ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

YY

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第4章:過去の呪縛、絆の証明

第96話:創世の仕様書

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交易都市フラックスでの死闘から数週間が過ぎ、王都はすっかり元の穏やかな日常を取り戻していた。アルタイル商会の崩壊後、ガイがその政治手腕を発揮し、街の経済は緩やかに、しかし確実に正常化へと向かっている。ミレット村からも定期的に感謝の通信が届く。村を覆っていた死の気配は完全に消え失せ、人々は少しずつ元気を取り戻しているという。

一つの巨大なプロジェクトが終わり、世界は確かに良い方向へと向かっている。誰もがそう信じていた。ケンジのパーティもまた例外ではなかった。

ゴードンとガイのパーティは合同で騎士団の訓練に参加し、その連携をさらに強固なものにしていた。ルリエルは王立魔術院の特別顧問として招かれ、フラックスで起きたアノマリーの研究に没頭している。シーナはケンジから与えられた潤沢な資金を元手に、ミレット村への本格的な復興支援プロジェクトを立ち上げていた。その顔にはもはや、かつての影はない。

仲間たちがそれぞれ新たな日常へと歩みを進める中で、ケンジただ一人だけがまだあの戦いの延長線上に取り残されていた。

安宿の一室。
彼のその姿は、前世でデスマーチの最終盤に見せた姿と酷似していた。深い隈が刻まれた目の下、こけた頬。この数週間、彼は部屋から一歩も出ず、食べかけの冷たい食事と無数の空になったカップに囲まれていた。彼が対峙しているのは、剣や魔法では決して太刀打ちできない、巨大で不可解な敵だった。

彼の目の前の空間には、彼にしか見えない一枚の「書類」が浮かび上がっている。女神から半ば強制的に送りつけられたこの世界の設計図の一部、【創世の仕様書】だ。ケンジはこの数週間、その難解な神の遺物とたった一人で格闘し続けていた。

それはもはや「書物」と呼べるような代物ではなかった。彼の意識の中に広がるそのページに記されているのは、彼が知るどの言語とも違う、意味不明な文字列の羅列だった。文字は生き物のように絶えず形を変え、複雑な数式や精密な回路図のようにも見える。その合間には、理解を拒絶するかのような幾何学模様が浮かび上がっていた。図形は三次元空間を無視し、四次元、五次元へとその形を変えながら回転し、増殖し、そして消えていく。それはまるで世界の理そのものを図形化したかのような、高度で冒涜的な情報だった。

ケンジはそれを読もうとするたび、激しい頭痛と眩暈に襲われた。人間の脳の処理能力を遥かに超える情報量。脳内に直接膨大なデータを流し込まれるかのような、暴力的な体験だった。

(…ダメだ…。これでは埒が明かない…)

この数週間、あらゆるアプローチを試みてきたが、すべてが失敗に終わっている。この神の仕様書は、人間が読むことを想定して作られてはいないのだ。その根源的な絶望が、彼の心を少しずつ蝕んでいく。仲間たちは皆、前に進んでいる。自分だけがこの意味不明な謎の前に立ち尽くしている。その焦りが、彼の冷静な思考を曇らせていた。

コン、コン。

部屋の扉が控えめにノックされる。返事をする前にゆっくりと開かれたそこに立っていたのはシーナだった。手には、温かいスープと焼きたてのパンが乗った盆がある。

「…ボス。また何も食ってねえのか」

呆れたような、しかしその瞳の奥には深い心配の色を浮かべて彼女は言った。「あんたが倒れたら元も子もねえんだぞ」

その真っ当な言葉が、ケンジの頑なだった心を少しだけ解きほぐした。彼は自らの焦りを恥じるように目を伏せる。そうだ。自分はまた一人で全てを抱え込もうとしていた。前世で繰り返してきた過ちを、この世界にきてまで、また繰り返すところだった。

彼はシーナが差し出す盆を受け取りながら、静かに決意した。もう一人で悩むのはやめようと。そしてこの絶望的な謎に立ち向かうための、最後の、そして唯一の手段へと移行することを。

シーナが淹れてくれた温かいスープが、ケンジの疲弊しきった身体と心をゆっくりと解きほぐしていく。彼は窓の外に広がる王都の穏やかな夜景を見つめながら、静かに自らの過ちを反芻する。

(…そうだ。俺はまた一人で全てを抱え込んでいた…)

仲間たちがいる。
自分とはまったく違う視点とスキルを持つ、最高のチームが。この困難なプロジェクトは、もはや自分一人で立ち向かうべきものではない。

ケンジはスープ皿を置くと、仲間たちへ向き直った。その瞳にはすでにいつものプロジェクトマネージャーとしての冷静な光が戻っていた。

「皆さん。改めて作戦会議を開きます」

その言葉に、仲間たちが一斉に彼へと意識を集中させる。

「議題は、【創世の仕様書】の解読です。これまでの僕のアプローチは間違っていました」

ケンジは自らの失敗を潔く認める。「僕はこれを古代の書物か、魔法の呪文のように『翻訳』しようとしていた。ですが、おそらくそれは違う」

彼はそこで一度言葉を切った。そして自らがたどり着いた新たな仮説を提示する。「これは書物ではない。世界のルールそのものを記述した、『設計図』、あるいは『プログラム』そのものだ。ならば、我々が取るべきアプローチは、ただ一つ」

ケンジの瞳が鋭い光を宿す。「僕のスキル、【プロジェクト管理】を使います。ですが今度はただ読むのではありません。この仕様書そのものを一つの巨大なプロジェクトとして捉え、その構造を分析、分解し、そして解読を試みるのです」

その突拍子もない発想。だがその言葉には不思議なほどの説得力があった。世界の設計図をプロジェクトとして管理する。それはこの男にしかできない唯一無二のアプローチだった。

「…ですが、それには膨大な精神力を要するでしょう。僕がスキルを発動させている間、完全に無防備になります。皆さんにはその間、この部屋の護衛をお願いしたい」

そのリーダーからの絶対的な信頼を込めた依頼。仲間たちが応えないはずがなかった。ゴードンとガイが部屋の入り口へと立ちはだかり、鉄壁の守りを固める。ルリエルとシーナがケンジの両脇に座り、彼の身に何かが起きた時、すぐさま対応できるように備える。完璧な布陣だった。

ケンジは仲間たちに頷き返すと、静かに目を閉じた。そして再び、あの神の領域へとその意識を沈めていく。

(―――スキル起動、【プロジェクト管理】!)
(―――コマンド入力:対象オブジェクト【創世の仕様書】の構造解析(ストラクチャー・アナリシス)を開始!)

ケンジの脳内に再びあの意味不明な文字列と幾何学模様が溢れ出す。だが今度の彼の視界は、以前とはまったく違っていた。彼はもはやその表面的な文字や形を追ってはいない。彼のスキルは、その情報のさらに奥深くにある構造そのものをスキャンし、分析していく。

(…これは…!)

ケンジは戦慄した。彼の視界に表示されていくその解析結果が、自らの仮説が正しかったことを証明していた。

【解析結果:対象オブジェクトは既知のいかなる言語体系とも一致しない】
【シンタックス構造(構文解析):宣言型、オブジェクト指向言語との高い類似性を確認】
【結論:対象オブジェクトは言語ではなく、世界の理(ルール)を定義するプログラムコードである可能性が極めて高い】

プログラム、コード。その前世では聞き慣れた、しかしこのファンタジーの世界にはあまりにも不釣り合いな言葉。ケンジは確信した。自分は今、この世界のOS(オペレーティング・システム)のソースコードを覗き見ているのだと。

その瞬間、彼の思考が一段階シフトする。彼はもはや翻訳家ではない。彼はシステムアナリストだ。そしてシステムアナリストが未知のプログラムを解析する時に取るべき手順は決まっている。

(―――WBS(作業分解構成図)を作成!)

ケンジはその膨大なコードの塊を機能ごとに切り分け、分類し、階層構造化していく。彼はまだ一行もその意味を理解してはいない。だが、どこに何が書かれているのか、その「構造」だけは完璧に把握しつつあった。

【Ver.1.0β:創世の仕様書】
 ┣【第一章:世界定義(ワールド・ディフィニション)】
 ┃ ┣【1-1:物理法則】
 ┃ ┗【1-2:魔法原理】
 ┣【第二章:オブジェクト定義(オブジェクト・ディフィニション)】
 ┃ ┣【2-1:生命体(クリーチャー)】
 ┃ ┗【2-2:非生命体(マテリアル)】
 ┣【第三章:エラー管理プロトコル(エラーハンドリング)】
 ┃ ┣【3-1:定義:アノマリー】
 ┃ ┗【3-2:定義:魔王プロセス】
 ┗【……(解析不能領域)】

その美しく、そして恐ろしいほどの秩序。ケンジはその構造図を完成させた時、一つの光明を見つけ出していた。すべてを理解する必要はない。今、自分たちが知るべき情報はただ一つ。【第三章:エラー管理プロトコル】。その項目にすべての答えが眠っているはずだ。

彼は残されたすべての精神力をその一点に集中させた。ついに神の言葉を人の言葉へと「翻訳」するために。彼の額から汗が流れ落ちる。仲間たちが固唾をのんで見守る中、ケンジの挑戦はまだ始まったばかりだった。
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