36 / 40
第36話:救援の誤算
しおりを挟む
幹部を捕らえ、勝利は目前かと思われた。俺の剣が、敵の指揮官の喉元で静止した、まさにその時だった。だが奴の顔に浮かんだのは敗北の絶望ではなく、歪んだ勝利の確信だった。それは、奴らの最後の罠だったのだ。
俺が幹部に集中した、その一瞬の隙。それを合図としたかのように、広場を取り囲む建物の屋上から、十数名の黒い影が、まるで死神のように音もなく舞い降りてきた。
陽動…本命は、俺の首か。
現れたのは、これまでの雑魚どもとは明らかに練度が違う、禁忌の魔術によって身体能力を強化された結社の精鋭暗殺部隊。奴らの動きには一切の無駄がなく、その殺気は、ただ俺一人に向けられていた。俺は完全に包囲された。円形に、逃げ場のない死の陣形が完成する。
「ゼノン隊長!」
部下たちの声が遠くに聞こえる。だが、彼らは他の残党に足止めされ、こちらにたどり着けない。市民の避難誘導と、散発的な戦闘で、彼らの戦力は分断されている。これは、俺と、俺を殺すためだけに集められた者たちとの、孤独な戦いだ。
奴らの連携は、完璧だった。機械のように冷徹で、無駄がない。一人が陽動で正面から斬りかかれば、別の二人が俺の死角である背後と側面から同時に襲いかかる。俺がそれを最小限の動きで捌けば、さらに別の者からの詠唱破棄された魔弾が、鎧の隙間を狙って飛んでくる。俺は次々と繰り出される凶刃を、神業と称された剣技で弾き、受け流し、時にはカウンターを叩き込んで敵の数を減らしていく。一人、また一人と血の華を咲かせるが、奴らの包囲は一向に緩まない。
だが俺は少しずつ、しかし確実に消耗させられていった。敵の刃が、俺の漆黒の鎧を掠めるたびに、甲高い金属音と火花と共に、俺の体力が確実に削られていく。呼吸が浅くなり、思考の速度が鈍る。
そして、ついに一人の暗殺者の毒刃が、俺の腕を浅く切り裂いた。痺れるような痛みが走り、体の自由が僅かに、しかし確実に奪われていく。指先から感覚が消え、剣を握る力が弱まる。
まずい、これは計算外だ。
騎士団最強と謳われた俺が、こんな場所で、不覚を取るというのか。俺はじりじりと後退しながら、壁際に追い詰められ、窮地に陥っていた。
万事休すかと思われた、その時だ。
戦場の喧騒を切り裂くように、凛とした、しかし普段の甲高い声とは全く違う、氷のように冷徹で、感情のないリリアーナの声が、広場に響き渡った。
「『オペレーション・エンジェル・ダスト』、開始!」
次の瞬間、空から、まばゆい金色の粉が、まるで天使の羽のように、ふわりと舞い降りてきた。それは月明かりを浴びてキラキラと輝き、この惨状にはあまりにも不釣り合いなほど、幻想的な光景だった。
なんだ、これは…?
その金色の粉に触れた暗殺者たちが、まるで糸の切れた人形のように、次々とその動きを止めていく。剣を振り上げたまま、跳躍したまま、奇妙なポーズで固まり、やがて音もなく地面に崩れ落ちていった。広場は、一瞬にして不気味な彫刻が立ち並ぶ美術館へと変わった。
…麻痺毒か。それも、竜すら眠らせると言われる、魔界産の超強力な。こんな代物、一国の騎士団ですら滅多に手に入れられるものではない。
信じがたいことに、俺は、リリアーナに救出されたのだ。この、俺の騎士としてのプライドが、音を立てて崩れ落ちるような事実。
残っていた敵は、この理解不能な奇策に完全に戦意を喪失し、悪霊でも見たかのように悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃走していった。
広場に、静寂が戻る。後に残されたのは、ピクピクと痙攣する暗殺者たちの山だけだった。彼女が、満面の笑みでこちらへ駆け寄ってくるのを見ながら、俺の心は、これ以上ないほど複雑だった。
「助かったが…」という事実は、動かせない。だが、彼女がこの戦場にいること自体が、そもそも間違いなのだ。彼女の存在そのものが、この作戦における最大の失敗だった。
俺は、駆け寄ってきた彼女の腕を掴み、心の底からの、抑えきれない感情のままに、叱責した。それは、怒りであり、安堵であり、そして俺自身の不甲斐なさへの苛立ちが混じった、純粋な本音だった。
「二度と、勝手に動くな」
後日、この一件を俺が報告すると、上官は腕を組み、静かに、そしてどこか満足げに言った。
「…実に興味深い。リリアーナ嬢のその力は、あるいは結社以上に、この国の切り札となり得るかもしれんな。危険だが、利用価値はある」
上層部が、彼女のその異常な〝実力〟に、兵器としての興味を持ち始めていた。事態はさらに厄介で、そして最悪の方向へと、また一つ転がり始めた。俺は、彼女を敵だけでなく、味方からも守らねばならなくなったのだ。
俺が幹部に集中した、その一瞬の隙。それを合図としたかのように、広場を取り囲む建物の屋上から、十数名の黒い影が、まるで死神のように音もなく舞い降りてきた。
陽動…本命は、俺の首か。
現れたのは、これまでの雑魚どもとは明らかに練度が違う、禁忌の魔術によって身体能力を強化された結社の精鋭暗殺部隊。奴らの動きには一切の無駄がなく、その殺気は、ただ俺一人に向けられていた。俺は完全に包囲された。円形に、逃げ場のない死の陣形が完成する。
「ゼノン隊長!」
部下たちの声が遠くに聞こえる。だが、彼らは他の残党に足止めされ、こちらにたどり着けない。市民の避難誘導と、散発的な戦闘で、彼らの戦力は分断されている。これは、俺と、俺を殺すためだけに集められた者たちとの、孤独な戦いだ。
奴らの連携は、完璧だった。機械のように冷徹で、無駄がない。一人が陽動で正面から斬りかかれば、別の二人が俺の死角である背後と側面から同時に襲いかかる。俺がそれを最小限の動きで捌けば、さらに別の者からの詠唱破棄された魔弾が、鎧の隙間を狙って飛んでくる。俺は次々と繰り出される凶刃を、神業と称された剣技で弾き、受け流し、時にはカウンターを叩き込んで敵の数を減らしていく。一人、また一人と血の華を咲かせるが、奴らの包囲は一向に緩まない。
だが俺は少しずつ、しかし確実に消耗させられていった。敵の刃が、俺の漆黒の鎧を掠めるたびに、甲高い金属音と火花と共に、俺の体力が確実に削られていく。呼吸が浅くなり、思考の速度が鈍る。
そして、ついに一人の暗殺者の毒刃が、俺の腕を浅く切り裂いた。痺れるような痛みが走り、体の自由が僅かに、しかし確実に奪われていく。指先から感覚が消え、剣を握る力が弱まる。
まずい、これは計算外だ。
騎士団最強と謳われた俺が、こんな場所で、不覚を取るというのか。俺はじりじりと後退しながら、壁際に追い詰められ、窮地に陥っていた。
万事休すかと思われた、その時だ。
戦場の喧騒を切り裂くように、凛とした、しかし普段の甲高い声とは全く違う、氷のように冷徹で、感情のないリリアーナの声が、広場に響き渡った。
「『オペレーション・エンジェル・ダスト』、開始!」
次の瞬間、空から、まばゆい金色の粉が、まるで天使の羽のように、ふわりと舞い降りてきた。それは月明かりを浴びてキラキラと輝き、この惨状にはあまりにも不釣り合いなほど、幻想的な光景だった。
なんだ、これは…?
その金色の粉に触れた暗殺者たちが、まるで糸の切れた人形のように、次々とその動きを止めていく。剣を振り上げたまま、跳躍したまま、奇妙なポーズで固まり、やがて音もなく地面に崩れ落ちていった。広場は、一瞬にして不気味な彫刻が立ち並ぶ美術館へと変わった。
…麻痺毒か。それも、竜すら眠らせると言われる、魔界産の超強力な。こんな代物、一国の騎士団ですら滅多に手に入れられるものではない。
信じがたいことに、俺は、リリアーナに救出されたのだ。この、俺の騎士としてのプライドが、音を立てて崩れ落ちるような事実。
残っていた敵は、この理解不能な奇策に完全に戦意を喪失し、悪霊でも見たかのように悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃走していった。
広場に、静寂が戻る。後に残されたのは、ピクピクと痙攣する暗殺者たちの山だけだった。彼女が、満面の笑みでこちらへ駆け寄ってくるのを見ながら、俺の心は、これ以上ないほど複雑だった。
「助かったが…」という事実は、動かせない。だが、彼女がこの戦場にいること自体が、そもそも間違いなのだ。彼女の存在そのものが、この作戦における最大の失敗だった。
俺は、駆け寄ってきた彼女の腕を掴み、心の底からの、抑えきれない感情のままに、叱責した。それは、怒りであり、安堵であり、そして俺自身の不甲斐なさへの苛立ちが混じった、純粋な本音だった。
「二度と、勝手に動くな」
後日、この一件を俺が報告すると、上官は腕を組み、静かに、そしてどこか満足げに言った。
「…実に興味深い。リリアーナ嬢のその力は、あるいは結社以上に、この国の切り札となり得るかもしれんな。危険だが、利用価値はある」
上層部が、彼女のその異常な〝実力〟に、兵器としての興味を持ち始めていた。事態はさらに厄介で、そして最悪の方向へと、また一つ転がり始めた。俺は、彼女を敵だけでなく、味方からも守らねばならなくなったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜
たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。
だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。
契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。
農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。
そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。
戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる