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第150章 戦略の果てに立つ者
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獣人たちも、黙って殺されるほど愚かではなかった。
隊列の中から豚頭族の戦士たちが現れ、斧を振るって木を伐り倒し始めたのだ。
「……木を盾にするか。なるほど、少なくとも考える脳はあるようだな」
フィルードは少し離れた場所からそれを眺めながら、静かに息を吐いた。焦りはない。むしろ、冷静な観察者の目をしていた。
数時間後――。
獣人たちはようやく木製の筏を完成させ、それを壁に沿って運び始めた。
この簡易な防御具は、ここでは実に厄介な代物だった。斜面に沿って掲げれば、上から落ちる岩はその表面を転がり落ち、兵士たちには届かない。
フィルードは唇の端を上げた。「……あれが完成した時点で、もうここに留まる価値はない」
彼は素早くウェイン侯爵のもとへ歩み寄り、低い声で言った。
「侯爵様、もう潮時です。我々は撤退すべきです」
ウェインはまだ状況を理解していないようだった。
「我々がここで彼らを食い止めれば、前方の軍に時間を与えられるのではないか?」
「無駄です」
フィルードは即座に首を振った。
「あの筏は想像以上に強力です。壁に沿って防御すれば、我々の岩攻撃はほとんど通じません」
ウェインが上を見上げると、案の定――。
五人一組のボア・マン戦士が、重い木盾を担いで壁際を慎重に進んでいた。
山上から投げ下ろされた石は、それに弾かれ、ただ音を立てて転がり落ちるだけだった。
ウェインはその光景に苦々しい表情を浮かべながらも、しぶしぶ撤退を命じた。
フィルードは彼の判断を確認し、無言で頷く。
(ようやく理解したか……。戦の目的は、勝利そのものではない。優位を握り続けることだ)
敵は、獲物を逃がすまいと筏を放り捨て、狂ったように追いかけてきた。
フィルードたちは三十分走り続け、ようやく隣の尾根に立つ味方兵が手を振っているのを見つけた。
――そこが次の伏撃地点だ。
しかし、獣人たちも学んでいた。
今度は地形が険しければ必ず偵察を送り、用心深く進むようになっていた。
だが、運命とは皮肉なものだ。
山上から「ゴゴゴッ」という地鳴りが響き、直後――
巨大な岩がいくつも転がり落ち、獣人の隊列を飲み込んだ。
「ドオォン!」
衝撃音が谷を震わせ、戦馬も獣人も、無残に押し潰された。
そこにいた者たちは、叫ぶ暇すらなかった。
遠くでその光景を見たフィルードは、わずかに唇を歪める。
「……やはり、愚鈍な相手ほど操作しやすい」
背後のウェインは、少年のように興奮していた。
「お前のこの陰険な手口――いや、奇策は誰に教わったのだ?」
その問いに、エレナの顔が一瞬で青ざめた。
フィルードは軽く笑いながら肩をすくめる。
「誰に教わったか、ですか。……生き延びるために自分で編み出しただけですよ。ね、副団長殿?」
その言葉に、ウェインは腹を抱えて笑った。
「ははは、なるほど! 実に面白い!」
先行部隊を率いるカールトンは、ウェインよりも指揮能力が高かった。
彼は地形を見極め、利用できる険地に数十名の兵を残して攪乱させながら進軍を続けた。
結果、獣人軍は絶えず小規模な攻撃を受け続け、兵の数は減る一方だった。
二千名いた騎兵は、すでに千名余り。
将軍は苛立ちながらも慎重になり、軍を三つに分けた。
左右の尾根を進む二隊と、中央を行く本隊――。
それは巨石攻撃への対抗策だったが、逆にフィルードにとっては好都合だった。
「ふ……ようやく分かれてくれたか」
フィルードは冷笑を浮かべ、仲間に合図を送った。
散開した獣人たちは、局地戦に弱い。奇襲を仕掛ければ崩れる。
結果、一度の攻撃で一部隊を壊滅させ、大きな損害を与えることに成功した。
将軍は再び戦術を変え、全軍を一つに戻して尾根沿いに進む。
フィルードは山を越え、いくつもの尾根を抜け、再び中腹を進んで敵の布陣を乱した。
――主導権は、再び俺の手の中に。
こうして両軍の追撃戦は五日間続き、獣人騎兵は八百名未満にまで減少。
一方、フィルード側も五十名を失い、残るは四百余名。
顔は煤で汚れ、髭に覆われ、エレナですら泥だらけだった。
だが、獣人たちは諦めない。まるでウェイン侯爵が隊列内にいると確信しているかのようだった。
(……なるほど。範囲魔法を使える中級魔法使いなど、この北域では希少だ。追ってくる理由は、それで十分だ)
それに気づいた瞬間、フィルードはわずかに息を詰めた。
「これは……危険すぎるな」
ウェインはまだ熱に浮かされており、反撃を望んでいた。
その夜、フィルードはついにその懸念を打ち明けた。
だがウェインは手を振って兵を退け、二人きりになると静かに言った。
「フィルード。今の我々の戦果は、すでに十分に巨大だ。
たとえ全員がここで命を落としたとしても、価値はある。
お前と私には魔獣がいる。彼らがどれだけの手練れを差し向けようと、我々を捕らえるのは難しい」
その言葉に、フィルードの背筋が冷たくなった。
(……この人間、戦争の才は薄い。だが、その冷酷さは、王の器だ)
ウェインはさらに続けた。
「私が今回お前を選んだのは、お前が魔獣を持っているからだ。そうでなければ連れ出しはしなかった」
その率直さに、フィルードは息を呑む。
――つまり、俺を腹心と見なしたということか。
「侯爵様のご慧眼には恐れ入ります。ただ、可能な限りこの段階に至らぬよう努めたい。
獣人の中にも魔獣乗りがいる可能性がありますし、彼らは貴重な山岳戦の戦力です。
できれば、できる限り多くを連れ帰るべきです」
ウェインは笑い、力強く頷いた。
「ふははは、もちろんだ。私は万が一の場合の話をしているだけだ。
だが、お前は一つ勘違いしている。お前には、優れた将軍の資質がある。
ただ――仁慈が過ぎる」
その言葉に、フィルードは深く頭を下げた。
(……確かに、俺はこの世界の人間にはなりきれない。だが、それでも――俺は俺のやり方で勝つ)
「侯爵様の仰る通り。貴殿は君王の術を用い、私はただ陰の策を使うのみ。
並べることすら恐れ多いことです」
夜風が山を撫でた。
その冷たい風の中で、二人の男は、全く違う「冷徹さ」を胸に抱いていた。
隊列の中から豚頭族の戦士たちが現れ、斧を振るって木を伐り倒し始めたのだ。
「……木を盾にするか。なるほど、少なくとも考える脳はあるようだな」
フィルードは少し離れた場所からそれを眺めながら、静かに息を吐いた。焦りはない。むしろ、冷静な観察者の目をしていた。
数時間後――。
獣人たちはようやく木製の筏を完成させ、それを壁に沿って運び始めた。
この簡易な防御具は、ここでは実に厄介な代物だった。斜面に沿って掲げれば、上から落ちる岩はその表面を転がり落ち、兵士たちには届かない。
フィルードは唇の端を上げた。「……あれが完成した時点で、もうここに留まる価値はない」
彼は素早くウェイン侯爵のもとへ歩み寄り、低い声で言った。
「侯爵様、もう潮時です。我々は撤退すべきです」
ウェインはまだ状況を理解していないようだった。
「我々がここで彼らを食い止めれば、前方の軍に時間を与えられるのではないか?」
「無駄です」
フィルードは即座に首を振った。
「あの筏は想像以上に強力です。壁に沿って防御すれば、我々の岩攻撃はほとんど通じません」
ウェインが上を見上げると、案の定――。
五人一組のボア・マン戦士が、重い木盾を担いで壁際を慎重に進んでいた。
山上から投げ下ろされた石は、それに弾かれ、ただ音を立てて転がり落ちるだけだった。
ウェインはその光景に苦々しい表情を浮かべながらも、しぶしぶ撤退を命じた。
フィルードは彼の判断を確認し、無言で頷く。
(ようやく理解したか……。戦の目的は、勝利そのものではない。優位を握り続けることだ)
敵は、獲物を逃がすまいと筏を放り捨て、狂ったように追いかけてきた。
フィルードたちは三十分走り続け、ようやく隣の尾根に立つ味方兵が手を振っているのを見つけた。
――そこが次の伏撃地点だ。
しかし、獣人たちも学んでいた。
今度は地形が険しければ必ず偵察を送り、用心深く進むようになっていた。
だが、運命とは皮肉なものだ。
山上から「ゴゴゴッ」という地鳴りが響き、直後――
巨大な岩がいくつも転がり落ち、獣人の隊列を飲み込んだ。
「ドオォン!」
衝撃音が谷を震わせ、戦馬も獣人も、無残に押し潰された。
そこにいた者たちは、叫ぶ暇すらなかった。
遠くでその光景を見たフィルードは、わずかに唇を歪める。
「……やはり、愚鈍な相手ほど操作しやすい」
背後のウェインは、少年のように興奮していた。
「お前のこの陰険な手口――いや、奇策は誰に教わったのだ?」
その問いに、エレナの顔が一瞬で青ざめた。
フィルードは軽く笑いながら肩をすくめる。
「誰に教わったか、ですか。……生き延びるために自分で編み出しただけですよ。ね、副団長殿?」
その言葉に、ウェインは腹を抱えて笑った。
「ははは、なるほど! 実に面白い!」
先行部隊を率いるカールトンは、ウェインよりも指揮能力が高かった。
彼は地形を見極め、利用できる険地に数十名の兵を残して攪乱させながら進軍を続けた。
結果、獣人軍は絶えず小規模な攻撃を受け続け、兵の数は減る一方だった。
二千名いた騎兵は、すでに千名余り。
将軍は苛立ちながらも慎重になり、軍を三つに分けた。
左右の尾根を進む二隊と、中央を行く本隊――。
それは巨石攻撃への対抗策だったが、逆にフィルードにとっては好都合だった。
「ふ……ようやく分かれてくれたか」
フィルードは冷笑を浮かべ、仲間に合図を送った。
散開した獣人たちは、局地戦に弱い。奇襲を仕掛ければ崩れる。
結果、一度の攻撃で一部隊を壊滅させ、大きな損害を与えることに成功した。
将軍は再び戦術を変え、全軍を一つに戻して尾根沿いに進む。
フィルードは山を越え、いくつもの尾根を抜け、再び中腹を進んで敵の布陣を乱した。
――主導権は、再び俺の手の中に。
こうして両軍の追撃戦は五日間続き、獣人騎兵は八百名未満にまで減少。
一方、フィルード側も五十名を失い、残るは四百余名。
顔は煤で汚れ、髭に覆われ、エレナですら泥だらけだった。
だが、獣人たちは諦めない。まるでウェイン侯爵が隊列内にいると確信しているかのようだった。
(……なるほど。範囲魔法を使える中級魔法使いなど、この北域では希少だ。追ってくる理由は、それで十分だ)
それに気づいた瞬間、フィルードはわずかに息を詰めた。
「これは……危険すぎるな」
ウェインはまだ熱に浮かされており、反撃を望んでいた。
その夜、フィルードはついにその懸念を打ち明けた。
だがウェインは手を振って兵を退け、二人きりになると静かに言った。
「フィルード。今の我々の戦果は、すでに十分に巨大だ。
たとえ全員がここで命を落としたとしても、価値はある。
お前と私には魔獣がいる。彼らがどれだけの手練れを差し向けようと、我々を捕らえるのは難しい」
その言葉に、フィルードの背筋が冷たくなった。
(……この人間、戦争の才は薄い。だが、その冷酷さは、王の器だ)
ウェインはさらに続けた。
「私が今回お前を選んだのは、お前が魔獣を持っているからだ。そうでなければ連れ出しはしなかった」
その率直さに、フィルードは息を呑む。
――つまり、俺を腹心と見なしたということか。
「侯爵様のご慧眼には恐れ入ります。ただ、可能な限りこの段階に至らぬよう努めたい。
獣人の中にも魔獣乗りがいる可能性がありますし、彼らは貴重な山岳戦の戦力です。
できれば、できる限り多くを連れ帰るべきです」
ウェインは笑い、力強く頷いた。
「ふははは、もちろんだ。私は万が一の場合の話をしているだけだ。
だが、お前は一つ勘違いしている。お前には、優れた将軍の資質がある。
ただ――仁慈が過ぎる」
その言葉に、フィルードは深く頭を下げた。
(……確かに、俺はこの世界の人間にはなりきれない。だが、それでも――俺は俺のやり方で勝つ)
「侯爵様の仰る通り。貴殿は君王の術を用い、私はただ陰の策を使うのみ。
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