俺の完璧な潜入作戦が、いつも謎の令嬢にめちゃくちゃにされる件について

YY

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第32話:護衛騎士団の動きを察知

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掃討作戦は始まった。月明かりすらない新月の夜。王都の喧騒は闇に沈み、眠れる大都市の寝息だけが、俺たちの進軍の背景音となっていた。俺の部隊は、まるで幽霊のように石畳の上を、影から影へと渡っていく。鋼のブーツの裏に革を一枚噛ませ、足音を極限まで消す。俺たちの呼吸だけが、冷たい夜気に触れて白い霧となり、すぐに闇に溶けていく。俺の部隊は、計画通りに結社の拠点の一つである港湾地区へ向かっている。そこは、奴らの武器と禁制品の密輸ルートの心臓部。この国の血管に毒を流し込む、癌の巣窟だ。

リリアーナは、屋敷に隔離されているはずだ。

その事実が、俺の心に、ここ数週間感じたことのないほどの平穏と、純粋な集中力をもたらしていた。常に背後を気にかけ、視界の端で予測不能な動きを警戒する必要がない。それだけで、肩にのしかかっていた重い鎧が、一枚軽くなったかのようだ。もう、背後から甲高い嬌声が聞こえることも、視界の端で意味不明な儀式を始められることもない。ただ、目の前の任務にだけ集中すればいい。敵の配置、罠の有無、風向き、潮の香り、そして、それに混じる微かな血の匂い。研ぎ澄まされた五感が、暗部の騎士として本来あるべき鋭さを取り戻していく。全ては、コントロール下にある、はずだった。

「…静かですね、隊長」

隣を歩く副官が、誰に言うでもなく呟いた。彼の声も、夜の闇に吸い込まれるように低い。

「ああ。静かなもんだ」

俺は短く応える。この静けさが、俺たちの本来の戦場だ。この、死と隣り合わせの純粋な静寂こそが、俺にとっての安らぎだった。敵の殺意だけが存在する、不純物のない空間。これ以上の平穏はない。

その時だった。

俺の懐に忍ばせた魔導通信機が、微かな振動と共に青白い光を発した。緊急連絡用の、秘匿回線だ。何かあったのか?別の部隊が敵と接触したか?俺は部隊に手信号で停止と周囲への警戒を命じ、建物の影で通信機を起動した。

聞こえてきたのは、リリアーナの屋敷を監視させていた部下からの、焦りを帯びた、ほとんど悲鳴に近い声だった。その声は普段の冷静な彼からは想像もつかないほど上ずっていた。

「た、隊長!対象本人に動きはなし!屋敷は静まり返っております!しかし…!」

部下の声が、そこで一度途切れる。息を整えているのか、あるいは目の前で起きている信じがたい光景を、どう言葉にすればいいのか迷っているのか。嫌な予感が、冷たい汗となって背筋を駆け上った。

「しかし…!彼女の私設騎士団を名乗る武装集団が、先ほど屋敷の裏門から出撃!巨大な旗を掲げ、意味不明な歌を大声で歌いながら、現在、王都中心部へ向かって、堂々と軍事行進しております!装備は…一見、我々王国の騎士団のものより豪華ですが、動きは完全に素人です!どう見ても、ただの武装した学生の集団で…!」

……なんだと?

最悪の報告だった。

あの女、自分が動けないと悟るや、手駒である狂信者どもを動かしたというのか。俺の思考が、一瞬、白く染まる。あの女の思考回路は、常に俺の予測の、さらに斜め上を行く。俺は、彼女本人を封じ込めることばかりを考えていた。だが、彼女がその影響力を外部にまで及ぼすという可能性を、完全に見落としていた。

そして、その混乱に追い打ちをかけるように、今度は通信機の回線が乱暴に切り替わり、上官の怒声が、俺の鼓膜を直接殴りつけた。その声は、魔術的な増幅のせいで、まるで雷鳴のように頭蓋に響いた。

「ゼノン!貴様の信者が作戦区域に侵入しつつあると、どういうことだ!報告では、お前の顔が描かれた巨大な旗を掲げているそうではないか!しかも、やけに美化されて描かれていると!作戦を根底から乱す前に、貴様が責任をもって止めろ!これは最優先命令だ!結社より先に、貴様の私兵をなんとかしろ!」

束の間の平穏は、終わった。

結社のテロリストと、武装しただけの素人の集団が、同じ戦場で鉢合わせる。想像するだけで、目眩がした。大混乱どころの話ではない。我々の緻密な作戦そのものが、完全に破綻する。敵は、あの集団を俺たちの別働隊と誤認するかもしれない。そうなれば、作戦計画が外部に漏れていると勘違いし、潜伏を深めるか、あるいは自暴自棄になって王都で無差別テロに走る可能性すらある。どちらに転んでも、最悪の結果しか待っていない。

俺は歯を食いしばり、隣で絶句している副官に命令した。

「部隊の半数を預ける。お前は計画通り、港湾地区へ向かえ。だが、決して無理はするな。敵主力の制圧から、陽動と偵察に任務を変更する」

「ですが、隊長!それでは戦力が…!それに、隊長お一人では…!」

「これは命令だ。…残りの者は、俺に続け。進路を変更する」

俺は、残った半数の部下を率いて、踵を返した。その足取りは、結社に向かう時よりも、遥かに重かった。

「これより、我々は『ゼノン護衛騎士団』の進軍を阻止する!」

俺の言葉に、部下たちが息を呑むのが分かった。彼らの顔には、困惑と、そしてほんの少しの同情が浮かんでいた。

…なぜ俺が、自分の名前を冠した狂信者どもと、この国家の命運をかけた決戦の夜に戦わねばならんのだ。

俺の受難は、まだ始まったばかりらしい。いや、もはや受難というより、悪夢に近い。
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