月の雫と地の底の誓い

YY

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第41話:傲慢の代価

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戦勝報告会は混乱のうちに幕を閉じた。
白日の下に晒された王子の嘘と欺瞞。その衝撃は王宮の大ホールを凍てつかせたまま重く支配していた。
国王陛下は雷鳴のような怒りをその顔に浮かべ、一言「下がれ」とだけエドワードに告げた。国王はタイヨウと私、そして辺境警備隊の兵士たちには一転して温かい労いの言葉をかけ、下がらせたのだ。そのあまりにも明確な態度の差が全てを物語っていた。

その日の夜、国王陛下の私室にエドワードは呼び出された。
「父上! あれは違います! あの者たちの根も葉もない讒言です!」
彼は必死に弁明した。自らが信じる歪んだ正義を振りかざして。
「民は複雑な真実など求めてはおりません! 彼らが必要としているのは王家の威光の下に戦う完璧な英雄の物語なのです! 私は国のためを思い、その物語を整えようとしただけで……!」

だが国王の怒りは凄まじかった。
「物語、だと……?」
その地を這うような低い声にエドワードは言葉を失う。
「お前は自らのちっぽけな虚栄心のために王家の名を汚したのだぞ! 命を懸けて戦った兵士たちの名誉を踏みにじったのだ! その浅はかな小細工が白日の下に晒され、王太子の権威が地に堕ちた! それがお前の言う『国のため』か!」
「そ、それは……!」
「見苦しい言い訳は聞きたくない!」
国王は冷たく言い放った。
「エドワード・アステル。お前に王太子として与えていた王国軍の全ての指揮権を本日をもって剥奪する。戦後処理の一切からも手を引け。お前にはもはやその資格はない」

それは事実上の権力の中枢からの追放宣告だった。
エドワードは顔面を蒼白にさせ、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
彼の傲慢さが招いた最初の代価。
その立場はこの瞬間から砂上の楼閣のように急速に崩れ始めていく。

王宮とは情報の伝達が恐ろしく速い場所である。
戦勝報告会での王子の大失態。その夜、国王陛下から下された軍指揮権の剥奪という厳しい叱責。そのニュースは一夜にして宮廷中の隅々まで駆け巡った。

貴族社会とは常に風向きを読んで動くものだ。
これまでエドワードの周りには彼の権勢と未来の王という地位に甘い蜜を求めて、数多くの貴族たちが群がっていた。
だが、その風向きが変わった。
国王の怒りを買い、軍という最大の権力基盤を失った王子。
一方、民衆の熱狂的な支持を受け勇者を傍らに置く聖女セレスティア。
どちらに未来があるか。彼らにとってその答えは火を見るよりも明らかだった。

次の日からエドワードの周りから人が消えた。
彼が回廊を歩けば、それまで談笑していた貴族たちがふっと口をつぐみ、壁の絵画にことさら熱心な視線を送る。
彼と視線が合うと慌てたように逸らし、そそくさとその場を立ち去っていく。
昨日まで彼に媚びへつらうような笑みを浮かべていた者たちが、今は手のひらを返したように彼を無視し避けていく。
それはあからさまで、そして残酷なまでに徹底された無視だった。
彼は生まれて初めて社会的孤立という屈辱を味わっていた。
玉座に最も近い場所にいながら、彼は誰からも見えない幽霊のような存在となっていたのだ。
その冷たい現実は彼のプライドをじわじわと蝕んでいった。

数日後、王宮では戦勝を記念する盛大な夜会が開かれた。
シャンデリアが星屑のように輝き、楽団が優雅なワルツを奏でる。着飾った貴族たちがシャンパングラスを片手に楽しげに談笑している。
だがその華やかな光の輪の中心にエドワードの姿はなかった。
彼は一人、広間の大理石の柱の影に佇んでいた。その手には一口もつけられていないワイングラス。彼は必死にいつもの傲慢な王子を演じようとしていた。しかしその表情には隠しきれない焦りと孤独が浮かんでいる。
貴族たちはまるで彼の周りだけ見えない壁があるかのように巧みに彼を避けていた。彼の孤立はもはや誰の目にも明らかだった。

私はその光景を部屋の片隅から見ていた。
私の周りにはタイヨウや辺境警備隊の無骨だが信頼できる仲間たちがいた。私たちはこの華やかすぎる夜会に少し居心地の悪さを感じながらも、辺境の町の未来について静かに語り合っていた。エドワードのあの惨めな姿に、私の心はもう何の感情も動かされない。

その時だった。
音楽がふと止んだ。
広間の全ての視線が一点に注がれる。
婚約者であるエラーラ嬢が群衆をかき分けるように、まっすぐにエドワードの元へと歩み寄っていく。
エドワードの顔に一瞬、安堵と期待の色が浮かんだ。最後の味方。彼女だけは自分の元に来てくれるはずだ、と。

だが彼の前に立ったエラーラの表情は氷のように冷え切っていた。
彼女は扇をぴしゃりと閉じるとホール全体に響き渡るような凛とした声で言い放った。

「エドワード王子殿下」
その声にはかつてのような甘さは一片もなかった。
「申し上げます。我がヴァリエール公爵家は、偽りの栄光をその身にまとう方と未来を共にすることは断じてできません」
「なっ……! エラーラ、何を……!」
「我が家の名は王家への絶対的な忠誠と戦場での真実の武勲によって築かれてきたもの。その誇り高き名を虚偽と欺瞞によって汚されることは我慢がなりませんの」
それは一方的な、そして最も残酷な婚約破棄の宣言だった。

エラーラは絶句するエドワードに冷たい一瞥をくれると、完璧な、しかし侮蔑のこもった一礼をし優雅に踵を返した。
彼女のその冷酷な決断がエドワードの最後のプライドを粉々に打ち砕いた。
彼はただその場に立ち尽くす。
プライドをズタズタにされ全てを失った空っぽの抜け殻のように。

エラーラが去った後、大広間には一瞬の凍りついたような静寂が落ちた。
次の瞬間、その静寂は抑えきれない残酷な囁き声の洪水となって爆発した。
「見たか、今のを……」
「ヴァリエール公爵家が王子を見捨てたぞ……!」
「当然だわ。あのような偽りの栄光に誰が未来を託せるというの……」
貴族たちはもはや侮蔑を隠そうともしない。扇の影で憐れむように、あるいは嘲笑うようにささやき合う。
エドワードはその無数の視線と囁き声の奔流の真ん中でただ一人立ち尽くしていた。孤立無援。彼の足元から世界が崩れ落ちていく。

私はその騒動に背を向けていた。
タイヨウが心配そうにこちらを窺うが、私は静かに首を振る。もう終わったこと。私には関係のない物語。
私は隣に座るベテラン兵士のグラスに水を注ぎながら尋ねた。
「それでギャリック。町の新しい井戸の場所はどこにするのが一番効率的かしら」

そのあまりにも対照的な光景を部屋の隅からあの財務官僚が眺めていた。
彼は孤立無援となったエドワードの空虚な姿を一瞥し、そして次に仲間たちと未来の計画について穏やかに語らう私の姿を見た。
そして彼は隣に立つ同僚に深いため息と共に呟いた。
「……我々は辺境の地で本物の輝きを見逃していたのだな」
その声には自らの見る目のなさへの苦い後悔が滲んでいた。
「そして目の前にあった偽りの輝きにまんまと目が眩んでいたというわけだ……」

その言葉がこの夜会で下された社会的な評価の完全なる逆転を、静かに、しかし明確に象徴していた。
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