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第4章:過去の呪縛、絆の証明
第102話:技術官僚シルヴィア
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魔法都市アイドス。その完璧で脆いシステムの真実を知ってから、数日が過ぎた。ケンジたちはこの街の「マナ・レギュレーター」を調査するため、最初のそして最大の壁へと挑もうとしていた。それは、都市のすべてを管理する行政機関、都市管理局への正式な調査許可申請だった。
「…本当に大丈夫なのでしょうか…」
管理局へ向かう浮遊盤の上でルリエルが不安げに呟く。自分たちの目的は街の根幹システムの調査。下手をすれば勇者ではなく、秩序を乱す危険分子と見なされかねない。
「問題ありません」
ケンジは静かに答えた。彼の手に握られているのは、数日間で作り上げた完璧な「プロジェクト申請書」。核心には一切触れず、ただ「大陸規模で発生している魔力異常の原因調査のため、貴都市のマナ・コンジット網の調査許可を申請する」という、あくまで学術的な目的だけを記したものだ。
「我々は正直に目的を話します。ただし、すべてを話す必要はありません。これも交渉術です」
その揺るぎない自信に、仲間たちはただ頷くことしかできなかった。
やがて一行がたどり着いたのは、都市の中心部に浮かぶ、ひときわ巨大で荘厳な浮遊島だった。都市管理庁舎。その建物は白亜の大理石と磨き上げられた水晶だけで作られており、まるで神々の神殿のように静かな威厳を放っていた。
内部は静寂と秩序に支配されていた。塵一つない床を、ローブの職員たちが音もなく行き交う。聞こえるのは、彼らが操作する魔法具の微かな駆動音と、羽ペンが羊皮紙の上を滑る音だけ。そこは戦場とは対極にある、知性と論理だけで構成された空間だった。
ケンジは受付で申請書を提出した。女性職員は内容に一瞥をくれると、少しも表情を変えずに告げる。
「承知いたしました。本件の担当官をお呼びします。別室にてお待ちください」
通された待合室は快適だったが、無機質で冷たい空気が流れていた。これから現れる人物が自分たちの運命を握っている。仲間たちの間に張り詰めた緊張が走る。
どれほどの時間が経っただろうか。部屋の扉が音もなく開かれた。そこに一人の女性が立っていた。
その瞬間、ケンジの隣に座っていたルリエルの身体がびくりと震え、顔から急速に血の気が引いていくのを彼は見逃さなかった。
部屋に入ってきた女性はルリエルと同じくらいの年頃。白銀の髪は一筋の乱れもなく完璧に結い上げられている。身にまとっているのは、管理局のエリートだけが着用を許される最高級のシルクでできた純白のローブ。そして何より印象的なのは、その瞳だった。知性と、そして一切の妥協を許さない厳格な光を宿した紫水晶のような瞳。そのすべてが、この魔法都市アイドスの「完璧な秩序」そのものを体現しているかのようだった。
女性はまず一行を値踏みするように一瞥した。そしてその視線がルリエルの驚愕に見開かれた顔を捉えた瞬間、彼女の無表情な顔に初めて感情らしきものが浮かんだ。それは、驚きでも懐かしさでもない。ただ、道端の石ころでも見るかのような、微かで冷たい侮蔑の色だった。
「…あら」
女性の唇から鈴を転がすような、しかしどこまでも冷たい声が漏れる。
「…ルリエルではありませんか。あなたのような方が、このような辺境の調査団に混じって、一体、何をしているのですこと?」
その棘のある言葉に、ルリエルの顔が屈辱に赤く染まる。彼女は震える唇で因縁の相手の名を呟いた。
「…シルヴィア…」
ルリエルの唇から漏れたその名前は、まるで古傷に触れられたかのような痛みに満ちていた。その声に、シルヴィアと名乗った女性はまるで興味がないとでも言うかのように、完璧に整えられた眉をわずかに上げただけだった。
部屋に険悪な空気が流れる。二人の天才エルフ魔術師。その間に横たわる、深く冷たい確執の歴史。その重い空気を断ち切ったのはケンジだった。
彼は一歩前に進み出ると、ルリエルの前に立ちはだかるようにしてシルヴィアへと向き直った。
「シルヴィア殿。僕は、このパーティの責任者を務めております、佐藤健司と申します。本日は、我々の申請をご検討いただく時間をいただき、感謝します」
その丁寧でビジネスライクな挨拶に、シルヴィアは初めてその紫水晶のような瞳でケンジという男を正面から捉えた。
「…あなたが、あの噂のプロジェクトマネージャーですのね」
彼女はそう言うと、指先一つで自らのデスクの上に置かれていた一枚の薄い水晶の板を宙に浮かび上がらせた。板には王都から今朝送られてきたばかりの、ケンジたちの活動記録をまとめた報告書が浮かび上がっている。
「拝見しましたわ。あなた方の『実績』とやらを」
シルヴィアは報告書に目を落としながら、出来の悪い学生のレポートを採点するかのように、その内容を淡々と読み上げ始めた。声はどこまでも平坦で、その一言一言に鋭い侮蔑の棘が込められていた。
「…まずは、ウィスパーウッドでのゴブリン討伐。作戦開始直後に大規模な火炎魔法を使用。結果、敵にこちらの位置を知らせ包囲されるという初歩的なミスを犯していますわね。最終的に勝利はしたようですが、その過程はお世辞にも褒められたものではありません」
その指摘に、ルリエルの顔がカッと赤く染まる。
シルヴィアは構わず続ける。
「次に、交易都市フラックスでの一件。…報告書を読んでいるだけで頭が痛くなりましたわ。物流の妨害、市場操作、風評の流布…。どれも場当たり的で危険すぎる。アルタイル商会を追い詰めることには成功したようですが、一歩間違えれば都市全体を巻き込む大惨事になっていた可能性もある。綱渡りがすぎますわ」
シーナのフードの奥の瞳が冷たい光を放つ。
そして最後に、シルヴィアはその報告書から顔を上げ、一行を見渡した。唇に薄い、心の底からの嘲笑を浮かべて。
「結論として、あなた方の戦い方は、こうですわね」
彼女は水晶の板を、まるでゴミでも捨てるかのようにデスクの上に放り出した。カツンと冷たい音が響く。
「―――力押しの戦闘ばかり。野蛮ですわね」
その傲慢で、すべてを見下したような一言が、仲間たちの心の最後の砦を打ち砕いた。
「…なっ…!」
ルリエルが震える声で叫ぶ。
「あなたに、私たちの戦いの何が分かると言うのですか!? 私たちは、いつだって命がけで…!」
「命がけ?」
シルヴィアはルリエルの感情的な叫びを鼻で笑った。
「ええ。そうでしょうね。無計画で非効率的な戦いを繰り返していれば、当然命がけにもなりましょう。ですが我々アイドスの魔術師は、それを『無能』と呼ぶのですわ」
その残酷な言葉に、ゴードンが巨大な篭手を固く握りしめ、シーナの手は短剣の柄にかかっていた。ケンジはただ黙ってすべてを受け止めている。彼は理解していた。このシルヴィアという女性が、ただ個人的な感情で彼らを侮辱しているのではないということを。彼女は、この魔法都市アイドスの「常識」と「正義」に基づいて、彼らを断罪しているのだ。そして、その常識は自分たちのそれとはあまりにもかけ離れているのだと。
「…本当に大丈夫なのでしょうか…」
管理局へ向かう浮遊盤の上でルリエルが不安げに呟く。自分たちの目的は街の根幹システムの調査。下手をすれば勇者ではなく、秩序を乱す危険分子と見なされかねない。
「問題ありません」
ケンジは静かに答えた。彼の手に握られているのは、数日間で作り上げた完璧な「プロジェクト申請書」。核心には一切触れず、ただ「大陸規模で発生している魔力異常の原因調査のため、貴都市のマナ・コンジット網の調査許可を申請する」という、あくまで学術的な目的だけを記したものだ。
「我々は正直に目的を話します。ただし、すべてを話す必要はありません。これも交渉術です」
その揺るぎない自信に、仲間たちはただ頷くことしかできなかった。
やがて一行がたどり着いたのは、都市の中心部に浮かぶ、ひときわ巨大で荘厳な浮遊島だった。都市管理庁舎。その建物は白亜の大理石と磨き上げられた水晶だけで作られており、まるで神々の神殿のように静かな威厳を放っていた。
内部は静寂と秩序に支配されていた。塵一つない床を、ローブの職員たちが音もなく行き交う。聞こえるのは、彼らが操作する魔法具の微かな駆動音と、羽ペンが羊皮紙の上を滑る音だけ。そこは戦場とは対極にある、知性と論理だけで構成された空間だった。
ケンジは受付で申請書を提出した。女性職員は内容に一瞥をくれると、少しも表情を変えずに告げる。
「承知いたしました。本件の担当官をお呼びします。別室にてお待ちください」
通された待合室は快適だったが、無機質で冷たい空気が流れていた。これから現れる人物が自分たちの運命を握っている。仲間たちの間に張り詰めた緊張が走る。
どれほどの時間が経っただろうか。部屋の扉が音もなく開かれた。そこに一人の女性が立っていた。
その瞬間、ケンジの隣に座っていたルリエルの身体がびくりと震え、顔から急速に血の気が引いていくのを彼は見逃さなかった。
部屋に入ってきた女性はルリエルと同じくらいの年頃。白銀の髪は一筋の乱れもなく完璧に結い上げられている。身にまとっているのは、管理局のエリートだけが着用を許される最高級のシルクでできた純白のローブ。そして何より印象的なのは、その瞳だった。知性と、そして一切の妥協を許さない厳格な光を宿した紫水晶のような瞳。そのすべてが、この魔法都市アイドスの「完璧な秩序」そのものを体現しているかのようだった。
女性はまず一行を値踏みするように一瞥した。そしてその視線がルリエルの驚愕に見開かれた顔を捉えた瞬間、彼女の無表情な顔に初めて感情らしきものが浮かんだ。それは、驚きでも懐かしさでもない。ただ、道端の石ころでも見るかのような、微かで冷たい侮蔑の色だった。
「…あら」
女性の唇から鈴を転がすような、しかしどこまでも冷たい声が漏れる。
「…ルリエルではありませんか。あなたのような方が、このような辺境の調査団に混じって、一体、何をしているのですこと?」
その棘のある言葉に、ルリエルの顔が屈辱に赤く染まる。彼女は震える唇で因縁の相手の名を呟いた。
「…シルヴィア…」
ルリエルの唇から漏れたその名前は、まるで古傷に触れられたかのような痛みに満ちていた。その声に、シルヴィアと名乗った女性はまるで興味がないとでも言うかのように、完璧に整えられた眉をわずかに上げただけだった。
部屋に険悪な空気が流れる。二人の天才エルフ魔術師。その間に横たわる、深く冷たい確執の歴史。その重い空気を断ち切ったのはケンジだった。
彼は一歩前に進み出ると、ルリエルの前に立ちはだかるようにしてシルヴィアへと向き直った。
「シルヴィア殿。僕は、このパーティの責任者を務めております、佐藤健司と申します。本日は、我々の申請をご検討いただく時間をいただき、感謝します」
その丁寧でビジネスライクな挨拶に、シルヴィアは初めてその紫水晶のような瞳でケンジという男を正面から捉えた。
「…あなたが、あの噂のプロジェクトマネージャーですのね」
彼女はそう言うと、指先一つで自らのデスクの上に置かれていた一枚の薄い水晶の板を宙に浮かび上がらせた。板には王都から今朝送られてきたばかりの、ケンジたちの活動記録をまとめた報告書が浮かび上がっている。
「拝見しましたわ。あなた方の『実績』とやらを」
シルヴィアは報告書に目を落としながら、出来の悪い学生のレポートを採点するかのように、その内容を淡々と読み上げ始めた。声はどこまでも平坦で、その一言一言に鋭い侮蔑の棘が込められていた。
「…まずは、ウィスパーウッドでのゴブリン討伐。作戦開始直後に大規模な火炎魔法を使用。結果、敵にこちらの位置を知らせ包囲されるという初歩的なミスを犯していますわね。最終的に勝利はしたようですが、その過程はお世辞にも褒められたものではありません」
その指摘に、ルリエルの顔がカッと赤く染まる。
シルヴィアは構わず続ける。
「次に、交易都市フラックスでの一件。…報告書を読んでいるだけで頭が痛くなりましたわ。物流の妨害、市場操作、風評の流布…。どれも場当たり的で危険すぎる。アルタイル商会を追い詰めることには成功したようですが、一歩間違えれば都市全体を巻き込む大惨事になっていた可能性もある。綱渡りがすぎますわ」
シーナのフードの奥の瞳が冷たい光を放つ。
そして最後に、シルヴィアはその報告書から顔を上げ、一行を見渡した。唇に薄い、心の底からの嘲笑を浮かべて。
「結論として、あなた方の戦い方は、こうですわね」
彼女は水晶の板を、まるでゴミでも捨てるかのようにデスクの上に放り出した。カツンと冷たい音が響く。
「―――力押しの戦闘ばかり。野蛮ですわね」
その傲慢で、すべてを見下したような一言が、仲間たちの心の最後の砦を打ち砕いた。
「…なっ…!」
ルリエルが震える声で叫ぶ。
「あなたに、私たちの戦いの何が分かると言うのですか!? 私たちは、いつだって命がけで…!」
「命がけ?」
シルヴィアはルリエルの感情的な叫びを鼻で笑った。
「ええ。そうでしょうね。無計画で非効率的な戦いを繰り返していれば、当然命がけにもなりましょう。ですが我々アイドスの魔術師は、それを『無能』と呼ぶのですわ」
その残酷な言葉に、ゴードンが巨大な篭手を固く握りしめ、シーナの手は短剣の柄にかかっていた。ケンジはただ黙ってすべてを受け止めている。彼は理解していた。このシルヴィアという女性が、ただ個人的な感情で彼らを侮辱しているのではないということを。彼女は、この魔法都市アイドスの「常識」と「正義」に基づいて、彼らを断罪しているのだ。そして、その常識は自分たちのそれとはあまりにもかけ離れているのだと。
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