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第4章:過去の呪縛、絆の証明
第97話:魔王は世界の自動メンテナンス機能
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ケンジの孤独な戦いが始まった。
それは剣も魔法も役に立たない、ただ純粋な知力と精神力だけが試される、あまりにも過酷な解読作業。安宿の一室は、完全に彼の研究室へと変わり果てていた。
床には彼が解読を試みた無数の羊皮紙が散乱し、壁には描き殴った意味不明な幾何学模様と数式がびっしりと書き込まれている。部屋の空気は、煮詰まった思考と燃え尽きようとする精神の匂いで満ちていた。
一昼夜が過ぎた。
ケンジは食事も睡眠も取らず、ただひたすらにその意識を神の仕様書へとダイブさせ続けていた。プロジェクトマネージャーとしてのすべての知識と経験が総動員される。彼は、その無機質なコードの羅列の中に繰り返し現れるパターンを見つけ出し、それを「関数」として定義していく。そして、その関数同士の繋がりを分析し、巨大なフローチャートを脳内で構築していく。それはもはや解読というよりも、未知の巨大なシステムに対するリバース・エンジニアリングに近かった。
二日が過ぎた。
仲間たちが代わる代わる彼の様子を見に来ては、そのあまりの消耗ぶりに悲痛な表情を浮かべた。
「ケンジさん、少し休んでくださいまし!」
ルリエルが懇願する。
「ボス、このままじゃてめえがぶっ倒れるのが先だぜ」
シーナが悪態をつく。
だが、彼らの声はもはやケンジの耳には届いていなかった。彼の意識は完全に、この世界の理の深淵にまで到達していた。
そして三日目の夜。
彼の精神が限界を迎え、その意識が途切れようとしたまさにその瞬間だった。
彼の脳内で何かがカチリと噛み合った。膨大なコードの海の中から、彼はついに一つのキーワードを見つけ出したのだ。
【魔王プロセス】
その文字列が記述されているセクション。【第三章:エラー管理プロトコル】。そこだ。そこにすべての答えがある。
ケンジは残された最後の力を振り絞った。そして、その神が記した禁断の一文を、人の言葉へと翻訳することについに成功したのだ。
彼の閉ざされた瞼の裏で、その文字列がゆっくりと浮かび上がる。それは無機質で、そして衝撃的な内容だった。
『定義:【魔王プロセス】とは、世界の恒常性(ホメオスタシス)を維持するため、システム上に発生した穢れ(バグ)を定期的にクリーンアップする、自動メンテナンス機能である』
「……………は?」
ケンジの唇から、乾いた、間の抜けた声が漏れた。彼の思考が完全にフリーズする。
自動メンテナンス機能…?クリーンアップ…?
魔王が?世界を恐怖に陥れる絶対的な悪の象徴が?
ただのお掃除プログラムだと…?
ケンジは混乱した。これまでのすべての前提が根底から覆されたのだ。
魔王とは、倒すべき敵ではなかったのか。この世界を破壊しようとする、悪意の塊ではなかったのか。
だが、仕様書に記されたその定義は、あまりにも無慈悲で、揺るぎない事実としてそこにあった。彼は震える意識で、さらにその続きを読み進めていく。
【プロセス詳細:本機能は、世界の生命エネルギー総量が規定値を超過し、システム全体の安定性を脅かす可能性が生じた場合に発動する。対象領域における過剰な生命(データ)を物理的に削除(デリート)することで、システムの負荷を軽減し、世界の崩壊(クラッシュ)を未然に防ぐことを目的とする】
ケンジは戦慄した。
そうだ。これは善でも悪でもない。ただ純粋なシステムとしての機能なのだ。
増えすぎたデータを削除し、サーバーの安定を保つ。前世で彼が何度も見てきた光景。だが、その「データ」が、この世界では「命」そのものに他ならなかった。魔王とは、この世界を守るために、この世界に住む生命を虐殺する、あまりにも歪で、哀しい矛盾そのものだったのだ。
ケンジのスキルが解除される。彼の意識が現実へと引き戻された。
彼は椅子に深く身を沈めたまま、ただ呆然と天井を見上げていた。その顔は血の気を失い、真っ白だった。だが、その瞳には、これまでにないほど深く、そして恐ろしいほどの理解の光が宿っていた。
彼はついに、この世界の最大の謎の、その一端に触れてしまったのだ。
ケンジのそのあまりにも疲弊しきった、しかしどこか憑き物が落ちたかのような静かな表情に、仲間たちは彼がついにあの神の遺物の解読に成功したことを悟った。彼らは自然とテーブルの周りに集まる。これから語られるであろう世界の真実を聞き届けるために。
ケンジは震える指先で、自らが翻訳したその衝撃的な一文が記された羊皮紙を、仲間たちの前に差し出した。
「…見つけました」
彼の声はひどくかすれていた。
「我々がこれまで戦ってきたすべての元凶。…魔王の、その正体を」
仲間たちはゴクリと喉を鳴らす。
彼らがこれから聞くのは、この世界の誰もが知り得ない、禁断の真実。
ケンジは静かに、その羊皮紙に記されたあまりにも無機質な定義を読み上げた。
「―――定義:【魔王プロセス】とは、世界の恒常性を維持するため、システム上に発生した穢れ(バグ)を定期的にクリーンアップする、自動メンテナンス機能である」
その一文が静まり返った部屋に響き渡った瞬間、世界の音が止まったかのような錯覚に襲われた。
仲間たちはただ呆然と、その言葉の意味を理解しようとしていた。
自動メンテナンス機能…?魔王が?絶対的な悪の化身であるはずのあの存在が?
「…おい、ボス…」
最初にその沈黙を破ったのは、シーナの信じられないといった声だった。
「…てめえ、そりゃどういう冗談だ…?あたしたちがこれまで戦ってきたあいつが、ただの掃除屋だとでも言うのかい…?じゃあ、あいつが掃除しようとしてる『穢れ』ってのは、一体、何なんだよ…?」
そのあまりにも当然の問いに、ケンジは哀しい瞳で答えた。
「…おそらくは、我々、知的生命体、そのものです」
「…ッ!?」
「増えすぎたデータ(生命)を定期的に削除し、システム全体の安定を保つ。それが、魔王という機能の本来の役割なのです」
そのあまりにも残酷で冒涜的な真実に、仲間たちの心に激震が走った。
「そんな…、そんなことが…」
ルリエルが青ざめた顔で呻く。
「では、古文書に記された魔王の伝説はすべて嘘だったというのですか…!?我々エルフ族が何千年もの長きにわたり戦い続けてきた、あの絶対的な悪は、ただの世界の自浄作用だったと…!?」
彼女の魔術師としての誇りも、エルフとしての歴史も、すべてが根底から覆されていく。
「…ならば」
ゴードンの地の底から響くような低い声。
「俺の妹は…。あいつは、一体、何のために死んだのだ…?世界を守るための機能と戦って、命を落としたとでも言うのか…?」
彼の人生のすべてを支えてきた、魔王への復讐という目的が、今、その意味を失おうとしていた。
ガイもまた、その聖剣を握りしめたまま言葉を失っていた。
光の勇者として、闇の魔王を討ち滅ぼす。その単純明快だったはずの彼の正義が、今、その対象を見失い、宙に浮いていた。
彼らがこれまで戦ってきた「魔王」の脅威。
それが、本来は世界を守るための機能だったという、その皮肉な真実。
その事実に、一行はただ言葉を失う。彼らのこれまでの戦いのすべてが、まるで茶番だったかのように思えてならなかった。
だが。
その絶望的な沈黙の中で。ケンジだけが、そのさらに先を見据えていた。
彼は仲間たちへと問いかける。
「ええ。ですが皆さん。おかしいとは思いませんか?」
その静かな問いに、仲間たちはハッと顔を上げた。
「もし魔王が本当に世界の恒常性を維持するための機能なのだとしたら」
ケンジの瞳が鋭い光を宿す。
「―――ならばなぜ、その機能が今、世界そのものを破壊しようとしているのですか?」
そうだ。
アノマリーは世界を蝕んでいる。ワイバーンのヒナは「魔王プロセス」と同期し、世界を滅ぼす時限爆弾となろうとしていた。本来、世界を守るはずの機能が、なぜ、自らが守るべきシステムを破壊しようとしているのか。
新たな、そしてより根源的な謎。
それが、絶望の淵にいた彼らの前に、巨大な壁となって立ちはだかった。
魔王は悪ではない。
だが、現実に世界を滅ぼそうとしている。
そのあまりにも巨大な矛盾。
それこそが、彼らがこれから本当に戦うべき敵の正体だった。
物語はまだ終わらない。本当の謎は、今、ようやくその始まりを告げたのだから。
それは剣も魔法も役に立たない、ただ純粋な知力と精神力だけが試される、あまりにも過酷な解読作業。安宿の一室は、完全に彼の研究室へと変わり果てていた。
床には彼が解読を試みた無数の羊皮紙が散乱し、壁には描き殴った意味不明な幾何学模様と数式がびっしりと書き込まれている。部屋の空気は、煮詰まった思考と燃え尽きようとする精神の匂いで満ちていた。
一昼夜が過ぎた。
ケンジは食事も睡眠も取らず、ただひたすらにその意識を神の仕様書へとダイブさせ続けていた。プロジェクトマネージャーとしてのすべての知識と経験が総動員される。彼は、その無機質なコードの羅列の中に繰り返し現れるパターンを見つけ出し、それを「関数」として定義していく。そして、その関数同士の繋がりを分析し、巨大なフローチャートを脳内で構築していく。それはもはや解読というよりも、未知の巨大なシステムに対するリバース・エンジニアリングに近かった。
二日が過ぎた。
仲間たちが代わる代わる彼の様子を見に来ては、そのあまりの消耗ぶりに悲痛な表情を浮かべた。
「ケンジさん、少し休んでくださいまし!」
ルリエルが懇願する。
「ボス、このままじゃてめえがぶっ倒れるのが先だぜ」
シーナが悪態をつく。
だが、彼らの声はもはやケンジの耳には届いていなかった。彼の意識は完全に、この世界の理の深淵にまで到達していた。
そして三日目の夜。
彼の精神が限界を迎え、その意識が途切れようとしたまさにその瞬間だった。
彼の脳内で何かがカチリと噛み合った。膨大なコードの海の中から、彼はついに一つのキーワードを見つけ出したのだ。
【魔王プロセス】
その文字列が記述されているセクション。【第三章:エラー管理プロトコル】。そこだ。そこにすべての答えがある。
ケンジは残された最後の力を振り絞った。そして、その神が記した禁断の一文を、人の言葉へと翻訳することについに成功したのだ。
彼の閉ざされた瞼の裏で、その文字列がゆっくりと浮かび上がる。それは無機質で、そして衝撃的な内容だった。
『定義:【魔王プロセス】とは、世界の恒常性(ホメオスタシス)を維持するため、システム上に発生した穢れ(バグ)を定期的にクリーンアップする、自動メンテナンス機能である』
「……………は?」
ケンジの唇から、乾いた、間の抜けた声が漏れた。彼の思考が完全にフリーズする。
自動メンテナンス機能…?クリーンアップ…?
魔王が?世界を恐怖に陥れる絶対的な悪の象徴が?
ただのお掃除プログラムだと…?
ケンジは混乱した。これまでのすべての前提が根底から覆されたのだ。
魔王とは、倒すべき敵ではなかったのか。この世界を破壊しようとする、悪意の塊ではなかったのか。
だが、仕様書に記されたその定義は、あまりにも無慈悲で、揺るぎない事実としてそこにあった。彼は震える意識で、さらにその続きを読み進めていく。
【プロセス詳細:本機能は、世界の生命エネルギー総量が規定値を超過し、システム全体の安定性を脅かす可能性が生じた場合に発動する。対象領域における過剰な生命(データ)を物理的に削除(デリート)することで、システムの負荷を軽減し、世界の崩壊(クラッシュ)を未然に防ぐことを目的とする】
ケンジは戦慄した。
そうだ。これは善でも悪でもない。ただ純粋なシステムとしての機能なのだ。
増えすぎたデータを削除し、サーバーの安定を保つ。前世で彼が何度も見てきた光景。だが、その「データ」が、この世界では「命」そのものに他ならなかった。魔王とは、この世界を守るために、この世界に住む生命を虐殺する、あまりにも歪で、哀しい矛盾そのものだったのだ。
ケンジのスキルが解除される。彼の意識が現実へと引き戻された。
彼は椅子に深く身を沈めたまま、ただ呆然と天井を見上げていた。その顔は血の気を失い、真っ白だった。だが、その瞳には、これまでにないほど深く、そして恐ろしいほどの理解の光が宿っていた。
彼はついに、この世界の最大の謎の、その一端に触れてしまったのだ。
ケンジのそのあまりにも疲弊しきった、しかしどこか憑き物が落ちたかのような静かな表情に、仲間たちは彼がついにあの神の遺物の解読に成功したことを悟った。彼らは自然とテーブルの周りに集まる。これから語られるであろう世界の真実を聞き届けるために。
ケンジは震える指先で、自らが翻訳したその衝撃的な一文が記された羊皮紙を、仲間たちの前に差し出した。
「…見つけました」
彼の声はひどくかすれていた。
「我々がこれまで戦ってきたすべての元凶。…魔王の、その正体を」
仲間たちはゴクリと喉を鳴らす。
彼らがこれから聞くのは、この世界の誰もが知り得ない、禁断の真実。
ケンジは静かに、その羊皮紙に記されたあまりにも無機質な定義を読み上げた。
「―――定義:【魔王プロセス】とは、世界の恒常性を維持するため、システム上に発生した穢れ(バグ)を定期的にクリーンアップする、自動メンテナンス機能である」
その一文が静まり返った部屋に響き渡った瞬間、世界の音が止まったかのような錯覚に襲われた。
仲間たちはただ呆然と、その言葉の意味を理解しようとしていた。
自動メンテナンス機能…?魔王が?絶対的な悪の化身であるはずのあの存在が?
「…おい、ボス…」
最初にその沈黙を破ったのは、シーナの信じられないといった声だった。
「…てめえ、そりゃどういう冗談だ…?あたしたちがこれまで戦ってきたあいつが、ただの掃除屋だとでも言うのかい…?じゃあ、あいつが掃除しようとしてる『穢れ』ってのは、一体、何なんだよ…?」
そのあまりにも当然の問いに、ケンジは哀しい瞳で答えた。
「…おそらくは、我々、知的生命体、そのものです」
「…ッ!?」
「増えすぎたデータ(生命)を定期的に削除し、システム全体の安定を保つ。それが、魔王という機能の本来の役割なのです」
そのあまりにも残酷で冒涜的な真実に、仲間たちの心に激震が走った。
「そんな…、そんなことが…」
ルリエルが青ざめた顔で呻く。
「では、古文書に記された魔王の伝説はすべて嘘だったというのですか…!?我々エルフ族が何千年もの長きにわたり戦い続けてきた、あの絶対的な悪は、ただの世界の自浄作用だったと…!?」
彼女の魔術師としての誇りも、エルフとしての歴史も、すべてが根底から覆されていく。
「…ならば」
ゴードンの地の底から響くような低い声。
「俺の妹は…。あいつは、一体、何のために死んだのだ…?世界を守るための機能と戦って、命を落としたとでも言うのか…?」
彼の人生のすべてを支えてきた、魔王への復讐という目的が、今、その意味を失おうとしていた。
ガイもまた、その聖剣を握りしめたまま言葉を失っていた。
光の勇者として、闇の魔王を討ち滅ぼす。その単純明快だったはずの彼の正義が、今、その対象を見失い、宙に浮いていた。
彼らがこれまで戦ってきた「魔王」の脅威。
それが、本来は世界を守るための機能だったという、その皮肉な真実。
その事実に、一行はただ言葉を失う。彼らのこれまでの戦いのすべてが、まるで茶番だったかのように思えてならなかった。
だが。
その絶望的な沈黙の中で。ケンジだけが、そのさらに先を見据えていた。
彼は仲間たちへと問いかける。
「ええ。ですが皆さん。おかしいとは思いませんか?」
その静かな問いに、仲間たちはハッと顔を上げた。
「もし魔王が本当に世界の恒常性を維持するための機能なのだとしたら」
ケンジの瞳が鋭い光を宿す。
「―――ならばなぜ、その機能が今、世界そのものを破壊しようとしているのですか?」
そうだ。
アノマリーは世界を蝕んでいる。ワイバーンのヒナは「魔王プロセス」と同期し、世界を滅ぼす時限爆弾となろうとしていた。本来、世界を守るはずの機能が、なぜ、自らが守るべきシステムを破壊しようとしているのか。
新たな、そしてより根源的な謎。
それが、絶望の淵にいた彼らの前に、巨大な壁となって立ちはだかった。
魔王は悪ではない。
だが、現実に世界を滅ぼそうとしている。
そのあまりにも巨大な矛盾。
それこそが、彼らがこれから本当に戦うべき敵の正体だった。
物語はまだ終わらない。本当の謎は、今、ようやくその始まりを告げたのだから。
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