にその幕を閉じた。だが、それは同時に、この世界の創造主という巨大で理不尽な「クライアント」に対して、一人のプロジェクトマネージャーがそのすべての理不尽な「仕様」に反旗を翻す、新たな戦いの始まりでもあった。
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