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第5章:オペレーション・ジェネシス
第146話:フェーズ2:ロジックの攻防
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世界の心臓部に、再び、静寂が戻った。
水晶が砕け散る甲高い断末魔の余韻が消え、後に残されたのは、満身創痍の、しかし、誰一人欠けることのない、四人の仲間たちの荒い息遣いだけだった。彼らは、互いの顔を見合わせた。言葉はない。だが、その瞳には、この世の終わりそのものを共に乗り越えた者たちだけが分かち合える、絶対的な信頼と絆の光が宿っていた。
彼らは、システムの第一波を、完璧に凌ぎ切ったのだ。
だが、戦いは、終わっていなかった。
彼らの視線の先。
『創造の玉座』の前で、あの無機質な水晶の人型――“改竄者”は、まだ、そこにいた。
一切の表情を変えることなく、ただ、静かに、彼らの「成果」を、観察するように。その顔のない貌は、まるで、こう告げているかのようだった。
―――物理的な攻撃だけでは、私には、届かない、と。
「…くそっ…!手応えが、ねえ…!」
シーナが、忌々しげに吐き捨てる。CSOとしての彼女の鋭敏な感覚が、この勝利が、本当の勝利ではないことを告げていた。彼らは、ただ、敵が作り出した「障害物」を排除したに過ぎない。本体には、傷一つ、届いていない。
その、膠着した空気を破るように、改竄者が、動いた。
それは、攻撃の予備動作ではなかった。
ただ、その水晶の貌を、わずかに、傾けただけ。まるで、自らが実行したプログラムの結果を、冷静に分析するかのように。
『―――フェーズ1、完了』
その、一切の感情を排した合成音声が、再び、空間に響き渡る。
『物理的防衛機能による、エラー群(あなたたち)の駆除。成功確率予測、98.7%。実績、0%。…予測と実績の間に、致命的な乖離(かいり)を確認』
改竄者は、自らの敗北を、ただの「データ」として、淡々と分析していた。そのあまりにも人間離れした思考に、仲間たちは、言いようのない悪寒を覚える。
『原因分析を開始…』
改竄者の、見えない視線が、再び、一行をスキャンしていく。
ゴードンが構築した、戦場の環境そのものを変える、CTOとしての戦術。
ルリエルが展開した、敵の連携を分断する、リードエンジニアとしてのハッキング能力。
シーナが実行した、敵AIの裏をかく、CSOとしての暗殺技術。
そして、そのすべてを、一つの完璧な「組織力」へと昇華させた、ケンジの、プロジェクトマネージャーとしての指揮能力。
『…結論』
改竄者の分析は、一瞬で完了した。
『エラー群は、個別の脅威としてではなく、一つの高効率な『組織』として機能している。個々のノードを攻撃しても、全体のパフォーマンス低下には繋がらない。…なるほど。興味深い、バグの生態だ』
その声には、感心もなければ、賞賛もない。ただ、未知のバグを発見したエンジニアのような、冷たい好奇心があるだけだった。
『ならば、こちらも、アプローチを変更する』
改竄者は、静かに、告げた。
『これより、フェーズ2へ移行する。攻撃対象を、再設定』
その水晶の身体が、ゆっくりと、ケンジという一点へと、その向きを変えた。
その顔のない貌が、正確に、このチームの唯一の頭脳を、ロックオンする。
『ターゲットは、この組織の、単一障害点(Single Point of Failure)。―――プロジェクトマネージャー、ただ一人』
その宣告が、ケンジ個人の、最後の、そして最も過酷な試練の始まりを告げる、開戦の鐘の音だった。
改竄者が、ケンジを、新たなターゲットとして再設定した、その瞬間。
ケンジの脳内に、これまで感じたことのない、異質な感覚が流れ込んできた。
それは、物理的な衝撃ではない。魔法的な攻撃でもない。
まるで、自らの精神という名の、最もプライベートな領域に、無断で、そして暴力的に、ログインされたかのような、冒涜的なまでの侵犯の感覚。
「…ッ!?」
ケンジの身体が、見えない力に貫かれたかのように、激しく痙攣した。
「ボスッ!?」「ケンジさん!」
仲間たちの悲痛な叫び声が、遠くで聞こえる。だが、彼の意識は、もはや、この物理世界にはなかった。
彼の精神は、改竄者が作り出した、仮想の空間へと、強制的に引きずり込まれていた。
そこは、彼がよく知る、しかし、二度と見たくはなかった、あの場所だった。
深夜のオフィス。
鳴り響くサーバーエラーの、けたたましい警告音。
蛍光灯に白々と照らされた、自分のやつれた顔。
滝のように流れ続ける、赤いエラーログ。
(…ここは…)
ケンジの思考が、混乱に陥る。
改竄者は、彼の精神に直接リンクし、彼の記憶と感情のすべてを、スキャンし始めていた。それは、友人が思い出を語るような、温かいものではない。ただ、システムの脆弱性を探すために、ログファイルを一行ずつ、冷徹に検証していく、機械的な作業だった。
彼の、最も弱い部分。
彼の、最も触れられたくない、心の傷。
改竄者は、それを、いともたやすく、見つけ出した。
最初に再生されたのは、彼の、前世での、最後の記憶だった。
プロジェクトの最終盤で発覚した、致命的なバグ。疲弊し、倒れていく仲間たち。「PMなら何とかしろ」という、上司の無責任な言葉。そして、進捗率99%の画面を前に、自らの心臓が停止していく、あの絶望的な瞬間。
だが、改竄者が見せるその光景は、ただの追体験ではなかった。
その幻影の片隅で、改竄者自身が、まるでプレゼンターのように、その現象を「解説」していたのだ。
『インシデント報告:プロジェクトマネージャー、佐藤健司の、リソース管理における、致命的エラー』
その無機質な声が、ケンジの脳内に響き渡る。
『対象は、自らの最も重要なリソースである『生命』の、許容量(キャパシティ)を、完全に見誤った。結果、プロジェクトの完了を待たずして、リソースは枯渇し、機能停止に至った。これは、マネージャーとして、最も初歩的で、そして最も愚かな、失敗である』
そのあまりにも正論で、そしてあまりにも残酷な分析。ケンジは、何も言い返せなかった。
次に、改竄者は、この世界に来てからの、彼の戦いの記憶を、再生し始めた。
ウィスパーウッドでの、ゴブリンとの最初の死闘。
ケンジが作り上げた完璧なはずだった計画書が、仲間たちのあまりにも人間的な感情によって、いともたやすく崩壊していく、あの光景。
『インシデント報告:ヒューマン・リソースの、管理不行き届き』
改竄者の、冷徹な解説が続く。
『対象は、チームメンバーの、感情的特性(パラメータ)を、完全に分析できていなかった。結果、計画は開始と同時に破綻し、チームは壊滅の危機に瀕した。個々のスキルの高さにのみ着目し、その内面に潜む『バグ』を見抜けなかった、典型的な管理ミスである』
ワイバーンとの戦い。
ガイの、あまりにも無謀な突撃によって、すべてが台無しになった、あの瞬間。
『インシデント報告:外部ステークホルダーとの、連携不全』
『対象は、予期せぬ外部要因(イレギュラー)に対する、リスク管理を怠った。結果、プロジェクトは、コントロール不可能な状態へと陥った。これは、プロジェクト全体の視野の狭さを示す、明確な証拠である』
アイドスでの、ルリエルとの、あの痛切な面談。
自らの正論が、彼女の心を、深く傷つけてしまった、あの記憶。
『インシデント報告:コミュニケーション・エラー』
『対象は、リソースの精神的脆弱性に対し、非論理的で、非効率的なアプローチを選択した。結果、対象のモチベーションを著しく低下させ、プロジェクトに、さらなる遅延を発生させた』
一つ、また一つと。
ケンジが、この世界で経験してきた、すべての失敗。すべての過ち。
それらが、改竄者の手によって、完璧な「失敗事例」として、彼の目の前に、突きつけられていく。
それは、もはや、ただの精神攻撃ではなかった。
それは、彼の、プロジェクトマネージャーとしての、存在意義そのものを、根底から否定する、あまりにも完璧な、論理の刃だった。
水晶が砕け散る甲高い断末魔の余韻が消え、後に残されたのは、満身創痍の、しかし、誰一人欠けることのない、四人の仲間たちの荒い息遣いだけだった。彼らは、互いの顔を見合わせた。言葉はない。だが、その瞳には、この世の終わりそのものを共に乗り越えた者たちだけが分かち合える、絶対的な信頼と絆の光が宿っていた。
彼らは、システムの第一波を、完璧に凌ぎ切ったのだ。
だが、戦いは、終わっていなかった。
彼らの視線の先。
『創造の玉座』の前で、あの無機質な水晶の人型――“改竄者”は、まだ、そこにいた。
一切の表情を変えることなく、ただ、静かに、彼らの「成果」を、観察するように。その顔のない貌は、まるで、こう告げているかのようだった。
―――物理的な攻撃だけでは、私には、届かない、と。
「…くそっ…!手応えが、ねえ…!」
シーナが、忌々しげに吐き捨てる。CSOとしての彼女の鋭敏な感覚が、この勝利が、本当の勝利ではないことを告げていた。彼らは、ただ、敵が作り出した「障害物」を排除したに過ぎない。本体には、傷一つ、届いていない。
その、膠着した空気を破るように、改竄者が、動いた。
それは、攻撃の予備動作ではなかった。
ただ、その水晶の貌を、わずかに、傾けただけ。まるで、自らが実行したプログラムの結果を、冷静に分析するかのように。
『―――フェーズ1、完了』
その、一切の感情を排した合成音声が、再び、空間に響き渡る。
『物理的防衛機能による、エラー群(あなたたち)の駆除。成功確率予測、98.7%。実績、0%。…予測と実績の間に、致命的な乖離(かいり)を確認』
改竄者は、自らの敗北を、ただの「データ」として、淡々と分析していた。そのあまりにも人間離れした思考に、仲間たちは、言いようのない悪寒を覚える。
『原因分析を開始…』
改竄者の、見えない視線が、再び、一行をスキャンしていく。
ゴードンが構築した、戦場の環境そのものを変える、CTOとしての戦術。
ルリエルが展開した、敵の連携を分断する、リードエンジニアとしてのハッキング能力。
シーナが実行した、敵AIの裏をかく、CSOとしての暗殺技術。
そして、そのすべてを、一つの完璧な「組織力」へと昇華させた、ケンジの、プロジェクトマネージャーとしての指揮能力。
『…結論』
改竄者の分析は、一瞬で完了した。
『エラー群は、個別の脅威としてではなく、一つの高効率な『組織』として機能している。個々のノードを攻撃しても、全体のパフォーマンス低下には繋がらない。…なるほど。興味深い、バグの生態だ』
その声には、感心もなければ、賞賛もない。ただ、未知のバグを発見したエンジニアのような、冷たい好奇心があるだけだった。
『ならば、こちらも、アプローチを変更する』
改竄者は、静かに、告げた。
『これより、フェーズ2へ移行する。攻撃対象を、再設定』
その水晶の身体が、ゆっくりと、ケンジという一点へと、その向きを変えた。
その顔のない貌が、正確に、このチームの唯一の頭脳を、ロックオンする。
『ターゲットは、この組織の、単一障害点(Single Point of Failure)。―――プロジェクトマネージャー、ただ一人』
その宣告が、ケンジ個人の、最後の、そして最も過酷な試練の始まりを告げる、開戦の鐘の音だった。
改竄者が、ケンジを、新たなターゲットとして再設定した、その瞬間。
ケンジの脳内に、これまで感じたことのない、異質な感覚が流れ込んできた。
それは、物理的な衝撃ではない。魔法的な攻撃でもない。
まるで、自らの精神という名の、最もプライベートな領域に、無断で、そして暴力的に、ログインされたかのような、冒涜的なまでの侵犯の感覚。
「…ッ!?」
ケンジの身体が、見えない力に貫かれたかのように、激しく痙攣した。
「ボスッ!?」「ケンジさん!」
仲間たちの悲痛な叫び声が、遠くで聞こえる。だが、彼の意識は、もはや、この物理世界にはなかった。
彼の精神は、改竄者が作り出した、仮想の空間へと、強制的に引きずり込まれていた。
そこは、彼がよく知る、しかし、二度と見たくはなかった、あの場所だった。
深夜のオフィス。
鳴り響くサーバーエラーの、けたたましい警告音。
蛍光灯に白々と照らされた、自分のやつれた顔。
滝のように流れ続ける、赤いエラーログ。
(…ここは…)
ケンジの思考が、混乱に陥る。
改竄者は、彼の精神に直接リンクし、彼の記憶と感情のすべてを、スキャンし始めていた。それは、友人が思い出を語るような、温かいものではない。ただ、システムの脆弱性を探すために、ログファイルを一行ずつ、冷徹に検証していく、機械的な作業だった。
彼の、最も弱い部分。
彼の、最も触れられたくない、心の傷。
改竄者は、それを、いともたやすく、見つけ出した。
最初に再生されたのは、彼の、前世での、最後の記憶だった。
プロジェクトの最終盤で発覚した、致命的なバグ。疲弊し、倒れていく仲間たち。「PMなら何とかしろ」という、上司の無責任な言葉。そして、進捗率99%の画面を前に、自らの心臓が停止していく、あの絶望的な瞬間。
だが、改竄者が見せるその光景は、ただの追体験ではなかった。
その幻影の片隅で、改竄者自身が、まるでプレゼンターのように、その現象を「解説」していたのだ。
『インシデント報告:プロジェクトマネージャー、佐藤健司の、リソース管理における、致命的エラー』
その無機質な声が、ケンジの脳内に響き渡る。
『対象は、自らの最も重要なリソースである『生命』の、許容量(キャパシティ)を、完全に見誤った。結果、プロジェクトの完了を待たずして、リソースは枯渇し、機能停止に至った。これは、マネージャーとして、最も初歩的で、そして最も愚かな、失敗である』
そのあまりにも正論で、そしてあまりにも残酷な分析。ケンジは、何も言い返せなかった。
次に、改竄者は、この世界に来てからの、彼の戦いの記憶を、再生し始めた。
ウィスパーウッドでの、ゴブリンとの最初の死闘。
ケンジが作り上げた完璧なはずだった計画書が、仲間たちのあまりにも人間的な感情によって、いともたやすく崩壊していく、あの光景。
『インシデント報告:ヒューマン・リソースの、管理不行き届き』
改竄者の、冷徹な解説が続く。
『対象は、チームメンバーの、感情的特性(パラメータ)を、完全に分析できていなかった。結果、計画は開始と同時に破綻し、チームは壊滅の危機に瀕した。個々のスキルの高さにのみ着目し、その内面に潜む『バグ』を見抜けなかった、典型的な管理ミスである』
ワイバーンとの戦い。
ガイの、あまりにも無謀な突撃によって、すべてが台無しになった、あの瞬間。
『インシデント報告:外部ステークホルダーとの、連携不全』
『対象は、予期せぬ外部要因(イレギュラー)に対する、リスク管理を怠った。結果、プロジェクトは、コントロール不可能な状態へと陥った。これは、プロジェクト全体の視野の狭さを示す、明確な証拠である』
アイドスでの、ルリエルとの、あの痛切な面談。
自らの正論が、彼女の心を、深く傷つけてしまった、あの記憶。
『インシデント報告:コミュニケーション・エラー』
『対象は、リソースの精神的脆弱性に対し、非論理的で、非効率的なアプローチを選択した。結果、対象のモチベーションを著しく低下させ、プロジェクトに、さらなる遅延を発生させた』
一つ、また一つと。
ケンジが、この世界で経験してきた、すべての失敗。すべての過ち。
それらが、改竄者の手によって、完璧な「失敗事例」として、彼の目の前に、突きつけられていく。
それは、もはや、ただの精神攻撃ではなかった。
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