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第42話:空っぽの玉座
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戦勝記念の夜会で全てを失ったエドワード王子。その最後の断罪は数日後、国王陛下の私室で静かに、しかし冷徹に下された。
「エドワード・アステル」
玉座に座る父はもはや彼を息子としてではなく、ただ一人の罪人としてその名と向き合っていた。
「お前は王太子としての国民からの信頼を裏切り、兵士たちの名誉を自らの虚栄心のために踏みにじった。その罪は万死に値する」
「父上……!」
エドワードは必死に最後の弁明を試みようとした。だが国王はそれを冷たい一瞥で制する。
「もはやお前の言葉に聞くべきものはない。王家は真実と名誉を何よりも重んじる。それを理解できぬ者にこの国を治める資格はない」
国王は宣告した。
その声には怒りも悲しみももはやなかった。ただ絶対的な王としての決断の重みだけがあった。
「本日をもってエドワード・アステルから王位継承権を完全に剥奪する」
王位継承権の剥奪。
その言葉はエドワードの存在そのものを否定する死刑宣告にも等しかった。
「そなたは王都の北、最も辺境にある古い離宮にて生涯蟄居するものとする。それが私が父親としてお前に与えられる最後の慈悲だ」
彼の物語は終わったのだ。王国の後継者問題という新たな政治の火種だけを残して。
王宮にあるエドワードの私室。
かつては次期国王の部屋として王国の粋を集めた豪華な調度品で満たされていたその場所は、今やがらんとした空虚な空間へと変わり果てていた。
王太子としての地位を剥奪された彼に、もはやこの部屋の主である資格はない。
彼はただ椅子に座ったままその光景を眺めていた。
宮廷の役人たちが淡々と、しかし容赦なく部屋から物を運び出していく。
壁に掛けられていた勇壮な自らの肖像画。
机の上に置かれていた王太子の印が刻まれた金のペン。
彼の権威の象徴であった儀礼用の白銀の長剣。
それらが一つまた一つと彼の目の前から消えていく。
彼の人生そのものが解体されていくようだった。
その冷徹な作業の最中、彼の元を訪れる者はもはや誰もいなかった。
かつて彼に追従していた貴族たちも、彼を慕っていたはずの侍従たちも、誰一人顔を見せることはない。
彼は完全に一人だった。
光も権威も人の温もりも消えた。残ったのは、窓から差し込む冷たい光に照らされた埃と、空っぽになった彼自身の心だけ。
そのあまりにも静かで残酷な時間がただ流れていった。
全ての物が運び出された後。
がらんとした部屋の隅にそれは忘れられたように一つだけ残されていた。
古びた木箱。
高価なものではない。ただの何の変哲もない木箱。役人たちも価値なしと判断し見過ごしていったのだろう。
エドワードはまるで夢遊病者のようにふらふらとその木箱へと歩み寄った。そしてその前にゆっくりと膝をつく。
軋む蓋を開けると、中には宝石でも金貨でもなく、色褪せたベルベットの上にただ一つ、素朴な木製のしおりが置かれていた。
それはお世辞にも上手な作りとは言えない。不格好に削られた木の板。その表面には子供のたどたどしい手つきで一輪の花と「E」という彼の頭文字が彫られている。
彼は無意識にそのしおりを手に取った。
指先に触れた瞬間、遠い日の庭園で、幼いセレスティアが屈託なく笑いながら手渡してくれた記憶が鮮やかに蘇った。
あの頃、確かにそこには温かい交流があった。
権力も地位も策略も関係のない、ただ純粋な好意と信頼が。
記憶の温かさが今のこの部屋の冷たさをより一層際立たせる。
彼はいつから見失ってしまったのだろう。
権力という偽りの輝きに目が眩み、本当に価値のあるものが何だったのかを。
彼はただ、自らの手で捨て去った過去のかけらを見つめていた。
彼はその古びた木製のしおりを強く握りしめた。
ささくれた角が手のひらに食い込む。しかし痛みは感じなかった。
ただ失われた温かい記憶のあまりにもか細い感触だけがそこにあった。
「……なぜ、俺は……」
後悔。
権力と引き換えに失った温かさ。
運命そのものへの嘆き。
その答えを知る者はもう誰もいない。
エドワード・アステルという一人の男の物語はこうして、がらんとした部屋の静かな孤独の中で幕を閉じた。
その同じ時刻。
遠く離れた辺境の町では夕日が新しく開墾された畑をどこまでも優しく黄金色に染め上げていた。
丘の上に立つ二つの影。
セレスティアとタイヨウだった。
「見て、タイヨウ」
セレスティアが嬉しそうに指をさす。
「冬小麦の最初の芽が出てきたわ」
その指し示す先には、黒い大地を懸命に押し上げて芽吹いた無数の若々しい緑の点が夕日を浴びて輝いていた。
「ああ。力強い緑色だな」
タイヨウが穏やかに微笑む。
「ええ。きっと来年も良い収穫になるわ」
セレスティアも幸せそうに笑い返した。
彼の物語が深い闇に沈むなら、彼女たちの物語は夕日に照らされる未来の光だった。
「エドワード・アステル」
玉座に座る父はもはや彼を息子としてではなく、ただ一人の罪人としてその名と向き合っていた。
「お前は王太子としての国民からの信頼を裏切り、兵士たちの名誉を自らの虚栄心のために踏みにじった。その罪は万死に値する」
「父上……!」
エドワードは必死に最後の弁明を試みようとした。だが国王はそれを冷たい一瞥で制する。
「もはやお前の言葉に聞くべきものはない。王家は真実と名誉を何よりも重んじる。それを理解できぬ者にこの国を治める資格はない」
国王は宣告した。
その声には怒りも悲しみももはやなかった。ただ絶対的な王としての決断の重みだけがあった。
「本日をもってエドワード・アステルから王位継承権を完全に剥奪する」
王位継承権の剥奪。
その言葉はエドワードの存在そのものを否定する死刑宣告にも等しかった。
「そなたは王都の北、最も辺境にある古い離宮にて生涯蟄居するものとする。それが私が父親としてお前に与えられる最後の慈悲だ」
彼の物語は終わったのだ。王国の後継者問題という新たな政治の火種だけを残して。
王宮にあるエドワードの私室。
かつては次期国王の部屋として王国の粋を集めた豪華な調度品で満たされていたその場所は、今やがらんとした空虚な空間へと変わり果てていた。
王太子としての地位を剥奪された彼に、もはやこの部屋の主である資格はない。
彼はただ椅子に座ったままその光景を眺めていた。
宮廷の役人たちが淡々と、しかし容赦なく部屋から物を運び出していく。
壁に掛けられていた勇壮な自らの肖像画。
机の上に置かれていた王太子の印が刻まれた金のペン。
彼の権威の象徴であった儀礼用の白銀の長剣。
それらが一つまた一つと彼の目の前から消えていく。
彼の人生そのものが解体されていくようだった。
その冷徹な作業の最中、彼の元を訪れる者はもはや誰もいなかった。
かつて彼に追従していた貴族たちも、彼を慕っていたはずの侍従たちも、誰一人顔を見せることはない。
彼は完全に一人だった。
光も権威も人の温もりも消えた。残ったのは、窓から差し込む冷たい光に照らされた埃と、空っぽになった彼自身の心だけ。
そのあまりにも静かで残酷な時間がただ流れていった。
全ての物が運び出された後。
がらんとした部屋の隅にそれは忘れられたように一つだけ残されていた。
古びた木箱。
高価なものではない。ただの何の変哲もない木箱。役人たちも価値なしと判断し見過ごしていったのだろう。
エドワードはまるで夢遊病者のようにふらふらとその木箱へと歩み寄った。そしてその前にゆっくりと膝をつく。
軋む蓋を開けると、中には宝石でも金貨でもなく、色褪せたベルベットの上にただ一つ、素朴な木製のしおりが置かれていた。
それはお世辞にも上手な作りとは言えない。不格好に削られた木の板。その表面には子供のたどたどしい手つきで一輪の花と「E」という彼の頭文字が彫られている。
彼は無意識にそのしおりを手に取った。
指先に触れた瞬間、遠い日の庭園で、幼いセレスティアが屈託なく笑いながら手渡してくれた記憶が鮮やかに蘇った。
あの頃、確かにそこには温かい交流があった。
権力も地位も策略も関係のない、ただ純粋な好意と信頼が。
記憶の温かさが今のこの部屋の冷たさをより一層際立たせる。
彼はいつから見失ってしまったのだろう。
権力という偽りの輝きに目が眩み、本当に価値のあるものが何だったのかを。
彼はただ、自らの手で捨て去った過去のかけらを見つめていた。
彼はその古びた木製のしおりを強く握りしめた。
ささくれた角が手のひらに食い込む。しかし痛みは感じなかった。
ただ失われた温かい記憶のあまりにもか細い感触だけがそこにあった。
「……なぜ、俺は……」
後悔。
権力と引き換えに失った温かさ。
運命そのものへの嘆き。
その答えを知る者はもう誰もいない。
エドワード・アステルという一人の男の物語はこうして、がらんとした部屋の静かな孤独の中で幕を閉じた。
その同じ時刻。
遠く離れた辺境の町では夕日が新しく開墾された畑をどこまでも優しく黄金色に染め上げていた。
丘の上に立つ二つの影。
セレスティアとタイヨウだった。
「見て、タイヨウ」
セレスティアが嬉しそうに指をさす。
「冬小麦の最初の芽が出てきたわ」
その指し示す先には、黒い大地を懸命に押し上げて芽吹いた無数の若々しい緑の点が夕日を浴びて輝いていた。
「ああ。力強い緑色だな」
タイヨウが穏やかに微笑む。
「ええ。きっと来年も良い収穫になるわ」
セレスティアも幸せそうに笑い返した。
彼の物語が深い闇に沈むなら、彼女たちの物語は夕日に照らされる未来の光だった。
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